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さん(まん)ぽ 前編

 昔のことばかり書いている気がするので、最近のことを書こう。10連休なんてものとは無縁の僕はどこかへ行く気も起きず、ゴールデンウィーク前半の3連休を無為に過ごした。そしてやってきた平日。SNSで引き続き連休を満喫する知り合いを目に僕は仕事をしていた。そんな4月最後の日、月ノ美兎委員長から3D新衣装のお披露目を行うという発表があった。これで僕は3日間の平日を耐え、後半への望みをつなぐことができた。まずはこんな駄文を読む前に、この配信を見てほしい。

 5月3日に行われたこの配信は、「にじさんじ」所属のバーチャルライバー月ノ美兎の3D新衣装お披露目配信である。バーチャルライバーとはインターネット上で2Dまたは3Dのアバターを用いて動画や生配信を行う人々のことである。そして、バーチャルライバーは新たなモデル(新衣装)を手に入れた時に、お披露目配信を行うことが一般的になっている。特にの3Dの衣装では、ゲストを招いたり、バーチャル空間上のステージ上で歌を披露したりするなど大きなイベントとなる。
 3D新衣装お披露目は生配信のため、曲やパートの間でつなぎの映像が挿入される。今回そこで挿入されたのが「休憩さんぽ」である。「休憩さんぽ」では実写を背景に委員長が3Dモデルでアプリの指示に従って散歩をするというものであった。委員長は以前にもこのような散歩動画をいくつか作成している。バーチャル空間に響く彼女の歌声とダンス。「予測できない次元の超越」という歌詞とともに披露される新衣装。一方で現実の背景で少しずつ進んでいく散歩。だんだんと日が暮れてゆく。そして最後の曲に達したとき、2つが融合する。夕暮れの河川敷で「もう少し先まで 歩いてみようか」
 このままでいいんだろうか。配信が終わった後、僕の目は完全に冴えて、眠れなくなった。人混みがだるい。値段が高い。外に出ない理由はいくつも思いつく。でも、こんなに素晴らしい曲を聞かせてもらったのに、後半も家に引きこもっているなんて、委員長に失礼な気がしてきた。そして僕は翌朝一番の新幹線のきっぷを予約した。行先は山形。その先の予定は何も決めていない。ただ、当日中に帰ってくれはそれは「さんぽ」だろう。

 僕は朝の5時半頃に起きて、朝一番の山形新幹線に乗った。新幹線は時速275kmで関東地方を抜け、朝の9時過ぎに山形駅に着いた。朝の9時なんて、普段の休日なら布団から出ているかも怪しい時間である。この日は連休の中日ということもあってか、車内はそれほど混雑していなかった。

乗ってきた山形新幹線E3系(山形駅)

 山形駅にはいくつもの路線が乗り入れている。その中で目に付いたのは「左沢線」という路線だった。初見ではほぼ読めないであろうこの路線。僕は直感的に、まずこの路線に乗って終点まで行くことにした。ホームへ向かうと、2両編成のディーゼルカーが止まっていた。エンジンが唸る音と排気のにおい。車内は思った以上に混んでいて、東北弁が聞こえる。僕は日常を脱したことを実感した。列車は少し立ち客が出るくらいの状況で山形駅を出発した。
 列車はしばらく山形市近郊の住宅街を走り、やがて沿線の風景は田園地帯に変わった。線路沿いの学校では部活をやっている学生の姿が見えたし、大きな川を鉄橋で超える際には河川敷でキャンプをしている人たちの姿も見えた。途中の主要駅である寒河江(さがえ)駅でかなりの人が降り、乗客は少なくなった。静かになった列車は大きくカーブし、いくつかの短いトンネルを抜けた。そして、まもなく終点の左沢駅に差し掛かろうとしたその時、車窓には雄大に蛇行する最上川が姿を現した。この景色を見て、僕は「今日、思い切ってここまで来てよかったな」と強く感じた。

車内から撮影した最上川

 列車は終点の左沢駅に到着した。ここから先ほど見えた最上川の辺りまで歩いてみようと思った。しかし、ここは都会のように頻繁に列車は来ない。10分後に折り返す列車を逃すと、次の列車まで2時間ほど待たなければならないののだ。やむなく先ほど乗ってきた列車の折返しとなる列車に乗り、山形駅へ戻ることにした。短いホームにたたずむ駅名標は洋梨の形をしており、左沢(あてらざわ)と書かれている。難読地名がかわいらしい洋梨に刻まれいるのは、何とも面白い光景だった。山形駅へ戻る列車は途中から大混雑で、立ち客も出るほどだった。写真を撮ることはできなかったが、途中の寒河江駅の駅名標はサクランボであった。一応この路線には「フルーライン」という愛称がつけられているようで、実際沿線には果樹園がいくつもあった。

洋梨の形をした左沢駅の駅名標

 山形駅に戻ってきたのは11時過ぎだった。駅を出て観光案内の地図を見ると駅から数百メートルの所に「霞城公園」があるらしいということなので、行ってみることにした。積雪が多い山形では、道を歩いているだけで関東とは異なる点がいくつも見つかる。例えば、信号機は雪が積もりにくいように縦型に設置られているし、消火栓は雪で埋もれないように長くなっている。ようやく散歩らしくなってきた。

縦形の信号機
地面から突き出た消火栓

 霞城公園の入り口に着くと、目の前に大きな石垣が現れた。どうやらここはかつての山形城の跡で、現在も復元工事が進められているようだ。城跡というだけあってだいぶ広い。敷地内には山形県の体育館や武道館があり、石垣の向こうにコンクリート造りの建造物が建っていたり、自転車に乗った高校生が城跡の中を走ったりしていた。城というといかにも観光地化されているイメージが強いが、ここでは観光地でありながら地元住民の活動の場としても使われているという、日常に溶け込んだ存在であるということが感じられた。

霞城公園の入り口 

 しばらく城跡を進み、復元された大手門から橋で堀を渡って公園外に出ようとしたとき、堀と並行するように眼下に線路があることに気づいた。しばらく待っていると、新庄方面へ向かう山形新幹線が通過していった。この石垣は数百年残り続けているが、その横を走る新幹線E3系はそう遠くないうちに姿を消してしまう。そして、新たに走り出したE8系もまたこの石垣に見守られながら山形の地を走ることになるのだろう。

堀に沿って走る山形新幹線E3系

 写真を撮り終えると昼過ぎになっていた。文章がだいぶ長くなってきたので、いったんここで区切らせてもらう。僕がこんなにだらだらと文章を書いても半日分しか書ききれいていないのに、見やすく楽しい散歩を10分ほどの動画として作成してしまう。そんな委員長の才能を僕はこの文章を書きながら改めて実感させられたのだった。


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