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「紙」ではなく「場」をつくりたい-なぜグラフィックレコーディングをするのか①-


はじめに:3月の私がやったことと、ピンチ。

イベントによく参加される方はもしかすると、最近よく見るかもしれません。「グラフィックレコーディング」略して「グラレコ」。
私はちょうど、2019年のはじめにこの「グラレコ」というものを知りました。イベントでグラレコに出会い、そこでグラレコをしていた人と話をし「私がやりたかったことに名前があった!!!」と興奮したのを覚えています。

それ以来、グラレコを練習し続けてきました。時には大きいイベントの様子を模造紙や壁に描き、時には個人と個人の対話などをノートに取り続けてきました。
就活の時には、会社説明会の内容はほとんど全てグラレコでとりました。(あまりにもガシガシ描いていたので、隣に座っていた男の子にひかれたこともありました。笑)

CSR部員塾にいらっしゃった企業の方の中には、私のグラレコを楽しみにしてくださる方もいらっしゃっていて、とても嬉しかった。

卒業論文もろもろが全て落ち着いたこの3月は、「もやもやグラフィック」と題して、個人のもやもやをグラフィックに落とし込んで可視化することで、本人の気付きを促進する対話重視のグラレコをしてきました。

3月28日時点でもやもやグラフィックに参加してくださった方は16人。一人1.5時間は話しているので、トータルで24時間くらいお付き合いしていただいていることになります。本当にありがとうございます。

憧れの大先輩のりょうやさんのグラレコは、緊張したけど楽しかったなあ。

なぜ、私がこのグラレコをし続けているのか、そのさきに何をしたいのかということについては、詳しくは最後に書きたいと思います。端的にいうと、非営利と営利の二つの軸をもってグラレコを生かした活動を将来的にしていきたいと思っています。

グラレコでやりたいことに関しては、こちらにも書いてます。

ところで、最近グラレコについてよく発信することも多くなってきたので、よく聞かれるのが「グラレコって何?」「グラレコって何がいいの?」というような質問。
これに対してまだしっかりと、その場で納得のいくような回答をその人に大してお答えできていないのです。

これはピンチです。なぜなら、さっき書いた通り、将来的にはグラレコをすることでちゃんとお金を稼ぎたいと思っているから。グラレコやそれをするグラフィックレコーダー(すなわち私)の意義、メリットを相手が納得するように伝えられないと、商品すなわちグラレコを買ってもらうことができなだろう、と容易に想像できるためです。もう一回言いますが、これはピンチです。


そこで、時間がある今のうちに、グラレコの何がいいのか、私なりに整理してみようと思い、文章を打っています。今回は、私がグラレコの聖典だと思っている清水淳子さんのGraphic Recorder 議論を可視化するグラフィックレコーディングの教科書を参考に、グラレコって何がいいの?という部分を書いていきながら、自分の頭の中でも整理していきたいと思います。

↑清水さんがこの本を作るまでの二年間をまとめていらっしゃるnote。清水さん自信も「グラレコとは?」という部分を根本から問い直し続けて、やっとこの本が出来上がったんだな、清水さんのおかげでこの本があらゆる人の元に届き、誰でもグラレコができるようになったんだなあと痛感しました。(泣いちゃうくらい、痛感。)
↑清水さん曰く「意味も良さもわからない」というツイートが溢れた日のまとめ。読んでいるだけで、清水さんの試行錯誤が見えてくるtogetter。
↑グラレコをたくさんの人がするようになったからこそ、出てくるんだろうな、という葛藤。

清水さんは他にもたくさんグラレコに関するnoteを書いていらっしゃっていて、彼女のnoteと、本↓があれば、私が伝えたい「グラレコってここがいいんです!」っていうのが全て伝わるのですが、とはいえ私自身がアウトプットをしながら、このnoteに書くことがピンチを脱する方法だと思うので書いていこうと思います。

なんとこの本の第一章(グラフィックレコーディングとはという部分について書かれている章)がすでに無料で公開されている↑ので、私が言いたいことは全てここに載っているのですが、上に書いた通り、書くというアウトプットが私にとって大切なので書いていきます。

そして、このnoteにまとめているのは、あくまで私の目を通したまとめなので、本当に清水さんが考えていらっしゃるグラレコについて知りたい方は、是非とも彼女の本を読んでください。

私も、グラレコが何にどう作用するのか、というのは考え始めたばかりです。もし「これってこうじゃないの?」というようなご意見があれば、是非教えてください。




とか威勢よく言ったものの…

いざ、グラレコについて描こうと思うと、なんだか清水さんの丸パクリになりそうな感じがして。(1週間使っても、はじめに、から先を満足いくように書けなかった、、、、)そもそも1週間で書けるものではないのですね。

私自身、特に大人数のMTGのグラレコの経験はほとんどないため、清水さんが書いてくださっている理論だけをここに落としていってもなんだか、自分の言葉にならないのです。。。。そりゃそうだ。

という訳で、これからは、その場で本当にその理論が通用するのかどうなのか、自分で試行錯誤しながらnoteにまとめていけたらいいなと思います。

今回は、はじめに、の延長線として私が将来やりたいことと、3月のもやもやグラフィックを通して気づいたことについて書きたいと思います。




私が将来やりたいこと

はじめに、にも書きましたが、私がグラレコを使ってやりたいことは、営利と非営利に分かれる予定です。

(1)営利
営利の方は、グラレコの一般的なイメージのお仕事。例えば、MTGを円滑にするためにグラレコを用いたり、イベントにおけるグラレコなど。(注:グラレコは完成した汎用性のある手法とはまだ言えない、というのが私の見解です。)

他にも、すでに社会に出て働いている人がキャリアを考える時に、一緒にグラレコを使いながら考えたり(今、もやもやグラフィックでやっていることと似てます。)カップルや親子が、ライフプランを考える時にグラレコを間に挟みながら考えられると面白いだろうな、とか考えています。


(2)非営利
非営利の方は二つあって、一つは中学生や高校生のキャリア形成の一助になるグラレコをしたいと思っています。なかなか、自分自身のことを言語化できない中高生が、グラレコが介在することで自分のことを言葉化する成功体験を積み重ねていく、そんな場所を作りたいのです。(まだ超絶構想段階!)

二つ目は、「ミャンマーのロヒンギャ問題をグラレコで解決したい」と思っています。ロヒンギャ問題の解決、というのは少々象徴的な言い方で、要は壁のある誰かと誰かの橋渡しが、紙とペンさえ持っていれば世界のどこでもできる、そんなことがしたいのです。

例えば、志は同じなんだけれど、一部の人が強い発言権を持ってしまい、対立が生じてしまっている人権団体とか。

例えば、実際には口にはしないんだど、外国籍の子と日本の子の間に分厚い壁のある小学校のクラスとか。

例えば、フィリピン・ミンダナオ島にいる、ムスリムとクリスチャンの人たちとか。(もちろん、ミンダナオの人々は対立している人ばかりではありません。ただ、壁がある人たちもいます。)

こういう人と人の壁を、紙とペンで溶かしていきたいなと思うのです。

グラレコイメージ

やり方はまだまだ考え中。多分私一人だとできないし、きっとグラレコの技術だけで話は留まらない。

まるで、幼稚園の子供が「将来はプリキュアになる!」っていうぐらい壮大な夢なんですが、残りの人生でちょっとずつ確実にやっていきたい。やるぞやるぞやるぞ。




16人のもやもやグラフィックをやって気づいたこと

はじめに、にも書いたように3月には個々人のもやもやを可視化する、「もやもやグラフィック」を集中的に行いました。

もやもやグラフィックは大体1.5時間、3〜4枚のグラフィックに落とし込みます。基本的にはZoomを使ってオンラインで行います。

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PCのカメラは私をうつせるように正面に置き、積み上げた本の上にiPhoneをおき、手元のノートうつします。なんともデジタルbutアナログな手法!

もやもやグラフィックが終わった後には、感想や改善点などをお聞きし、それを手帳にまとめています。(長時間お話してくれるだけでなく、最後の感想やアドバイスまで丁寧にしてくれて、本当にみなさんありがとうございます、、、!)

その中でいくつか気づいたグラレコの利点を、書きたいと思います。

・「感情」と「事実」を紙の上で同じように扱うことができる
→何年前にこういう経験をした、その時このような感情になった、というようなことをグラフィックだとかなり捉えやすいようです。

・一見関係なさそうなことも、案外つながっている、ということに気づくことができる
→相手の何気ない一言も捉えて端っこに書いておくと、あとで実はそれが思わぬところにつながっているということがありました。例えば、高校生の時の経験は今のキャリアに全くつながっていないと思っていたけど、実はつながっていたと気づけた、みたいな。

・グラフに落としこむと、わかりやすいことがある。(これはグラレコ特有という訳ではないですが。)
→例えば、1日の時間の使い方をグラフにしたり、これからのキャリア30年をバーチャートに書きながら話すと、わかりやすい。

・絵を見ながら考えられると、自分の話していることを深めやすい、らしい。
→これは私自身が思考のプロセスとして(つまりもやもやグラフィックを描いてもらう側として)体験していないのでわからないのですが、文字だけのものよりも、絵があった方が考えやすいようです。

・イラストがあるとテンションがあがる
→最初に似顔絵を描いて準備しているのですが、その似顔絵はじめ、可愛いイラストがあるとテンションあがるね!と言ってくれる方が多いです。結果、話やすい雰囲気作りができているのかなと思います。

初めてちゃんと話す人の似顔絵は、写真を見ながら「この人はどんな風に話すのかな、、、どんな性格なんだろう」と想像しながら書きます。


その他気づいたこと
・グラフィックレコーダーのファシリテーター的な要素の重要性
→もやもやグラフィックのような一対一の対話重視型のものは、相手からいかに引き出すかという、レコーダー自身のファシリテーション力や話の引き出しも問われます。話しにくいことも話しやすい場づくり、相手の気付きをどう引き出すかなどは、まだまだ練習中です。
感想では「ジェイミーって話を引き出すのが上手だね!」と言われるのですが、何がどう上手と感じてもらえているのか、あまりまとめられていません。また、一対一の対話型グラフィックレコーディング以外では、グラフィックレコーダーの役割も変わってくると思います。

・私は「紙」ではなく「場」を作りたい
→タイトルにも書きましたが、これをもやもやグラフィックを通して改めて実感できたのは大きかった。いくら「映える」グラフィックができたところで、「場」ができていないと、私にとってそれは全く意味のないグラフィックになるのです。

「場」というのは例えば

・一対一のグラレコで、相手がグラフィックを通して気付きを得る
・会議の中のグラレコで、(例えば)新人と部長が対等に、俗人的でなく、意見を交換できる。(会議におけるグラレコの役割は今後noteにまとめていきたいし、自分自身の考えも深めていきたい。)
・イベントのグラレコで、休憩に参加者がグラレコを見ながらディスカッションできる

とかとか、そういうのをイメージしています。私にとってのグラフィックレコーディングは、そこに人が介在して、考えたり、ディスカッションしたりして初めて意味を持つのです。

だから、私が家で、ただただTEDのスピーチをグラフィックに落とすっていうのはグラフィックを書く技術の向上にはつながるのですが、私にとっての「グラフィックレコーディング」のスキル向上にはつながらないのです。

とは言え、グラフィックを書く技術の向上も大事なので、スピーチをグラフィックに落とし込む練習も続けるのですが。。。




おわりに

グラフィックレコーディングという手法は、まだまだ未完成の部分が多いのかなと思います。かなり俗人的な手法だなと。

グラレコをやりたい!やってよ!と言われて、何も打ち合わせなしに引き受けると、結局なんのためのグラレコなんだっけ?なり、目的意識のない、ただの映える紙切れがそこには出来上がってしまうのではないかなと思います。(映えるのが目的であれば、それはそれでいいと思います。)

↑こんな感じで「もやもやグラフィック」の始まりには、1.5時間後、つまりこのグラレコが終わった時に、どういう状態になっていたいか、というゴール設定をしています。

大人数が関わるMTGや、イベントなどのグラレコは、ゴールのすり合わせがさらに重要になってくると予想できます。(大人数が関わるMTGのグラレコ、まだやったことないけど、、、、)
じゃあ、どういう風にすり合わせしたらいいんだろう?っていうのに関しては、また別のnoteに自分の言葉で書きたいです。

4月になって社会人になっても、グラフィックレコーディングに向き合っていきたいと思います。やるぞお。


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