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会社を辞めて10年経って思うこと

10年前の6月30日に会社を辞めて、タイでのチャレンジをスタートしました。7月になるといつもその時のことを思い出します。

会社を辞めて「何者でもない人」になる不安と、「給料ゼロの生活」が始まる恐怖を抱えながら、LCCに乗ってタイに降り立ったのを今も覚えています。


あれから10年。

今日も自分はLCCで日本に向かっています。

当時、「家族に貧乏だけはさせない」「子供の将来をちゃんと考える」という妻との約束を胸に刻んでスタートしました。

その後なんとか貧乏はしてないし、お金のストレスを感じることは無くなりました。子供もちゃんと通いたい学校に通わせられています。

タイもこの10年、デモやテロ、政変など色々ありましたが、お陰様で商売も途切れずに会社を続けてくることができました。コロナでも会社をつぶさず、再び成長軌道に戻せたことは大きな自信になりました。

一方でコロナと教育方針を理由に単身赴任を決断し、家族と離れ離れになってしまったのは残念でした。今はその距離を埋めるように、日本とタイを毎月2往復して家族との時間を作っています。

何より得難い財産はチームです。

「異文化を調和(Harmonize )させる」という弊社のミッションを体現した、どこへ出しても恥ずかしくない、多様性あるチームを作ることができました。メンバーの成長を見ているだけで胸が熱くなります。このメンバーとならもっと大きなことがやれる。そう思わせてくれます。

10年目の今年は、さらに大きな挑戦をしようと人を増やし、オフィス移転も決めて、積極投資モードになっています。(…と思ったらタイの景気が急速に悪化し大変な日々ですが…)

もう10年、まだ10年。

まだまだタイ社会、アジア世界に貢献できていません。

いま自分に課しているのは、いつ自分の挑戦が終わっても良いように、「卒論を書くように仕事をする」こと。

仮説を掲げ、リサーチをし、思考したものを文章に残す。おかげさまで昨年から執筆機会が増えていて、「書く」ということが自分のコアバリューの一つになっています。

「アジア人らしいリーダーシップ」については昨年一冊の本にまとめることもできましたし、これからも執筆は続けていきます。

そして、ここからもっと「大きなうねりを生む」こと。

タイも日本も好きだし、両国の企業活動にインパクトを残す仕事を手掛けたい。

また自分はあくまで日本人だから、世界で日本が存在感を失っていくのを少しでも食い止めたい。

そのためにはもっと、自分の影響範囲を広げていきます。だから英語やタイ語での発信も地道に続けています。

もちろん、元々タイだけで終わるつもりはありません。今はインドとカンボジアのプロジェクトも動いており、Asian Identityという社名に恥じないアジアでの存在感を出すことも、追い求めていきます。

まだまだやりたい事の一部しかできてませんが、深夜に飛行機に乗るたびに自分は少し原点に戻ることができます。

10年目の決意に変えて。

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