見出し画像

ころりん

転んだ。盛大に。
旅仕事の帰り道である。
軽井沢駅の上りのホームに向かうエスカレーターの手前で。
スーツケースと靴の端がひっかかって、大きく転倒。
どったーん! とやった。

現場の後ろには、人の影がある。
すぐ左には、ガラス張りの待合室。ピッカピカに磨かれた窓の中には、新幹線を待つ人が大勢いた。
いろんな人の、いろんな気配を感じながら、転んだ事実を受け入れる。
「大丈夫大丈夫、一人で立てる……」

そのままなんとか立ち上がり、エスカレーターに乗る。誰も見ていないところで顔を歪める。両ひざをしこたま打った。
駅ナカで買ったお弁当のポリ袋も、ズタズタになって穴があいている。転ぶってこんな破壊力なのね……。
痛ったあ……とやっていると、どんどん気弱になる。
「両方骨が折れてる、きっとそうだ」
からはじまり、転んだショックがこのところの悲しい出来事に集合をかける。
ギャランティの振り込みの遅れ。仲よしの仕事仲間の恋愛報告(おめでとうには違いないのだが)。ヨガやってるのにお腹出てきてんじゃない?
……エスカレーターでホームに降りる30秒のあいだに、さまざまな不幸をならべたりして。

いかんいかん! と、駅のホームでTBSラジオ「日曜天国」を聴いて、やり過ごす。安住紳一郎と中澤有美子両アナの名調子によって、ショックは幾分か落ち着いた(歩けるから両ひざは折れていないと、冷静になった)。

***

翌日、友人にひざの大アザを見せながらこの話をした。
「転んだ直後ってさ、誰かに声かけてほしいんだよね」
とは、友人の言葉。
大丈夫です、いやあ、やっちゃいました〜! って、転んだ事実を誤魔化したい。
なによりも、一人で抱えたくない、という。

転んだあと一人で起き上がり、その事実を一人抱えるとき、悲しいニュースが吸い寄せられるのかもしれない。
あのときに「大丈夫ですか?」と声をかけられていたら、なにか違ったのかも。

転んだひとには、声をかけてください。どうか。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?