完全なる依存症

この文章に目を通して下さった皆さま、こんばんは。

私がnoteに書き留めるようになるずっと前から、私は

「スマホ依存症」

を自覚している。


何を調べるでもなく、ふと思い立って、調べなくてもいい調べたいことを、ダラダラと貴重な時間を使って調べている。

の割には、

「やりたい事をやる暇がない!音楽できない!」

と思う時があって、しかも、毎度それを旦那との喧嘩のネタに引っ張り出すから、

「だから、私は世に誇れない人間なんだ。。。」

と落ち込み、どっからその声出んの?っていう、

無意識の「あーーーーー」

が出る時が度々あります。


無意識の「あー」は、形を変えて

「死にたい」

と言いそうになる事がありますが、

今は全く死にたくはないので

「死にた(い)くはない」

と発する事が多いです。


この現象って、他の人にもよくある事なんじゃないかな。

心理学的に、「何ちゃら現象」ってついてそう。


私の愛する旦那は、物凄く勉強熱心であり、唯一尊敬するところなのです。

何かを極めることを一度も成し遂げたことがない私にとって、非常に羨ましく、また、どうして私は何かを成し遂げようとすることができないんだろうと、自分の薄っぺらさに嫌気がさします。


私は、先日書き留めた「あの人」から、褒められたいと思っています。

薄っぺらいままでは、いつか、軽蔑されて、嫌われて、あの人の世界から、私がいなくなってしまうんじゃないかって思う時があって、そんな事にだけはなりたくないと思っています。


あの人とどうこうなりたい、なんて、本当に思っていなくて、

ただ私は、あの人に「褒めて欲しくて生きている」ような気がするのです。


あの人がすべてではないですよ。依存はしていないと思うな。そんな、重重(おもおも)女は嫌ですし、違います。


でも、頻繁に「死にた(い)くはない」と発する私が、今、辛い事、嫌なことを沢山感じても生きていられるのは、「あの人に褒めて欲しい」と思うことで、モチベーションを保っているからじゃないかと思うのです。


まあ、それは、モチベーションを保つ理由の一部であり、大半は、大好きな親を悲しませない為、ですけどね。そんな、重重(おもおも)女は嫌です。


旦那様はね、愛しているけど、なぜか、「悲しませたくない」とは思えないんだなー。


何なら、「悲しませたい」かも。


心配してほしい。


その思いで、いつも困らせているし、私も困らせられている。


旦那とは完全なる共依存だと思っています。



読んでくれてありがとうございます。また、書きます。