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【ブックレビュー】金の角持つ子どもたち

「金の角持つ子どもたち」。読みやすくて面白かったので一晩で一気に読んでしまいました。中学受験のために勉強している子どもと、それをとりまく家族や友達、塾講師を描いています。



最初は小6と小1になる子どもをもつお母さんの語りで進行しますが、第2章はその子ども自身、第3章は子どもが通う塾の講師へと語り手が変わります。それぞれに共感できて、またその他の登場人物もそれぞれに納得のいくバックグラウンドがあって魅力的です。


ここでは、中心となっている「中学受験」について私の現時点での考えを中心に感想を書いてみたいと思います。

中学受験という踏み絵


中学受験は、ひとつの踏み絵になっている部分があります。賛成か、反対かで分断が起きがちです。私はとくに賛成でも反対でもない、というか、賛成でもあり反対でもあり、それは個々人の子どもによりけりでしかないのでひとくくりにするほうがおかしいよね、という派です。

しかし、私も少し前まではどちらかというと反対派で、自分も子どももいわゆる中学受験はしていませんし、「小学生から塾に通ったりしなくていいじゃない…(かわいそう)」と思っていました。でも、そこには偏見が含まれていたな…と思い、その反省から、こちらの内容は過去の私に向けて反論するような形で少し中学受験を援護するような内容になっているかと思いますがご了承ください。

”勉強ハラスメント”?


私もどちらかというと反対派だったと書きました。けれど、ある人に「スポーツと同じ感じですよ」と言われ、目からウロコが取れた経験があります。


そっか、スポーツと同じか…!

スポーツと勉強を比べてみると、すごく分かりやすいと納得しました。

例えばサッカーや野球のチームで練習していて、土日もほとんど練習と試合で、ちょっと疲れているのか授業中眠そうな子どもがいても、たいていの人はほほえましいなと思うだけではないでしょうか。それが、塾に通っていてちょっとでも疲れた顔をすると、「小学生なのにあんなに勉強させられてかわいそうに」となります。本人は勉強が楽しく、やりがいをもってやっているかもしれない。それは分からないのにネガティブな判断をするというのは、「勉強」というものに「本来、子どもが嫌いであるはずのもの」「やらされているもの」という先入観を持っているということです。

 こういう「勉強ハラスメント」ともいうべきものは、実はあふれています。アニメを見れば子どもたちは宿題を嫌がり、テストを隠す。「ガリ勉」という悪口、「勉強なんて」「勉強だけできてもダメ」という発言。勉強ができるがかっこ悪くて心が狭いなどのキャラ設定。そうした表現は、学校で勉強ができないために自己評価が低い子どもたちを救うためのやさしさで発せられていることは理解できるのですが、もともと勉強が好きになれた子たちも、そういう視線や言葉で、勉強が嫌いになってしまうという悪循環を起こしている面もあると思います。そして、勉強が好きな子はそのことを恥じ、教科学習が得意で実技が不得意な子は傷ついています

この小説の主人公の子が、学校の先生や友だちに悪気なく受験勉強を否定されてダメージを受けるところなどは、中学受験生あるあるです。なぜ、スポーツや他の習い事と違って勉強をがんばることは「かわいそう」と思われてしまうのか?それは、勉強が大人が望むことであり、中学受験が親のエゴと見られるからでしょうか。では、他の習い事は必ず自分の意思で始め、続けているのでしょうか?

私はそうは思いません。ある意味で、子どもの習い事は親による自分の子ども時代の「弔い合戦」のようなところがあって、「自分はできなかったから」という理由で子どもにさせることが少なくありません。また、「子どもが希望した」といっても、たくさん飛び出る子どもの気まぐれな願いの数々から何が拾われるかは、親のフィルターを通していることもあるでしょう。

そして、多くの子どもは一度は習い事がイヤになったり、億劫になったりするのではないでしょうか。そこであっさり辞めさせるか、続くように応援するかどうかも、親の選択だったりします。または、続けていても、さして主体的に取り組んでいるわけではなく、「そういうものだ」という規定路線として(学校に行くのと同じように)続けているという場合も多いでしょう。その点で、中学受験も種々の習い事とあまり変わらないものなのかもしれません。自主的かどうか、ということは白黒つけられるものではなく、実に広いグラデーションの世界です。そして、最終的に「伸びる」のは、やらされて始めたとしてもいつしか主体的な側に渡れた子なのでしょう。

ムリをするのは悪か


 また、中学受験勉強をしている子は、ふつうの学校の学習内容以上の勉強をしなければいけないので、「ムリをしている」ということにも、抵抗を覚える人は少なくないでしょう。

確かに、学校にいったうえで放課後に学校外のところまで勉強するのはほとんどの子にとってはきついことだと思います。しかし、ここで考えたいのは、「子どもがムリをするのはいけないことなのか?」ということです。

主人公の男の子は耳の聞こえない妹がいるのですが、彼女は聞こえる子たちと同じことをするために普通よりずっと努力しています。ある意味「ムリをしている」のですが、それは自分からしていることで、そのことで確実に自分を高め、自分を変えることのできる努力です。

そういうことを、子どもは自然にやります

赤ちゃんのころから、子どもは毎日「ちょっとムリをする」ことで成長していきます。誰に強制されるわけでもなく、立てないのに立とうとしてこける、歩けないのに歩こうとしてこける…と、自ら自分に「ちょっと無茶ぶり」をして成長する姿に、私は子どもと過ごしながら幾度となく感動しました。

「日々をその場限りに楽しむ」ことも「子どもらしい」ですが、実は「目標に向かってちょっとムリをして乗り越えることを楽しむ」のもまた、子どもらしい姿なのではないでしょうか。

無茶ぶりするからには、そこにはストレスが発生します。本人にとっても、見ている親にとっても、それは心地いいものではありません。私の子どもの一人は赤ちゃんのころから毎日のように自分が思うようにできないことに怒り、泣き、苦しんでいます。「負けず嫌い」ってやつですね。つきあっているこちらは見ていて苦しいので、ついその感情表現をやめさせたくなります。でも、本人にとっては成長のために必要なストレスであり、きっと将来的にはこの負けず嫌いが役に立つフェーズが来るのだと思います。(思いたい!)

きっとスポーツもそういうものなのだと思います(私自身は運動全般が苦手でスポーツに本気で取り組んだことがないので想像ですが)。できないけど、できるんじゃないか…できるよ!と自分に無茶ぶりして、昨日より今日、今日より明日と進歩する喜び。そして、そこには「試合」というマイルストーンがある。


習い事をしていると、「試合」や「発表会」という舞台をきっかけにぐっと成長する姿を目にします。そういう人前で結果が出る機会があって、そこに向けて努力し、緊張感とともにその時間を乗り越え、その結果を受け止めるという一連のプロセスは、確実に人を成長させます。中学受験に当てはめれば、まさに日々の勉強と、受験という大きな舞台。受験前の模試でスイッチが入る子、受験が始まってから入る子など様々ですが、受験という目標があるからこそ本気になれて、主体性が生まれるということがあり得るのは想像に難くありません。

その日その日を楽しむことももちろん、とても大事だと思います。友だちと遊ぶことも、ぼーっとして自分の内から出てくるものを味わう時間も、とても、とても大事です。でも、それだけが子どもの姿ではないし、ムリをして自分を高めることが「自分らしい」姿である子どももいるはずです。「やめる」という選択肢を選ぶ権利はじゅうぶんに保障しておく必要があるし、それを言い出せる関係性を作っておくことは前提で、目標が何であれ、やっている間は「ムリをしてかわいそう」ではなくて、何かに向かっている子は等しく「がんばってるね」と認め、尊重できるようにしたい、と思います。

何気なく毎日を過ごしているかのように見える子も、実は何かにストレスを感じながらがんばっているのかもしれません。それが必要な努力なのかどうかはもちろんケースバイケースで、応援するか、降りることを助言するか判断が必要ですが、子どもは、大人が思っている以上にストイックなのではないかと思ったりします。

それでも、あえてムリがかかるようなことに取り組むのはまだひっかかる…という気持ちが自分の中にないわけではありません。でも、もしかしたらそれは、「子どもくらい目の前のことだけを楽しんでいつも笑顔でいてほしい」「子どもがストレスを感じてほしくない」という大人の願望を投影しているのかもしれない、という視点も忘れずにおこうと思います。そういう願望は、子どもではなくてペットに向かわせるべきです。

勉強は、終わらない

最後の講師の章は泣けました。講師は、極限まであきらめずにがんばった子どもたちの頭には、金の角が生えてくるのが見えるのだと言います。

「角は子どもたちの武器なんだ。自分の手で手にした武器だ。金の角はきっと、あの子たちの人生を守ってくれる。」

…この話は、勉強についていけず、親も「勉強なんてしなくても」と教えることを放棄した結果、不登校になり、引きこもってしまった弟との会話で出てきます。金の角は、きっと「自分はできる!」という自己肯定の力だと思います。受験というきっかけをもらって、自分への無茶ぶりをとおして自信が生まれるのであれば、それは何らかの価値があるのかもしれません。


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