タイムカプセル
小学4年生の時、担任の吉岡先生から「校庭にタイムカプセルを埋めてみませんか?」という話がありました。
自分への手紙や思い出の物を入れて、タイムカプセルに卒業式の日に掘り起こしてみようという企画です。
担任の吉岡先生は20代の女性の若手の教員で、まさに若い先生ならではの生徒目線のアイデアでした。
学校のイベントと言えば、定例的な行事ばかりを繰り返していた僕らにとって、タイムカプセルはささやかながらも画期的な企画に感じられ、クラスみんなで盛り上がりました。
当日、みんなで思い思いの埋めるものを持ち寄りました。
みんなで一列になってタイムカプセルを埋めに校庭に向かいました。
すると校庭に向かう途中、先生と会いました。
阿部先生は僕が1年生だったときの担任の先生でした。
歳は50代のおばさんの先生で、細かい指導で知られています。
性格も話し方もネチャネチャした人でした。
1年生のとき、クラスメートの柴田くんが野球帽をかぶって授業を受けようとしました。
それを見るや否や
「教室で防止をかぶっている!?なぜ!!」
阿部先生は激怒しました。
そして柴田くんは1時間目から3時間目までぶち抜きでお説教を食らい続けました。
柴田くんはずっと目をウルウルさせていました。
登校したときはあんなにうれしそうに横浜ベイスターズのキャップをかぶっていたのに・・・
あの時の柴田くんの顔が今でも頭から離れません。
・・・
「あら?授業中にみなさんはどこに行くのかしら?」
阿部先生が訝しげな顔で言います。
「これからタイムカプセルを埋めに行くんですー!」
クラスの女子がうれしそうに言いました。
すると、阿部先生は何か察したように、黒目がきゅっと小さくなりました。
そして急に芝居ががった調子で話し始めました。
「みなさん、微生物ってご存知?」
「・・・」
「ええーと、物は土に埋めると土に還ってしまうのだけど、ご存知?」
どこから説明したらいいのかな?の感じで話してきます。
ポカンとするぼくらを見て、阿部先生はニッと黄色い歯を見せて笑いました。
「3年2組よね?担任の先生は?」
阿部先生と揉めている僕らを見つけて、吉岡先生が走ってきました。
そして二人でなにか話しはじめました。
吉岡先生は阿部先生に詰問されているようでした。
結局、その日のタイムカプセルは中止となりました。
後日、吉岡先生からタイムカプセルの続報がありました。
地中に埋めるのではなく、印刷室で保管する運びになったとのこと。
吉岡先生も断れなかったのでしょう。
タイムカプセルは、校庭でクラスみんなで輪になって、地中から掘り起こすときのワクワク感がサビの部分だと思っていました。
手紙や思い出の品を日常から断絶された地中に保管することで、タイムカプセルの存在を一旦完全に忘れるということが大事なのだと思います。
たしかに地中は保存性の観点からではベストではありませんが、別にベストでなくてもいいのです。
完全に土になってたら困りますが、手紙も少し溶けてるくらいがちょうどいい。
「手紙にどんなこと書いたっけな・・・?」
「あのとき埋めたもの、何年間も地中に置いてて今どんな状態になってるんだろう・・・?」
そんな思いが、発掘のワクワク感を増幅させる本家タイムカプセルのいいところだと思うのです。
そして卒業式当日。
印刷室からツルツルのタイムカプセルが無事発掘されました。
あれだけ楽しみにしていたタイムカプセルだったのに、取り出すときは驚くほど盛り上がりませんでした。
仲間の大切さ、月日の流れの早さ、土の大切さが身にしみた卒業式になりました。
この時を最後に、ぼくはタイムカプセルをやりたいと思うことはなくなりました。
余談ですが、何年後の同窓会で聞いたところによると、なぜか柴田くんのタイムカプセルだけ、いくら探しても見つからなかったとの噂がありました。
犯人は果たして…
それでは!
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