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【博物館レビュー】東京都現代美術館の「MOTアニュアル2023:シナジー、創造と生成のあいだ」

相変わらず施設そのものはあまり好きじゃないが,昨年のものに引き続いて東京都現代美術館の「MOTアニュアル2023:シナジー、創造と生成のあいだ」に行ってみる。

昨年度のものがよすぎたこともあってか,それほど大きな満足感はなかったというのが正直なところ。ボリュームもそれほど大きくないし。


参加作家としては近年の現代美術界隈でよく名前を聞くようになったメディア・アーティストが揃っている。「いま知りたい」現代美術家たちの作品を一挙に目に収めることができるという点ではたしかに「MOTアニュアル」の役割は果たしているといえる。が,タイトルにも入っている「創造」や「生成」,そしてそれらのあいだで生まれる「シナジー」なるものについて,ディレクター側からの導入や提案,各作品の位置付けなどがあまり充実していないのが不満点(その点は図録にて,とすることも可能だが,ここではあくまで展覧会自体の評価として)。

それでも現代美術らしく,それぞれが扱うテーマや手法はもちろん興味深い。

まず入り口に待ち構える案内文が「『創造と生成のあいだ』をテーマとする企画展の挨拶文を書いてください」という命令を出すプロンプトから始まり,そこに生成AIによって作られた文章が3種類並ぶ。この時点で来館者の違和感を刺激し,以降の作品群への導入の役割を果たしている。

展示室入り口で待ち構える挨拶文

やんツーの重力発電装置を伴った作品は,そこで生成された電力をスマホ等の機器に充電してお持ち帰りできるという体験型。単純に発想がオモロイ。
ただ,その発電方法のコスパの悪さが(表面的には)隠されてしまっている感は否めない。

重力を利用してランプ発光の電力を生成

花形槙による,自身の胴体や足先にカメラを付けてその映像をヘッドマウントディスプレイに接続することで「人間ならざるもの」に変容する《still human》もやはり引き込まれる表現だが,生物学的には「口」が向く方向が「前」とされていることをふまえれば,その変容はもはや地球上の生命ならざるものに向いてしまっている。そういう点では,あまりにも現実離れした空想にすぎないとも思える。

このような感じで,アートのもつ創造性・想像性が前面に出されつつも,それを半ば言い訳にするようにして学問的に真剣な議論が捨象されているのではないか,という感想を,だいたいの作品に持ってしまった。

のだが,当日開催されていたトークイベント「MOTアニュアル×量子:量子とアート、量子芸術祭を中心に」を聴いたことで,そこに再考の余地が生まれた。

量子芸術祭にあくまでアーティストとして関わり,量子力学については「素人」として関わったという藤原大によれば,アートと学問の協働におけるアートの役割とは,閉ざされがちな学問の世界を外部に開くことにあるという。つまり,学問的議論の成果が部分的に捨象されることになろうとも,「わかりやすい」かたちでそれを表現することがアートの役割である,という。

もちろんここでいう「わかりやすさ」にいろいろな段階があることが重要かつ厄介ではあるのだが,学問の世界の住人以外にも学問的知見がもたらされなければ,それはもはや健全な学問とはいえない。情報化された市民や「素人」が新たに学問に参入してくる状態でなければいけないのであり,またその状態からこそ新たな変革が生まれるのであろう。これはシティズンシップ教育での「無知な市民」議論にも通ずる。

とはいえ,決して,アーティストが自己満足的に学問的な議論をつまみ食いして披露する,というものであってはならないだろう(私がこれまでに持っていた不満は,大きくはこれを意識している)。アーティストはあくまで学問的には「素人」でありつつも,学問に対して真摯に向き合うことが求められる。また学問の専門家たちも,自身の専門性は失うことなくアーティストその他外部者たちにも扉を開いていくことが求められる。

近年の学問で「アート思考」なるものが取り沙汰されているのも,大きくはこのような理由からだろう。人間の想像力の限界を超えることにこそ,アートの力はある。こういうことを確認すれば,先の花形による非現実的な実験も,ある意味では意義と価値をもつようになる。

思い返せば今の自分がいるのにも,たとえば演劇的な手法,植物が精神性にに関与するイメージ,社会に広がる美的価値,などに関する思考の種として多くの芸術・アートをつまみ食いしてきたことが大いに関係している。やはり結局は,アートは必要なのだ。

地下で開催中の「MOTアニュアル extra」も,最新のメディア・アートについて知れるので助かった。なぜかFRUITS ZIPPERの衣装も展示されていたのでお土産にパシャリ。

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