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身びいきを戒める

イスラムの歴史に学ぶシリーズ(No.003)

今日のイスラム世界を築いた偉人の筆頭に上がる人として、ウマル(ウマル・イブン・ハッターブ/ 582?-644)がいる。厳格な性格として知られるアミール・アルムーミニーン(=信徒の号令者。第二代カリフ)は、商道徳にも厳しく、自ら市場を見回るだけでなく、市場における不正を取り締まり、争い事を仲裁する市場監督官(ムフタシブ)をこの時代に設置した人だ。

次のような逸話がある。ある日、いつものように市場を見回っていると、よく肥えたラクダが売りに出されている。「これは誰のラクダか?」
それが、自分の息子のものと聞いたウマルは、当人、アブドッラを呼んで聞く。
「この太ったラクダはどうしたのだ?」
「市場で買って公共の牧場で育てました。太りましたので売りに出しました。」
「あの牧場はイスラム教徒みんなのものだ。」
「はい、私もイスラム教徒のひとりです。何がいけないのですか?」
「(牧場の世話人が)これは信徒の号令者の息子のラクダだ、大切に扱え。信徒の号令者の息子のラクダに水をやれ、と特別扱いしたに違いない。だからこのように太ったのだろう。」

「私がそのようなことを世話人に頼んでいないことはアッラーが知っています」と、ラクダを売ることは正当な権利と主張する息子に対し、父はこう言い放った。
「おまえはそれを売ったら、元手だけを取り、利益は全て「金の館」(バイトルマール、国庫)に納めなさい。このラクダが他のラクダより高いのは、すべて牧場の世話人のおかげなのだ。」

この話を思い出したのは、もちろん我が国の「アミール」が身びいきをしているとの報道を耳にしたからである。首相公邸には私的空間もある等の言い訳をするとしたら、それはウマルに諫められる前のアブドッラと同じであり、自分が特別の立場にあることを忘れているのだろう。人の上に立つ以上、自分自身に厳しくするだけでなく、身内の利得行為をも戒めたウマルのような人格者に政(まつりごと)の指揮をとってもらいたいものだ、とつくづく思う。

なおウマルは、暴漢に刺されて亡くなるのであるが、死の床で側近に「息子を後継者に指名しては如何?」と勧められる。しかし「アッラーが望んでいないこと」として受け入れず、預言者ムハンマドの教友たちの合議で選ぶよう遺言した。このことをイスラム教徒で知らぬ人はいない。

世襲だらけの政治家が支配するようになった我が国に、アッラーの罰があたるのは必定だろう。


イスラムの歴史に学ぶシリーズ 

 エリコ通信社(https://erico.jp/)は、1994年に設立された発展途上の民間シンクタンクです。アラブ・イスラム世界の知識人の言説を読んでおりますと、しばしば、人間社会に潜む普遍的な真実に対する深い洞察に触れ、感動します。このシリーズでは、そんなイスラムの叡智について、気づいたことを書き残していきたいと思います。

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