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Machine of the Eternityー黒い剣士と夜の月ー

4

あやめ。

絶命寸前の男はそう言った。聞きなれない単語だから恐らく、倭民族特有の名前か何かなのだろう。
俺は血まみれの男を担いだ。ただたんに華奢なだけなのか、それとも、大量の血液を失っているせいなのか、男の身体は異様に軽かった。
そして、男を担いだまま、ミズノの診療所へ走った。

「何よ。今日はどこを壊したの?イオ君」
クールな声音だが、表情は俺を改造したいと言っている。その証拠に、何やら怪しげな機械の部品と五本の指の間にプラスマイナス、大小様々なドライバーが挟まれている。
彼女には俺が担いでいる患者が見えていないのだろうか?
「馬鹿野郎。こいつを診てほしいんだよ。呼吸も浅いし、心音もやばい。他の所じゃ門前払い食らっちまうだろうな。わかるよな?助けられるのは‥‥あんただけだ」
俺の言葉に幽かに反応を示したミズノの顔が一瞬にして医師の顔へと戻る。
「まったく、それを言われちゃったら助けないわけにはいかないわね」
言い忘れていたが、彼女の通り名は〈死知らず(不死)のミズノ〉。彼女に治せない患者はいないとまで言われている伝説の医者である。ただただ機械を弄って怪しげな研究やら実験をしているだけの女ではないのだ。
「この髪・・・・・ま、まさか、倭民族?彼をどこで?」
「ジャンナイルの外れで拾った」
ミズノが、キッと俺を睨んだ。どうやら俺の冗談に構っているほどの余裕がないほどにこの男の容態は悪いらしい。
「ふざけないの!」
「そう怒るなって。ジャンナイルの外れにいたのは本当だ。なんでかわかんねえけどマスクもなしにはいずって出てったみたいなんだよ。その時、目玉はもうなかったから、民族狩りから上手く逃れたって感じだろ」
そういえば、こいつはどうやってジャンナイルから自力で脱出することが出来たのだろうか?連れてこられた時点でアウトだろう。
男を見ると、赤黒く染まっていた顔右半分は、ミズノの手により真っ白なガーゼで覆われていた。素早い手つきに圧倒された。
「ショック死しなかっただけでもたいした生命力なのに、彼、意識を保とうとしたのか失った右目の穴に自分で爪を立てているわ。・・・何か、よっぽど死ねない理由でもあるみたい」
「あやめ、か」
それが、その男の死ねない理由なのかもしれない。
その名は、愛する者か、忌む者か。

これからあの男をどうしようか考えながら処置室を出て待合室の長椅子に腰掛けた。あそこまで重傷を負わされ他の人間信じるかどうかだ。希少民族である倭民族が始めから他者を信じるとは到底思えないのだが、とにかくその存在故に命を狙われる以上どこかで匿ってやらないといけない。
煙草に火を付け、吸い込む。
「どうすりゃいいっていうんだよ。妙な仕事引き受けちまったもんだな。シルドの奴」
独り言と共に、煙草の煙を思い切り吐き出した。
「ここは禁煙よ。しかもそれ、すっっっごい臭い。‥‥‥まぁ、イオ君にはわかんないだろうけどね」
「終わったか。で、容態は?」
ミズノの注意を無視して問いながら、処置室に入る。
ミズノの表情は相変わらず医師の表情である。いつもの実験台を見るなんとも変態くさい表情ではない。まったく、いつもこれだったらいい女なのに。
「生きているのが不思議なくらいよ。意識が戻るまでは何とも言えないけど、今夜が山でしょうね。で、これから彼をどうするの?重傷な上に、ましてや希少民族よ。大きな街の病院に移すわけにも行かないし」
ミズノのボヤキを聞きながら、しばらくベットで眠る意識のない男をぼんやりと眺めていた。
「確かに。そんなことしたら一気に大事件だな。マスコミに警察、犯人が狩りそこないを奪いに来るかも・・・。とりあえずここに置いといてくれないか?あとは、俺がなんとかするから。ちょっと、仕事を済ましてくる。何かあったら」
「通信コードNo.100にアクセスすればいいんでしょ。言われなくたってわかってるわよ。まったくいつになったらケータイの番号教えてくれるのよ?」
「お前、事務所の番号教えたときのこと忘れたのか?ひたすら実験材料になれって脅迫電話かけてくる奴にケータイの番号なんて教えられるか。ま、とにかくそいつ頼んだぞ」
俺はゴムで小さく束ねた紙幣をミズノに投げた。

向かうは、シルドの店。酒屋〈龍弾(ドラガン)〉。
店の扉を壊れんとばかりに蹴り、カウンターで居眠り(フリーズモード)にしていたシルドにむかって現像をしてきた写真をたたき付けた。
カウンターの振動に驚き、起きたシルドは椅子から転げ落ちる。そして、写真に一通り目を通し言った。
「七体、か。まさかこれほどのものとはな。やっぱり、断って〈軍事機械警察(マシン)〉に行かせるべきだったな。まさか全滅とか言わないよな?」
肘をついたままの俺は、首を横に振り、否定する。
「生き残りが見つかった。・・・だが、お前にも、もちろん軍にも引き渡すつもりはない」
「なに?」
シルドは生き残りがいたことも、俺がその生き残りを引き渡すつもりがないことにも驚いているようだ。
「どういう事だ?」
「それは、どうして生き残りがいるのか?なのか、どうして生き残りを引き渡さないんだ?なのか、どっちを聞いている?」
シルドは俺の質問に呆れたような顔をしていた。
「後者の方だ。どいうつもりなんだ?」
「シルド。あんた言ったよな?『死体の写真か、死体そのものを持ってこい』ってさ。生き残りを連れてこいなんて一言も言っていない。ましてや、生き残りはいないとまで言ったんだ。俺の仕事は言われたことはするが、それ以上はやらない。あんたなら知ってる筈だろ?」
シルドは言葉に詰まった。図星をつかれたかのようにも見える。そんなシルドを見て、俺は笑った。何が不満なんだか。機械の癖に。
「なぁに、虫の息だったからな。死んじまったらもってってやるよ」
「‥‥‥報酬は?」
生き残りは諦めた。シルドはそんな顔をしていた。
「今度でいい。そのかわり、警察(マン)には」
「言うなってんだろ。わかってるよ。・・・でもお前、なんで自分から面倒事に巻き込まれるような事してるんだ?倭民族を匿ってる事がもし政府にばれでもしたらどうなるか」
正面の酒の棚の硝子戸に写った俺は自分でわからないほど自然に、なんとも愉しそうに笑っていた。
「何もない今の世界に魅力がないからさ。それに―――」
ポケットの端末が震えた。ケータイとは違う。連絡コード、ミズノだ。
「悪いシルド。この話はまた今度な」
引き留めるシルドの手を振り払い、店を後にした。

『お前、なんで自分から面倒事に巻き込まれるような事してんだ?』

走っている途中に、シルドの言葉が頭を過ぎった。
「さぁ、なんでかな?」
運動機能のリミッターをはずし、跳躍力を上げ、地面を蹴った。コンクリ屋根の倉庫に着地した俺は、再び屋根伝いに走った。
「でも、生ける都市伝説を拾ったんだ。今、こんな世界が魅力的に見えないわけがないだろ?」
結局俺自身、自分が1番可愛いのだ。

「起きたか?」
建て付けの悪い扉を足で蹴り、部屋へと入る。
「まだ。でも、呼吸が調ってきたから、もうすぐ起きると思うわ。ほんと、とんでもない生命力。私の診断じゃ三日は眠ってる筈よ」
「そりゃ、名医もびっくりだな」
俺は、男の顔を覗き込んだ。よく見れば、整った顔をしている。血の気が戻っても肌はとても白い。女ほどではないが、綺麗な顔だ。いわゆる美形というやつなんだろう。
「ん‥‥‥」
声と共に瞼がぴくりと動き、やがてゆっくりと開いていった。
「大丈夫か?」
「ここは、地獄、か?」
キョロキョロと視線を泳がせた美顔の第一声に俺は拍子抜けし、思わず笑う。
「いや、違う。ベルヘムのヤブ医者の診療所だ」
ミズノが尻を叩く。
「じゃあ、僕は生きているのか。・・・・あんたは?」
「ああ、おめでたいことにな。俺はイオ。なんでも屋だ。恩着せがましく言うならあんたの命の恩人ってやつだ、倭民族さん。・・・おっと、そんなに警戒すんなって。俺は別にあんたの髪や目玉が欲しいわけじゃない」
しかし、それでも弱っていたはずの男は毛を逆立てた猫のように俺を敵視している。まあ無理もない。その髪と瞳目当てで今までもたくさんの仲間を失い、こそこそと隠れて生活していたのだろうから。
「まぁいい。お前が俺を信じるのか信じないのかはお前の勝手だ。だがな、俺を信じないっていうなら、もう片方の目玉が無くなるのは時間の問題だ。そんな身体だ。放り出されたら一発で餌食だろうよ」
男は残った左目で真っすぐ俺を見据えた。俺の方が反らしたくなるような強いまなざし。闘争心むき出しのいい目をしている。強い意志。他者への怯えはあまりないようだ。男はしばらく黙っていたが、やがて口を開いた。
「イオ。あんたずいぶん卑怯な奴だな。だが、身体が全く動かない今はあんたを信じるしかないみたいだ」
そういう男の目には疑いの光はなかった。
「いい判断だよ。で、お前、名前は?いつまでも倭民族なんて呼ばれたくないだろ?」
男は、俺の質問に驚いているように見えた。
まるで思わぬ問いをされたみたいに左目を見開いていた。名前を聞くなんて当たり前のことなのに。
「な、まえ?‥‥‥っっ」
「どうした?」
名前。
そう言った途端に、男は右目を押さえて、苦しむようにしてうずくまった。