見出し画像

恐怖、警戒、嫌悪、攻撃が出たら、「私が知らないだけじゃないか?」と問うてみる

韓国に到着して、まだ間もない、とある週末。
部屋でひとり、テレビを見ていた。

軍隊にいる息子たちが、家族に送るビデオレターが流れている。もちろん、ほとんど聞き取れない。

ところが、突然、聞き取れる言葉が流れてきた。「オンマ、サランヘヨ」

当時の私の単語力で解釈すると、
オモニ=お母さん
オンマ=ママ
サランヘヨ=愛してる

つまり、テレビから流れる言葉は「ママ、愛してる」だ。

何十人という韓国の息子たちが、次々に「ママ、愛してる」である。「ママ、愛してる」「ママ、愛してる」「ママ、愛してる」。「ママ、愛してる」のオンパレード。大合唱。

私の頭の中は、混乱し始めた。25年の人生で、私は「ママ、愛してる」を一度も口にしたことがない。

テレビ画面の息子たちは、次第に「冬彦さん」になり、ニヤリと笑う野際陽子の顔が浮かぶ。いつしか私は、賀来千香子になり、恐怖に慄いてしまった。

私はドラマ『ずっとあなたが好きだった』を見ていた。「冬彦さん」「マザコン」という流行語を生んだ、90年代初頭のドラマである。高校生の私に「冬彦さん」は強烈すぎた。

その「冬彦さん」が、公共の電波に乗って、いま、目の前にいる。しかも、たくさん。頭がクラクラした。

私はモテをねらって、この国に来た。なのに、みんな「冬彦さん」じゃ、、、困る。

母親に「愛してる」と言うことは、私にとって未知の世界だった。

聞いた瞬間、恐ろしさを感じた。「この人たち、ヤバいかも」と警戒した。
「マザコン、気持ち悪い」と嫌悪した。「親離れ、できてなさすぎ!」と心の中で、攻撃した。

人は未知のモノには、恐怖を感じ、警戒し、嫌悪し、攻撃するのかもしれない。恐怖、警戒、嫌悪、攻撃。どの反応が一番先に来るか、最も強く出るかは、その時によって違う。

今は、このうちのどれかの反応が出たら、ほんの一瞬、考えてみることを心がけている。

「私が知らないだけじゃないか?」と。

私はいまだに母親に「愛してる」と言ったことはない。「愛してる」をもう少し分解しないと、しっくり来ないからだ。

だけど「愛してる」という言葉で、母親への気持ちを表現する世界があることを知った。既知の世界が少し広がった。警戒しなくなった。

既知の世界が広がると、少し楽になる。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?