Episode5「フィリピンでの老後の可能性」
フィリピンでのリタイアメントがにわかに注目を浴びてきています。その理由として挙げられるのが、「物価の安さ」「温暖な気候」「フィリピン人のホスピタリティ」などです。
私自身、長くフィリピンに住んでいますが、老後の過ごしやすさというだけではなく、高齢者介護の視点から考えても、フィリピンは非常にポテンシャルの高い国だと思います。
実際に、メトロマニラには、日本人高齢者向け施設やリゾートがいくつか存在しています。しかし、残念ながらそのどれもが成功していません。つまり、お客さんが集まらないのです。
なぜこれほどまでにポテンシャルの高い国で、介護事業が成功できないのでしょうか。介護事業の難しさは、介護サービスを受けた経験のない人たちが、サービスを提供することにあると思います。
ご存知のように、介護サービスのメインターゲットは高齢者です。果たして、まだ十分に歳をとっていない〝若者〟が、高齢者の求めているものを明確に作り出すことが出来るのでしょうか。
理想の高齢者施設とは
一般的に、高齢者でない人が漠然と考える「理想の高齢者施設」というのは、こんな感じではないでしょうか。
人里離れた空気のきれいな場所で、身の回りのことを何でもやってくれるお手伝いさんや介護スタッフがそばにいて、毎日をのんびりと穏やかに暮らせる空間。
そして、そのアイデアをそのまま具現化してしまったマニラの高齢者施設やリゾート施設には、今も寂しく閑古鳥が鳴いているのです。
さて、長年介護現場で働いてきた私の経験から言わせていただくと、このような「理想」の高齢者施設でお年寄りが生活をしてしまったら、高い確率で認知症になってしまうでしょう。
理由は簡単です。刺激がないからです。例えば、仕事や家事で忙しく過ごしてると、たまには何もせず、何も考えず、リゾートでのんびり過ごしたいと考えることがありますよね。
しかし、そんな生活は3日で飽きてしまうはずです。それは、私たちが歳をとって高齢者になったとしても同じです。毎日することもなく、ただ時が過ぎていくだけの生活に魅力を感じる人なんているのでしょうか。人間はいくつになっても刺激を求める動物なのです。
では、高齢者が求める刺激とは何でしょうか。それは、人と人との交流によってもたらされるものだと思います。一般的な施設では三食昼寝付きで、生きるための条件は整っています。
建物やサービスの差こそあれ、入居一時金が1千万円の高級老人ホームであろうと、介護保険である程度カバーできる特別養護老人ホームであろうと、この条件は変わりません。
ただ、人間は生きているだけで満足できる生き物ではありません。他者との繋がりや、地域社会(コミュニティ)との繋がりの中で、自分自身の存在価値を確かめながら生きていくのではないでしょうか。
生きるための条件はしっかりと整えている、日本の多くの高齢者施設やマニラで閑古鳥が鳴いている施設では、利用者に刺激を与える、〝人や地域社会との繋がり〟という視点が欠けているように思います。
圧倒的な人手不足
しかし、日本の高齢者施設では、他者や地域社会とのかかわりを希薄にさせざるを得ない事情があります。ずばり、圧倒的に人手が足りないからです。
食事を例に挙げて考えてみてください。食事をするには、まず材料を買いに行かなくてはなりません。そして、料理を作り、盛り付けをして、食事をします。その後に、食器の後片付け、ゴミ出しなどが必要となります。
この過程の中で、必然的に他人やコミュニティとの接点が生まれてきます。では、認知症、あるいは体が虚弱なお年寄りがこの全ての過程を行うためにはどうしたらよいでしょうか。
ざっと考えても、買い物に付き添う人、料理を見守る人、食事を一緒にする人が必要になるでしょう。施設に入居しているお年寄りが、私たちが普段何気なく行っている日常のルーティンをこなすだけでも、多くの人の手を借りなくてはならないのです。
さて、衣食住を整えるのにも人手が足りなくて悲鳴を上げている日本の高齢者施設で、さらに多くの人員を割くことができるでしょうか。その答えは限りなく〝NO〟になります。
介護保険が主な財源でである高齢者施設では、これ以上人件費を増やすことが難しいです。また、給料が安く、肉体労働の比率の多い介護職は、当然ながら日本の若い世代にとって魅力的な職業とはみなされていません。
人の手がたくさんあるフィリピン
一方で、フィリピンでは、国内には仕事を求めている介護士や看護師が大勢います。彼らの平均給料は日本の約1/5以下です。つまり、日本と同じ人件費で、5倍のスタッフを雇うことが出来ます。
多くの人の手を借りることができれば、施設で生活している高齢者が、今まで通りとはいかなくても、普通に近い生活を送ることができるのでないでしょうか。
その生活の中で、人や地域社会との繋がりがある「刺激的な」毎日を過ごせるはずです。もちろん、フィリピン人が介護サービスを提供するのですから、言語習得などを含め、人材育成に時間もエネルギーもかかるでしょう。地域社会との交流にしてもさまざまな工夫が必要になります。
しかし、少子高齢社会の日本国内で、限られた数の介護士を探し出すのと比べたら、挑戦する価値があると思います。人手があれば、日本国内ではできない、施設での日常生活を「刺激的に」過ごすサービスを創り出すことができるのですから。
マニラの高齢者施設やリゾートにいる閑古鳥の寂しい鳴き声が、お年寄りの笑い声に変わる日もそう遠くないかもしれません。
Written in 2013
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