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起業家・佐野史明さんが語る「中国のスタートアップ企業で学んだこと」【日中新世代対話 登壇者インタビュー②】

2022年12月22日(木)19時50分から豊島区民センターホールで開催される「日中新世代対話 Dialogue & Synergy」。イベントに先立って、ここではパネルディスカッションに登壇するゲストパネラーへのインタビューを掲載します。第2回目は起業家の佐野史明さん。環境ビジネスを手がける北京のスタートアップ企業で働いた経験を持つ佐野さんが「中国に携わる若い人に伝えたいこと」とは――。

【プロフィール】佐野史明。1984年生まれ。東京大学農学部卒業。2011年から2019年まで環境ビジネスを手がける北京のスタートアップ企業「北京国能環科環保科技」·で海外マネージャーを務める。現在はコンサルタントとして日中間の多岐にわたる分野でのビジネス協力を促進している。

原点となった〝長江下りの旅〟

――『三国志』に興味を持っていたことがきっかけで、高校時代に北京にある人民大学の付属高校に交換留学されたそうですね。

 私の通っていた武蔵高校には、フランスやイギリスなど海外のいくつかの高校と提携を結んで、両校の生徒がそれぞれ1か月ほど現地のクラスメイトと一緒に授業を受けるという留学プログラムがあります。小さい頃から漫画やゲームを通して『三国志』が大好きだった私は、留学先にヨーロッパではなく、中国の高校を選びました。2002年のことです。

 当時、現地の学生たちが朝から晩まで本当によく勉強する姿にまず度肝を抜かれました。また、勉強量だけではなく、「高校卒業後にはアメリカの大学への進学を考えている」と公言する国際志向の強い学生がいたことにも刺激されました。

 この留学プログラムには、1か月の授業を受け終えた後に、ペアになって現地を2週間旅行することが含まれていました。『三国志』関連の古跡をはじめ、悠久の中国の歴史を感じたいと思った私は、同じ部活の親友と一緒に、「蜀」の都があった成都から武漢まで、船で長江を下る旅に出ることにしました。広大な中国の大地と歴史のロマンを前に胸は高鳴ります。

 ところが、その旅は私の想像とはかなり違ったものとなりました。私たちが購入したのは現地の人々が日常的に移動手段として使う二等船室のチケット。周りの乗客には食べ終わったカップ麺をそのまま長江に投げ捨てる人もいて、中国の地方に住む庶民の姿を目の当たりにして愕然としました。〝悠久の歴史を持つ中国の旅〟なんてロマンはもはやどこにもありません。

 また、私たちが旅に出たのはちょうど三峡ダムが建設されている真っ只中でした。長江沿いに広がる集落を眺めていると、「今、見ている景色が数年後には川底になっていますよ」と現地の人に聞かされ、〝どうしてこんなことを考えたのだろう〟と率直に憤りを感じました。

 そうした出来事の続く旅行の中で、何かにつけて頭に血が上る私に対して、同行した親友が今も忘れられない言葉をかけてくれました。「きれいで恵まれた日本からわざわざ中国の地方にやってきたお前が、大変な生活を送っている中国の人たちに、〝ごみを捨てるな、自然環境を守れ〟なんて説教をするのは傲慢じゃないか?」と。

 私たちが宿泊した二等船室には、私たちの他に2人の乳飲み子を抱えた30代くらいの夫婦がいました。よく見ると、父親は不慮の事故にでも見舞われたのか、片腕を失っていました。その一家の詳しい背景は知りませんが、彼らを見つめながら、先の友人の言葉を反芻し、〝本当に困っている中国の人たちのために、自分ができることは何だろう〟と悶々と考えました。のちに私が環境ビジネスを手がける北京のスタートアップ企業で働こうと思った原体験になった旅でした。

人民大学附属中学留学時。最前列真ん中が佐野さん。


スタートアップ企業「国能環科」での9年間

――留学から帰ってきて、何か具体的な変化はありましたか? 

 高校卒業後、元々は大学で歴史学か考古学を学びたいと思っていました。しかし、先の留学を経験して、〝歴史ではなく、今とこれからの中国に関わりたい〟と思い、中国の農村開発や環境問題について学ぼうと考えなおしました。そして社会科学全般について学べる東大の文科二類に進学しました。

 大学時代に中国留学は経験しませんでしたが、卒業論文で中国の農業企業の現地調査をしたり、東大生と北京大生で本気の議論をする「京論壇」の初期メンバーとして活動したりと、中国には関わり続けていました。

 大学卒業後、商社に入社をしたのですが、配属先は中国とは何の関係もない部門。正月休みなどを使って、中国旅行に出かけたりはしていましたが、〝もっと中国と関われる仕事をしたい〟と思いは募る一方でした。中国で暮らす先輩や友人にも相談に乗ってもらいました。

 転機が訪れたのは、2010年のこと。高校時代の留学プログラムを通して知り合い、その後もずっと連絡を取り続けていた親友から、「最近立ち上げたスタートアップ企業の日本関連の事業を手伝ってほしい」とお願いされたのです。

 彼女は付属高校を途中で退学し、イギリスの高校に進学。そのままケンブリッジ大学を卒業して、現地のコンサルティング会社に勤務していました。その親友と彼女のパートナーの2人で、環境ビジネスを手がけるスタートアップ企業「北京国能環科環保科技(国能環科)」を立ち上げたのでした。

 実はこの親友は、親戚に1949年の新中国建国に参画した人たちがいる家系で育ちました。中国で良質な教育を受け、海外で暮らす彼女には、そのままイギリスに残り続けるという選択肢もありました。

 しかし、彼女は私に向かって、「中国で私のような人間は恐らく全体の0.01%もいないと思う。今の自分があるのは、決して自分がすごかったからではなく、環境に恵まれていたからだとよく分かっている。だから、中国に戻って、自分の能力を中国社会に役立てたいんだ」と熱弁したのです。

〝万が一この人に裏切られても僕は絶対に後悔しない〟と確信できた私は、商社を退職し、日本との事業が具体化していた「国能環科」で働くために北京へ渡りました。


左から「国能環科」の上司、佐野さん、「国能環科」の創業者


「勇気を出して中国企業で働いてみよう」

――佐野さんは「国能環科」に9年間いたとお聞きしています。読者のために同社の簡単なご説明と、同社にいた9年間で佐野さんが最も成長したと感じる点についてお話しいただけますか?

 「国能環科」は主にオフィスの省エネや工場の汚水処理施設・設備に関する事業を手掛けていた会社です。私が会社の一員になったのが2011年で、ちょうどPM2.5による大気汚染が中国で社会問題となり、同じような環境ビジネスを手がける企業が次々に生まれていた時代でした。プロジェクトは3か月に1度変わっていきますし、〝走りながら考える〟ことを身につけざるを得ない状況でした。社内で唯一の外国人である私は海外部門のマネージャーとして、主に日本の環境関連のプロジェクトや技術を中国に持ってくるという業務を担当していました。

 成長できたと感じる点はいくつかありますが、あえて1つだけ挙げるなら、人事を通して中国人の考え方を深く理解できたことです。中国企業は基本的に人材流動が激しく、私の元で採用した部下も多く退職していきました。

 ある日、私は会社の創業者である親友から「会社や組織に忠誠心が強い日本と違って、中国人は直属の上司の能力を非常に重視する。だから、口ではどんな理由を言ったとしても、部下が退職していく根本的な責任はあなたにある」とストレートに告げられました。その後に進学した清華大学のMBAの授業でも、「アメリカ人は契約に、日本人は会社・組織に、中国人は人に対して責任を負う」と学び、まさに親友の言った通りだとハッとさせられました。

 その後、紆余曲折を経て、「国能環科」は2019年12月に幕を下ろしました。端的に中国で民間企業が生き残る大変さを学びました。私は現在は、日本では自分の法人を持ちながら、日中の様々な分野を繋ぐ仕事もしています。「国能環科」を創業した親友も、今は別の環境ビジネスの会社を立ち上げていて、それぞれの場所で引き続き頑張っています。


中国のシンクタンクの訪日団をアテンドする佐野さん

――今年は日中国交正常化50周年で、22日のイベントには〝次の50年の日中交流をデザインする〟といったテーマも盛り込まれています。中国で様々な経験を積まれた佐野さんの考えをお聞かせください。

 軽々しく言えないのは承知していますが、それでも「中国企業で働いてみること」が大切だと私は考えています。

 学生同士の交流には基本的には利害関係が発生せず、純粋な思いだけで繋がることができます。当然、それはとても価値のあることです。その上で、ビジネスなどの利害関係が発生した上でも、自分の価値観を共有できる相手と繋がれるかどうか。こうした深い交流のできる両国の人が増えれば、日中関係はより安定するのではないでしょうか。

 日本には日系企業で働き、日本の企業文化をよく理解している中国人が多くいます。しかし、その逆の流れがほとんどないのが心配です。中国への渡航が難しくても、今は日本に支社を置く中国企業も増えています。出来れば中国現地で経験を積むのが理想ですが、1年や2年といった短い期間でも良いので、中国企業で働き、留学生活だけでは見ることのできない、中国人の考え方や中国社会にぜひ触れてほしいです。

取材&文:河内滴 写真提供:佐野史明


※12月22日のパネルディスカッションには佐野史明さんの他、中国情報を日本語で発信している大人気YouTuberヤンチャン、日中交流学生団体のリーダー、元中国大使の宮本雄二当財団理事長も登壇します。以下のQRコードから参加申込みができます。