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ジャバラのまど Vol.20 楽器と悪魔と伝説と

「悪魔の楽器」ないし「悪魔が発明した楽器」と言われたら、アコーディオン好きの方なら「バンドネオン」を連想することでしょう。しかしこの言葉、実は出所も根拠も不明なのです。それなのになぜか定着したこの「悪魔」という言葉のせいで、バンドネオンは殊更にミステリアスに語られ、その上タンゴに対しては「情熱」という常套句による「風評被害」が追い打ちをかけ、ながらく本質の理解の妨げに。バンドネオン奏者の小松亮太さんが危機感を抱き、先日とうとう「タンゴの真実」(旬報舎)という本を上梓されたので、手に取られた方もいるのではないでしょうか。こうした誤解を蹴散らす痛快な事実が多数記載されています。

では、そもそも外国語でもバンドネオンは「悪魔」と関連付けて呼ばれているのか?
ふと疑問に思い、とりあえずこの件に関係がありそうな言語(英語、スペイン語)に「楽器」「悪魔」のワードを訳し(Google翻訳っって便利!)いろいろと組み合わせながら検索してみました。
すると、英語でもスペイン語でもバンドネオンは出てこず、最も多く見つかったのは「バイオリン」だったのです。
(以下はスペイン語および英語、日本語での「悪魔の楽器」の画像検索結果。実際はもっといろいろな言葉の組み合わせで試しましたが、一例として。)

初期のバイオリンが活躍したのは、主に庶民のダンス音楽。音色が官能的すぎる、ダンスが人心を乱すということで、厳かなオルガンや声楽が中心の教会音楽から敵視され、「悪魔の楽器」と呼ばれたのが始まり。その名残か、アメリカではフィドルのことを今も「Devil's Box」と呼び、そんなタイトルの映画もあったりします。

また、楽器としての習得の難しさもあって、超絶技巧のバイオリン奏者は「悪魔と契約した」と言われるように。有名なところでは「悪魔のトリル」で知られるタルティーニの他、パガニーニなどがいます。そして、これはのちの音楽の世界に散見される、「悪魔に魂を売り、代償として才能を手に入れる」という伝説の原型になったと考えられますね。
例えば、ブルースギターのロバート・ジョンソンにまつわる「クロスロード伝説」もこの類型。とある十字路(クロスロード)で悪魔に魂を売ってギターの技量と名声を手に入れたという、もともと噂にすぎなかったの話が伝説として定着したのはこの型にハマったことも大きいでしょう。

で、いろいろ試しましたが、結局「悪魔」「楽器」という組み合わせでバンドネオンが検索できたのは日本語だけでした。なので、「悪魔が発明した楽器」という惹句は日本人が作ったのかもしれません。
流れからは外れますが、アコーディオンと悪魔ということになると、「El acordeón del diablo(悪魔のアコーディオン)」というスペイン語タイトルの映画があります。これは、コロンビアの作家、ガルシア・マルケスの小説の中に出てくる「悪魔にアコーディオ勝負を挑んで勝った男」が現実にいた!ということから作られた映画。なんと、ここでは悪魔が負けてしまっているのでした。


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