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ヴィジョン - 2024/04/21ver.

全ての国が「戦争という犯罪」にカネ出すのやめれば良いのに。
個人だろうが組織だろうが犯罪に国家から支出するなんて許されないでしょ?
今世紀中には世界の常識として取り締まられるようになるはずだよ「戦争を支援する国家」は。
残るは「非国家レベルの戦争みたいな犯罪(=テロ)」<次の課題

「国家による戦争=全て犯罪」が世界中で共有される「常識」となっても、まだその次にやらなくちゃならないもっと難しい課題があるんだから、世界中の国家はいつまでも「戦争だけど片方に肩入れして支援」とかいうのやってるヒマなんかないのに。
21世紀だってそろそろ1/4終わるんだよ?

私は少なくとも「1世紀先」ぐらいは俯瞰してるつもりなんだけど。
そういうヴィジョンって、だいじだと思う。
たとえそれが誰とも共有できないものでしかないとしても…
見えるものは見えちゃうので(父親から受け継いだ能力)

父(1910〜85)は「国連による世界統一」を、漠然とではあっても「いつかは」と信じていたようだ。
現実には、世界大戦の延長としての限界を抱えたままの国連では世界統一なんかできるわけもなく、おそらく国連内革命のようなものを経て更なる民主化が成し遂げられなければその先はないだろう。


が、それでも、国連そのものがどうなっていようと、実質的に「世界は一つ」になりつつあるわけで、いずれは個別国家もそうした「全体のあり方」に対応した運営を迫られるようになるのは必然。
私の裏付けに乏しい直観だけの雑なヴィジョンは一旦脇へ置いても、そこは変わらないはず。
で、どうすんの?ということ

個人レベルで、その人がメンタル的に「基本人間は信用できる」と思っていようと「信用できない」と思っていようと他人と関わらなければ社会生活が営めないのと同じで、たとえ「世界は一つ」が20世紀に空想されていたようなバラ色の理想世界とかけ離れていてもそれは厳然とした事実なので、個人対社会の関係と同じで国家対世界も否応なく「その中で生きていく」ことを前提に振る舞うしかなくなっていくのは当然のこと。
それを無視してリヴァイアサン到来を粋がって待ち望んでいても、そんなものはやってこない。
自分でどうにかするしかないのだ。

社会の中の個人が基本「殺人という犯罪」を犯さないで生きていくのが基本とされているのと全く同じで、放っておいても「リヴァイアサン的自然状態」なんていつまでもやってられるわけないのだからいずれ世界の中の国家も「戦争という犯罪」を犯さないで生きていくのが基本、となっていく。

これは、宇宙の大規模構造が大脳のニューロン構造とそっくり、なんてことを持ち出すまでもなく、「規模が違っても結局構造は同じ」という現象の一つとして、タイムスケールは1世紀単位ぐらい長くて個人レベルでは把握できなくても、必然的な流れとして粛々と実現するだけなのだ。
そういう話。

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