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社会福祉士のケース記録(3)

ケアマネを襲った仕事と介護の両立問題。介護休業を取得しても、遮断できない仕事。このままじゃ気が変になる!

読者のみなさんの会社にも、きっと介護休業制度があるはずだ。法律で定められているのだからまちがいない。そもそも同制度は、現役世代に介護離職させないための施策。でも現実には、介護休業を取得した人たちは、仕事も家庭も芳しくない状況に陥ってしまうケースが後を絶たない。相談事例を通して、企業に期待される実効性のある対策について考えてみた。

まさか!老親リスクは必ず現実のものとなる

佐々木さん(仮名。45歳、女性)は、介護の全国チェーン企業に介護支援専門員(ケアマネジャー)として15年勤務した後、学生時代からの夢であった戦略系コンサルティングファームに転職した。激務に追われながらも、やりがいと生きがいを実感しながら活躍していた佐々木さんだった。

その歯車が狂いはじめたのは3年前。父が先立って元気がなくなっていた母(77歳、当時)の様子に異変が生じる。何度も同じ話を繰り返す。絶えずポーチと眼鏡をさがしている。あれだけ身だしなみには気を遣っていたのに、いつも同じジャージを身に着けている。買ってきた雑誌に載っていた認知症チェックをやらせたところ、おそらく認知症に違いない。佐々木さんは物忘れ外来を受診させようとするも、母親は頑として首を縦に振らなかった。

母親の扱いに困っていた時期に、人事部が主催する介護休業制度の説明会に参加した佐々木さんは、思いきって直属の上司に相談した。たまたまメンバーとして加わっていたプロジェクトが一段落したこともあり、在宅での資料作りとメールでの情報共有を条件に、介護休業給付金が支給される3ヶ月(93日間)だけ介護休業を取得することを了承された。

上司が提示した「介護休業期間中も家で仕事をしろ」という条件は介護休業法に抵触するものだが、これが現場の実態だろう。介護休業の取得を奨励する本社部門(人事・労務・総務等)と、日々クライアントと折衝しながらノルマ達成を追いかけている現場部門とでは、介護休業に係る温度差が確実にある。その上司が介護に携わった経験がない限り、まずはチームの事情を優先させてしまうのは無理のないことかもしれない。ともあれ、佐々木さんの場合、条件付きながら介護休業を取得できることになったのだが…。

親が要介護2以上でないと介護休業は取得できず

介護休業取得の手続きに入って間もなく、佐々木さんは大きな問題に直面する。介護休業取得の要件に、「介護対象者が要介護2以上でなければならない」とあったからだ。佐々木さんの母親は要介護認定など受けていないし、医者に診てもらったことすらなかった。なので、まずは有給休暇を取得しながら、介護保険関連の手続きと通院同行をこなさざるを得なくなる。

実は、介護休業制度における同要件は、大きな問題を孕んでいる。本来は、要介護度にかかわらず取得できるようにすべきなのだ。なぜなら、要介護2以上の人は、そもそも自宅での療養は困難であり、インターネットや電話で候補施設を絞った上で土日祝日に数件の施設を見学すれば、介護休業を取得して3ヶ月間も職場を離れる必要はないのである。

むしろ、本当に職場を3ヶ月はなれなければならないのは、ひとりでの排泄がむずかしくなってきたとか、物忘れが顕著になって時間や場所をまちがえるとか、いつも時計や眼鏡をさがしているとか、こうした「要介護2」未満の判定を下されることがままある初期段階だ。このタイミングで、今後の介護の方針決めに始まって、財産の引き継ぎやエンディングまでの段取りを済ませてしまわないと、後々大変な目に遭うのは子供たち現役世代のみなさんである。そして、この終活の本丸は、とてもじゃないが、仕事の合間にながら仕事でこなせるような代物ではない。

介護と仕事、介護と学業、どちらも両立は無理

果たして佐々木さんは、半休を繰り返しながら、一時間ほど離れた実家に出向いて母の様子を見たり、何とか言いくるめて物忘れ外来に連れて行ったり、自治体に出向いて介護保険の手続きをしたりするのだが、結局は午前中だけで終えることはむずかしく、全休にせざるを得なくなり、ひと月を待たずに年間の有給休暇をすべて消化することになった。その代償として得られたものはと言えば、冷酷非情なる「要介護1」を告げる判定通知であった。

佐々木さんの苦悩はそれだけにとどまらない。佐々木さんが仕事を抜けられない日は、高校受験を控えるひとり娘に母親の実家で勉強してもらっていたのだが…。不可解な言動が日々顕著になっていく祖母とひとつ屋根の下で机に向かうなど無謀も無謀。こんどは娘の精神が不安定になっていったのだ。介護と仕事の両立が非現実的なのと同様、介護と学業もまた然りである。

追い込まれた佐々木さんが、藁をもつかむ思いでネットリサーチしていて偶然見つけたのが当事務所のサイトだった。深夜の電話で事情を聴いた上で、以下の対応をガイドした。

●まずは精神科病院の認知症病棟に入院させる。
●歩行と排泄が自立しているうちに入院先を確保する。
●入院期間を極力引き延ばしながら、12ヶ月後の介護区分変更を待つ

次の土曜、佐々木さんと母親を連れ立って認知症専門医に出向き検査を済ませ、患者情報提供書(いわゆる紹介状)を書いてもらう。要は、実家からほど近いエリアにある精神病院を紹介してもらったわけである。基本的に、物忘れ外来のアポイントは平日にしか確定できないので、週明けを待って同病院に電話して予約を入れた。受診日はちょうど一週間後。それまでに医療相談室のMSW(メディカルソーシャルワーカー)にコンタクトし、紹介状と検査データを送っておく。結果的に、受診から10日後には認知症病棟に入院させることができた。

なお、受診を嫌がる母親をソノ気にさせるには、血縁のある娘や孫よりも、第三者を使ったほうがベターである。特に認知症の初期段階の人は、初対面の相手に対してはしっかりした立ち居振る舞いをするものだ。ドクターの白衣、警官の制服、ビジネススーツ…。こうした外観の相手に対しては、本能的に自分が正常であるように取り繕う傾向が強いことがわかっている。

認知症対応の基本は、物忘れ外来→認知症病棟入院→老健

母親の入院は、首尾よく丸一年間引き延ばすことができた。患者の家族が退院後の療養先を必死にさがしていることを伝え、かつ、良い患者という印象を与えることができれば、都市部であってもこの程度の期間を滞院させることは可能である。ちなみに、病院にとっての良い患者とは、入院費用の滞納がない、家族と確実に連絡がつく、感情的な会話をしない、医療者に対して腰が低い…。そんなところである。当然、患者本人に攻撃性がないことが大前提だが、これもクスリの力でコントロールできるので問題ない。というか、そもそも、そのための入院治療なのだから。

認知症病棟を退院した佐々木さんの母親は、同病院から紹介してもらう形で近隣の老健に入所させることにした。現実問題として、一人暮らしは危険だし、かと言って、佐々木さんが同居するのもむずかしい。となると施設しか選択肢はない。費用と医療サポートの両面から考えて老健がベストであろうという提案に、佐々木さんも同意してくれた。

老健に入所するタイミングで運よく介護区分変更の時期となり、うまい具合に要介護2を得ることができた。老健在籍のケアマネジャーが担当になるのだから、要介護2以上になるように事を進めてくれるのは、当然と言えば当然だが…。

入院中・施設入所中でも介護休業は取得できる

母親が老健での生活を始めたころ、佐々木さんが介護休業の取得について相談したいと言ってきた。「介護対象者である母親が要介護2となった今こそ、93日間は給付金をもらいながら仕事を休むことができるはず。以前に上司から言われたような介護休業期間中の在宅業務も、違法である以上こばめるわけだから、この際、思い切ってリフレッシュしたい。それに、娘も受験目前なので、そばにいて応援してあげたいから…」というものだった。
これぞ介護休業制度の価値ある利用法だと感じ、私は佐々木さんの背中を押した。

さいごに、介護休業取得の要件として記載されている、『介護とは、歩行・排泄・食事・入浴等の日常生活に必要な便宜を供与することをいう。他の者の手伝いを受けている場合であっても、労働者本人が便宜を供与しているのであれば、社会通念上、「対象家族を介護する」に該当する』…に係る厚労省のガイドラインを紹介しておく。是非、片隅に置いておいてほしい。

「完全看護の入院や施設入所の場合、労働者本人が『日常生活に必要な便宜を供与する必要はない』が、昨今の介護離職を防ぐ観点から、事業主に対しては柔軟な運用を求めています。対象の家族に介護が必要な状態であれば、『入院している、施設に入っている』等に関係なく介護休業の対象となりますし、事業主が介護休業と認める以上、介護休業給付金の受給も可能です」とのこと。要は、入院中であろうが、施設入所中であろうが、介護休業は取得できるということだ。

母親の老健での暮らしが安定し穏やかになり、娘さんの高校受験も成功した現在、佐々木さんはアソシエイト(リサーチやドキュメント作成等、コンサルタントからの指示を受けて作業する職種)からコンサルタントに昇格し、今日も颯爽と闊歩している…。

さいごに ~本当の意味で求められる介護離職対策とは~

老親の介護問題を抱えているみなさん。介護休業の取得については、十分な検討が必要です。額面通りに、介護休業イコール「対象家族を介護するために取得する休業」などと受け取ってはいけません。介護休業は、自ら介助行為を行うためのものではなく、介護に係る今後の方針を決め、その手続きをするための時間と捉えることが大切です。

しかしながら、こうした医療・介護の段取りや手続きは複雑で、一筋縄ではいかないことが現役世代のみなさんを疲弊させてしまいがちです。現役世代のだれもが老親の介護問題に対峙する現代において、事業主には、要介護度にかかわらず、いつでも何でも気軽に相談できる専門の窓口を用意して、万一の場合でも職場を離れずに済む労務インフラを整備することが期待されます。社員と家族を本当の意味でまもる会社であってほしいと願います。

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