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絶滅動物の復活はできるのか、そしてやるべきなのか(後編)

 皆さん、こんにちは。JAAS広報・アウトリーチWGの中西です。

 前回に引き続き、ケナガマンモス復活計画の記事です。

 前編(前編へのリンクを貼る)では、どのようにしてケナガマンモス(ならびにその他の絶滅動物)を復活させようとしているのか、その方法について解説いたしました。
 そして、復活計画とはいっても、現在考えられている方法で復活するケナガマンモスは、ケナガマンモスそのものではなく、ゲノム編集でケナガマンモスの遺伝子を導入してケナガマンモスの特徴を持たせたゾウ、いうなれば”ケナガマンモスっぽいゾウ”であるという点についても述べました。

 そうなると、疑問を抱かれる方も当然出てくることでしょう。

 すなわち、人間が絶滅させてしまった動物を復活させるというのならまだ分かるが、絶滅動物そのものではないそれっぽいものを生み出すことにいったい何の意味があるのか? という疑問です。

 この後編では、その点について解説していきたいと思います。

 いきなり結論から入ってしまいますと、ケナガマンモス(っぽいゾウ)を生み出す目的は、地球温暖化を防ぐことです。

 ……と、言われて「なーるほど、確かにケナガマンモスが復活すれば地球温暖化の抑止に繋がるな」とすぐに理解できるのは、相当賢い人だけではないでしょうか。
 少なくとも、私は「マンモスで地球温暖化を防ぐってどういうこっちゃ?? マンモスがいた時代が寒い氷河期だったからって、マンモス復活させたら地球が『あっ、マンモス君いるじゃん。じゃあ氷河期に戻った方がいいね』って気を利かせて気温を下げるわけでもあるまいに」と思いました。
 その次に考えたのは「地球温暖化を抑えるためには牛肉をやめてカンガルー肉を食べた方が良い※1)って話を聞いたことあるけど、それと同じで牛肉をやめてみんなマンモス肉を食べましょうってことかな?」ということでしたが、この推理は完全に的外れでした。

 ちなみに、この記事を読まれている方の6,7割くらいは「マンモス怒りの鉄槌で人類が滅亡し、そのおかげで人類による温室効果ガス放出が止まって地球温暖化が防がれるんですよね? だいたいどんな問題も人類を滅亡させれば解決しますからね」と、考えたのではないかと思いますが、残念ながら、その推理も外れです。

 では、どのようにしてケナガマンモスの復活が地球温暖化を防ぐのかと言いますと、それにはまず、永久凍土のことを知る必要があります。

 永久凍土は読んで字の如く凍りっぱなしの土ですが、ここには、実は大量の有機物が含まれています。
 さて、永久凍土がその名の通り永久に凍っていれば問題は無いのですが、もし融けてしまうと、そこに含まれる有機物を微生物が分解し、それによって温室効果ガスが発生します。すると地球の気温が上がり、永久凍土が更に融けて、更に有機物が分解し、更に温室効果ガスが……という悪循環が発生してしまうわけです。

 これを防ぐためには、永久凍土に永久に……とは言わないまでも、まあ人類が滅亡するまでの間くらいは凍っておいてもらわなくてはいけません。
そのためには、夏になっても融けないよう、冬の間にできるだけ永久凍土を冷やしておくのが良いのですが、ここでもう一つ重要なポイントがあります。
 永久凍土があるような地域では、冬の空気は降り積もった雪よりも更に冷たいのです。つまり、冬の間、誰かが雪を盛大に踏み荒らしたり掘り起こしたりして冷たい空気と地面が接するようにすれば、その分、永久凍土が冷えてくれるというわけです。

 では、誰が雪を踏み荒らしたり掘り起こしたりするのか。
 ここでケナガマンモスが出てくるわけですね。
 ケナガマンモスほどの大型の動物となれば雪を踏み荒らす効率も良いですし、雪の下に埋もれた餌を探して雪を掘り起こしたりもするでしょう。

 まとめると、以下のような流れになります。

  1. ケナガマンモスが雪を踏み荒らしたり、餌を探して雪を掘り起こしたりする。

  2. それによって、冬の冷たい空気と地面が接するのを断熱材のように妨げていた雪が除かれ、永久凍土が十分に冷やされる。

  3. 永久凍土が十分に冷やされることで、夏に永久凍土が融けるのが防がれる。

  4. 永久凍土が融けないことで、そこに含まれる有機物の分解による温室効果ガス発生が防がれる。


 ただし、これはあくまでもマンモス復活計画を進めている人達の主張です。正直なところ環境問題については私は専門外なので、本当にそんなうまくいくのかと聞かれると、分かりませんと言う他ありません(前編のゲノム編集は、まだ自分の専門にある程度は近かったんですけどね……)。
 実を言えば私自身、最初に聞いた時は「なんか風吹けば桶屋が儲かるみたいな話だなぁ……。本当は、とりあえずマンモスを復活させたいというのが最初にあって、後から欧米のエリートに受けが良さそうなSDGsな感じの理由を取って付けたのでは?」と思わないでもありませんでした。

 ただ、永久凍土の上に降り積もった雪を踏み荒らしたり掘り起こしたりすることで永久凍土を冷やし、地球温暖化を防ごうという計画は元々あり、ジャコウウシのようなケナガマンモスほどではないにしろ大型の動物を移入したり、機械でやってみたりということがされているようです。

 ケナガマンモスがいた時代は機械を使わなくても自然と雪が掘り起こされたりしていたのに、ケナガマンモスが絶滅してしまったせいでそれが無くなってしまった。しかしケナガマンモスを復活させて移入すれば、元の状態に戻る――というわけです。

 ケナガマンモス以外の絶滅動物の復活についても、多くの場合、目的は「絶滅してしまったオリジナルの動物がその生息環境において果たしていた役割を、代わりに担わせること」です。
 だからオリジナルの絶滅動物と完全に同じでなくても、同じ役割を果たせる程度に似ていれば良いという理屈ですね。

 もちろん、この計画に対しては賛否両論あります。

「既に絶滅してしまった動物を復活させるよりも、まだ絶滅していない動物の保護に資金を注ぐべきでは?」
「『マンモス復活? 面白そうだからお金出すよ』というタイプの人達が、マンモスの復活やめたからってそのお金を絶滅危惧種の保護に注ぎ込むと思う? この計画に使うのはどのみち絶滅危惧種の保護には使われなかったお金だよ」
「そんな遺伝子改変動物を野に放ったら何が起こるか分からない。何か予想もしていなかったようなことが起こるかもしれない」
「やはり人類を滅亡させた方が良いのでは?」
「何が起こるか分からないと言うけど、このまま何もしなかった場合に何が起こるかは本当に分かってるの? 何もしなければ少なくとも現状維持はできるという前提があるわけでもないのに、”何が起こるか分からないからやらない”という予防原則を採用するのが本当に良いの?」
「でも、やっぱり人類を滅亡させる方が効果的なのでは?」

 こんな感じで、議論は尽きないというわけです。

 この記事の前編では、映画「ジュラシック・パーク」におけるイアン・マルコムとジョン・ハモンドの議論を取り上げましたが、そのマルコムが恐竜を復活させたハモンドに対して言った台詞に次のようなものがあります。

「できるかどうかだけを考えて、やるべきかどうかを考えなかった」

 一方、現在ケナガマンモスの復活計画を進めている人達は、できるかどうかだけでなく、やるべきかどうかも考えた上で、やるべきだと言っています。

 さて、やるべきか、やらないべきか。
 あなたは、どう思われますか?

(文責:中西秀之)


※1) カンガルーと牛では消化管内の細菌の種類が違っており、その影響でカンガルーは牛と比べて温室効果ガスであるメタンの発生量が少ないからだそうです。ちなみに、牛の代わりにカンガルーを食べるのではなく、牛にカンガルーの腸内細菌を移植しようという話もあるようです。


――この話題についてもっと知りたい人のために――

【参考書籍】

 ケナガマンモスに限らない絶滅動物復活計画全般について、賛成派と反対派双方の意見がバランス良く取り上げられています。この記事では紹介しきれなかった視点などについても書かれているため、このトピックについてより深く知りたい方にはお勧めです。ただし、原書は2017年(翻訳版は2020年)刊行の本であるため、現在では内容がやや古くなっている部分もあります。

 ケナガマンモス復活計画の中心人物であるジョージ・チャーチとその仲間達を主役に据えたノンフィクションです。歴史小説のようにドラマチックで読みやすくはありますが、反対派の視点などはありません。

 ゲノム編集技術の開発でノーベル賞を受賞した科学者であるジェニファー・ダウドナを主役に据えたノンフィクションですが、登場人物の一人として上述のチャーチが登場します。ケナガマンモス復活計画についての本ではありませんし主役はあくまでもダウドナですが、チャーチを主役に据えてヒーローのように描く「マンモスを再生せよ」よりも、こちらの本の方がチャーチがどのような人物であるかが掴める内容のように感じました(個人の感想です)。
 ちなみに、ゲノム編集の特許や起業に絡んだドロッドロの展開など、純粋に人間ドラマとして読んでも面白いという点でもお勧めです(他人事して読む分には面白いですが、自分がこういうのには巻き込まれるのは遠慮したいですね……)。

 ケナガマンモスについては扱っていませんが、同様の手法によるリョコウバトの復活計画について一章が割かれています。リョコウバト復活以外の話題でも、果たしてどのような状態なら絶滅していないと言えるのか(例えば、何世代にもわたり人為的な環境で保護し続けたり、他の地域に移した結果、そこに適応して元の動物とは異なる特徴を持つ動物に変化してしまった場合も元の動物は絶滅していないと言えるのか)など、色々と考えさせられる話が多く取り上げられています。

【参考リンク】

 絶滅種の復活に取り組むNPOのホームページ。既に絶滅した種の復活だけではなく、絶滅危惧種の保全も行っています。
 余談ですが、創設者の一人であるスチュアート・ブランドは、スティーブ・ジョブズの演説で有名になった言葉"Stay hungry. Stay foolish."の出典であるWhole earth catalogを作った人でもあります。

 上述のスチュアート・ブランドによる講演。メインで取り上げているのはケナガマンモスではなくリョコウバトですが、方法などは概ね同じです。ちなみに、動画の日本語字幕では"ancient DNA"を「古生代DNA」と訳していますが、リョコウバトは新生代の生物で、古生代は恐竜の時代よりも更に昔なのでこの翻訳は間違いですね。

 ケナガマンモス復活のためにチャーチらによって設立された企業のホームページです。ケナガマンモスだけでなく、フクロオオカミ(タスマニアタイガー)やドードーの復活にも取り組んでいるそうです。


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