【老親リスクを回避せよ13】在宅介護の潮時

認知症について、現時点での私の考えをお話しします。現時点での、とお断りしたのは、私も人間ですから、近い未来、考え方が変化する場合もあり得ますからね。あくまでも、自分の両親が問題行動を伴う認知症にかかり、また、過去20年以上、認知症のケースに携わってきた立場から積み上げてきた経験則という意味です。そういう前提での話だということです。

問題行動を伴う認知症の患者さんを、ご家族が自宅で介護するのは無理だと思います。問題行動(医学的には、周辺行動)というのは、例えば、「弄便」や「もの盗られ妄想」や「暴力」や「徘徊」等々。他にも、石鹸などを食べてしまう「異食」とか、セクシャルハラスメントに走ってしまうとか、大声や奇声をあげるなどがよくあります。

こうした問題行動をとる認知症というのは、日の人の認知症の進行度合いにもよりますが、全体の2割もいないと思います。つまり、認知症とはいっても、8割の患者さんは、ふさぎ込んだり、ボーッとした状態が続いたり、時間や家族や場所について判断がつかなくなったり、食事を済ませたことを忘れてしまったり…。そんな具合でおとなしいことが多いのです。

ところが、問題行動のある患者さんというのは、やはり反社会的な立ち居振る舞いをするわけですから、日常的に、しかも物理的に狭い家のなかで絶えずそういったものを目にするようになると、やはりご家族のほうが心を病んでしまいます。

ご本人がまだ普通だった頃を知っているだけに、認知症のせいで普通ではなくなってしまった事実を受け入れたくないという思いもあるでしょう。こんなはずはないと、変わり果ててしまったご本人を必死で元に戻そうとがんばってしまうということもあるでしょう。

赤の他人のプロが、時間をかけてじっくりと向き合いながらカウンセリングしていくみたいにはいかないんです、血を分けた肉親が相手だと。そこに感情が入ってしまうからなんですね。

でも、いかに気持ちで良い方向に持っていこうとしても、結局は空しいだけに終わります。そこで燃え尽きてしまうと、昨今よく目にする介護虐待、介護殺人、介護心中のような哀しい顛末を迎えてしまいかねません。

多くの相談を受けるなかでいちばん悲惨だと感じるのは、問題行動を伴う認知症で、かつ、自力で排泄ができない場合です。これは、誤解を恐れずに言えば、地獄絵です。ご家族がケアするのは絶対にやめたほうがいい。まちがいなくご家族がおかしくなります。気持ちが張りつめているでしょうから、すぐに症状が出ない場合もあるかもしれません。でも、時を置いて、かなりの確率で問題が生じる。そう確信しています。

極端な話、認知症患者とふたりきりの時間を長く持ったご家族は、その後、認知症を発症するケースが多い。医者は科学的根拠がないと認めませんが、私としては経験的にそう思っているんですよね。認知症は感染すると…。

わかりやすい例でいうと、精神科病棟に長年勤務している医療者は、ここだけの話、ちょっと「不思議」・「微妙」・「異次元」・「超宇宙」っぽいと感じることが結構あるものです。

私は、問題行動までいかなくても、排泄に介助が必要になったら自宅での介護はやめなさいとお伝えしています。排泄というのは、食事やお風呂の介助とちがって、なかなか時間のコントロールがしづらいんですよね。

さらに昼夜逆転みたいになると、ご家族はおちおち眠っていられなくなるんです。いつまた起こされるのだろうと考え始めてしまって、どうしても睡眠不足から精神不安定な状態に陥ってしまうんですね。

だから、ひとりでトイレができなくなったら、お気の毒ではあるけれども、お互いのために距離を置くことをお勧めするわけです。要は、施設や病院に預けるべきですよと…。

排泄がダメなうえに、いろいろな問題行動が出てきたりしたら、これはもう対応不可能です。直接、介助に関わるご家族はかなり危険な状態になってしまう。老夫婦ふたりきりで生活するなどあり得ません。共倒れを待っているような状況です。

他に同居人がいたとしても、現実的には介護の分担というのもむずかしいですよね。やはり、多くの場合、お嫁さんや娘さんが介護を担当し、男性は外に働きに行くというのが一般的です。

そして多くの場合、来る日も来る日も介護をして疲弊していく女性陣と、信じられない光景をめったに目の当たりにすることの少ない男性陣の間で、確実に温度差が生じてきます。そして、夫婦関係や親子関係までがこじれてくるんです。

月に100万円かけて、ヘルパーの資格を持った住み込みのプロを雇えるような裕福なご家庭ならいざ知らず、ふつうのご家庭で、ご家族が介護するなど無謀すぎると思います。絶対にやってはなりません。

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