11日本文学講読Ⅰ 万葉仮名訓み 影印本翻字

山崎健司 日本文学講読Ⅰ 1996 奥羽大学 記録尾坂淳一
教科書/伊藤博校注 万葉集上・下 角川日本古典文庫
参考文献/神戸平安文学会 仮名手引
参考文献/笠間影印叢刊刊行会 字典かな 笠間書院
(万葉仮名訓み①~⑱、雨月物語夢応の鯉魚翻字)

記録者注万葉集は全て漢字表記なれば訓みの定まらぬもの先ず原文にあたること

1、日本人はいつごろから自分の過去を描き始めたか
古事記(国内向け)日本書紀(海外向け)=八世紀で最古

記紀の分析結果
体系的な歴史叙述
四百年代の仁徳朝
祖先の系譜を作成=和の五王

崇神朝大和三輪山麓=呪術的王朝(三世紀か?)
仁徳朝ののち国家意識の自覚で日本は分裂
550年欽明朝に統一
↓「国家意識」
神人分離の認識
上=神々
中=神と人  神武~応神→歌謡(集団的)
下=人 仁徳~推古

分離意識の画期的段階(欽明~推古)
冠位十二階、仏教公認、大陸との国交

国家体制の整備、人間の個の自覚

抒情詩(個性的、舒明朝から急増)

舒明朝「やまとうた」完成=万葉時代の始まり

淳二朝「天平宝字三年正月一日」終り

編者大伴家持はその後二十年存命、歌も続ける=万葉集を終えた事に意味がある

桓武朝延暦三年現在の万葉集が大伴家持の手により完成
舒明~桓武朝=万葉集の時代ますらおぶり

嵯峨~淳和~仁明朝=国風暗黒時代漢詩文隆盛

古今和歌集たをやめぶり=万葉は読まれなかった(家持が藤原種次暗殺の罪人とされたため)

2、巻第一雑歌(公式の歌)
1番歌
雄略天皇御製歌
籠もよ み籠持ち 掘串もよ み掘串持ち
この岳に 菜摘ます児 家告らせ 名告らさね
そらみつ 大和の国は おしなべて われこそ居れ
しきなべて われこそ居れ
われにこそは 告らめ 家をも名をも

解釈1
古代人における名問い=求婚
家告らせ=氏姓
名告らさね=本人と母親のみ知る真の名、人格そのものとされた→言う=承諾の意
告る=祝詞
↓承諾されればここで終わる
続く
=拒否された
「わたしが先に名乗るわけにいくまい」追いつめる調子

歌の後再び間が空く「幻想の間」
めでたく結婚が想像される

解釈2
女=豪族の娘(持ち物で分かる身分)
土地の女と天皇の結婚=天皇への服属の意
春の菜摘み=国見(一年の繁栄を願う予祝)

雑歌=法的性格+恋

解釈3
記紀の雄略天皇=残虐で多数の求婚説話

隠(な)び妻説話 求婚されたが逃げた女の話
三字・四字・五字・六字(初期の特徴)
‐この をかに いえ のらせ
‐な つますこ な のらさね
=時間をかけて作られた
=雄略にかけて作られた歌

3、相聞(恋の歌)(挽歌=死の歌)
磐姫皇后の歌
仁徳天皇の皇后、武内宿祢の孫、仁徳の異母妹八田皇女を妃(皇后・妃・夫人・嬪)にしようとし失敗、「足もあがかにしっとしたまひき」(嫉妬深い女性)

磐姫皇后思天皇御作歌四首
①85番歌
君が行き 日長くなりぬ
山尋ね
迎へか行かむ 待ちにか待たむ
君之行気長成奴(気、奴=音のみ利用した音仮名)
山多都祢
迎加将行待尓可将待  =起=類歌90

②86番歌
かくばかり 恋ひつつあらずは 高山の
岩根しまきて
死なましものを
如此許恋乍不有者高山之
磐根四巻手(手=訓仮名)
死奈麻之物乎  =承=類歌120、2693

③87番歌
ありつつも 君をば待たむ うち靡く
我が黒髪に 霜の置くまでに
在管裳君乎将待打靡
吾黒髪尓霜乃置万代日  =転=類歌89、2688

④88番歌
秋の田の 穂の上に霧らふ 朝露
いつへの方に 我が恋やまむ
秋田之穂上尓霧相朝露
何時辺乃方二我恋将息  =結=類歌なし=創作歌

四首は別々の伝承歌だったが書き整え、四詩目の作者が纏めた

4、巻第一
⑤2番歌
天皇登香具山望国之時御製歌
大和には 群山あれど
とりよろふ 天の香具山
登り立ち 国見をすれば 国原は けぶり立ち立つ
海原は かまめ立ち立つ
うまし国ぞ 蜻蛉島 大和の国は
山常庭村山有等
取與呂布天乃香具山
騰立國見乎為者國原波煙立龍
海原波加萬目立多都
怜阿國曽蜻嶋八間跡能國者

とり=神霊に関する接頭語
よろふ=精霊が群れをなしてよりつく、周囲にめぐらす→国見における典型
天の香具山=神話における高天原の神山、天から降りてきた山(伊予国風土記)→古代王朝の正当性
国見=予祝 神山で庵を作り籠り神がかりの状態で国見をした(古代人の見る=魂振り=きつり)
国原は煙立ち立つ=地霊=土の充実
海原は鴎立ち立つ=池を海に「見立て」(幻視)=白鳥(穀鳥)=水の充実
二つの大和 冒頭=天皇が今いるヤマト
      末尾=支配しているヤマト=日本

国見歌の二つの流れ
景物列叙型 古事記41、53 列挙する
対象称掲型 古事記50、77 対象を称賛

二つの流れをくむ歌

「万葉歌の出発」舒明の国見歌
記紀歌謡=氏族的、集団的
    =声に出す謡いもの
    =漢字の音訓を交ぜた変体漢文

万葉歌=個人的
   =五七音の定型
   =自由な国語表現
(舒明の国見歌より古い歌は八首あるが仮託された歌)

5、額田王
初期万葉の代表的歌人、舒明天皇の妻に仕えた皇族の女性
⑥7番歌
秋の野の み草刈り葺き 宿れりし
宇治のみやこの 仮盧し思ほゆ
金野乃美草苅葦屋杼礼里之
兎道乃宮子能借五百磯所念

大御歌=天皇の作=形式上の作者
実際の作者=額田王=代作

⑦8番歌
熟田津に 船乗りせむと 月待てば
潮もかなひぬ 今は漕ぎ出な
熟田津尓船乗世武登月待者
潮毛可奈比沼今者許褻乞菜

百済遠征で斉明女帝になりかわり詠んだ歌
斉明崩御661年
白村江の戦い663年

17、18番歌=額田王最後の歌
代作、「御言持ち」、祭祝の女王、作者異伝の歌

20、21番歌蒲生野遊猟=天智天皇即位後初の行事

江戸時代からの解釈
額田王をはさんでの天智天武天皇の妻争い

しかし相聞(恋)でなく雑歌(公)にある
恋愛の歌にしては情熱と理性のバランスがとれている

昭和に入ってからの解釈
薬(男性は鹿の角袋、女性は薬草)猟りの後の宴席で座興で詠んだ歌

演技 デュエットにちかい状態か、その中にも経験的苦悩が滲み出ている

6、壬申の乱
天武(大海人)と大友(天智天皇の子)の争い
巻第一25などに現人神思想の演出=抒情詩の新たな展開
⑧4260番歌
大君は 神にしませば 赤駒の
腹這ふ田居を 都と成しつ
皇者神尓之座者赤駒之
腹婆布田為乎京師跡奈之都

大津皇子の悲劇
大津皇子が草壁第一皇子に謀反(天武天皇の喪中に伊勢下向)を起こす
川島皇子が密告、翌日大津皇子処刑
大伯斉宮(大津皇子の姉)を解任
死を暗示した大津皇子の歌

⑨105番歌
吾が背子を 大和へ遣ると さ夜更けて
暁露に 我が立ち濡れし
吾勢古乎倭辺遣登佐夜深而
鶏鳴露尓吾立所露之

⑩106番歌
ふたり行けど 去き過ぎかたき 秋山を
いかにか君が ひとり越ゆらむ
二人杼去過難寸秋山乎
如何君之独越武

大津皇子の死を知った大伯斉宮の歌
163、164=無駄の多い歌=口誦的、思いの爆発
105、106=言葉を選んで作歌=記載的、秘めた思い=大津皇子移葬後の歌

⑪165番歌
うつそみの 人にある我れや 明日よりは
二上山を 弟背と我れ見む
宇都曽見乃人尓有我哉従明日者
二上山乎弟世登吾将見

⑫166番歌
磯の上に 生ふる馬酔木を 手折らめど
見すべき君が 有りと言はなくに
磯之於尓生流馬酔木乎手折目杼
令視倍吉君之在常不言尓

7、柿本人麻呂
公的な作家活動、持統天皇の庇護、舎人、
⑬30番歌
楽浪の 志賀の唐崎 幸くあれど
大宮人の 舟待ちかねつ
楽浪之思賀乃辛崎雖幸有
大宮人之般麻知兼津

⑭31番歌
楽浪の 志賀の大わだ 淀むとも
昔の人に またも逢はめやも
左散難弥乃志我能大和太與杼六友
昔人二亦母相目八毛

⑮496番歌
み熊野の 浦の浜木綿 百重なす
心は思へど 直に逢はぬかも
三態野之甫乃浜木綿百重成
心者雖念直不相鴨

⑯497番歌
いにしへに ありけむ人も 我がごとか
妹に恋ひつつ 寐寝ねかてずけむ
古尓有兼人毛如吾炊
妹尓恋乍宿不勝家牟

⑰498番歌
今のみの わざにはあらず いにしへの
人ぞまさりて 音にさへ泣きし
今耳之行事庭不有古
人曽益而哭左倍鳴四

⑱499番歌
百重にも 来及かぬかもと 思へかも
君が使の 見れど飽かずあらむ
百重二物来友姦常念鴨
公之使乃雖見不飽有武

‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐前期

8、上田秋成「雨月物語」夢応の鯉魚
翻字=手書きで原文をおこす段階
翻刻=活字化
夢応の鯉魚=版本、変体仮名、句点(、)が無い、


夢応の鯉魚
夢応能鯉魚↓

むかし延長の頃、三井寺に興義といふ僧ありけり。
武可之延長乃頃。三井寺尓興義止以不僧安利計里。

絵に巧なる
絵尓巧奈留↓

をもて名を世にゆるされけり。つひにえがく所、
遠毛天名越世尓由留左礼介利。 嘗尓画久所 。

佛像山水花鳥を事
佛像山水花鳥遠事↓

とせず。寺務の間ある日は湖に小舟をうかべて、
止世春゛。寺務乃間安留日八湖尓小船遠宇可部天。

網引き釣する泉朗
網引釣春留泉郎↓

に銭を与へ、獲たる魚をもとの江に放して、
尓銭遠与辺。獲多留魚遠毛止乃江尓放志天。

其魚の泳躍を見て
其魚乃泳躍遠見天↓

は画きけるほどに、年を経て細妙にいたりけり。
八画幾計留保止゛尓。年遠経天細妙尓以多利計里。

或ときは絵に心を
或止幾八絵尓心遠↓

(挿絵)

凝して眠をさそへば、ゆめの裏に江に入て、
凝之天眠遠左楚辺者゛。由免乃裏尓江尓入天。

大小の魚とゝもに
大小能魚止ゝ毛尓↓

泳ぶ。覚れば而見つるままを画きて壁に貼し、
泳不゛。覚連八"而見川留未ゝ遠画幾天壁尓貼之。

みづから呼て
三川゛可良呼天↓

夢応の鯉魚と名付けり。其絵の妙なるをめでて
夢応乃鯉魚止名付計里。其絵乃妙奈留遠感天

乞要むるもの
乞要武留毛乃↓

前後をあらそへば、只花鳥山水は乞にまかせて
前後遠阿良楚辺者゛。只花鳥山水八乞尓未可勢天

あたへ、鯉魚の
安多辺。鯉魚乃↓

絵はあながちに惜みて、人毎に戯れていふ。
絵者安奈加゛知尓惜三天。人毎尓戯連天以不。

生を殺し鮮を喰
生遠殺之鮮越喰↓

ふ凡俗の人に、法師の養ふ魚必しも与へず
不凡俗能人尓。法師乃養不魚必之毛与辺春゛

となん。其絵と俳諧
止奈无。其絵止俳諧↓

とともに天下に聞えけり。一とせ病に係りて、
止ゝ毛尓天下尓聞計衣利。一止世病尓係利天。

七日を経て忽に
七日遠経天忽尓↓

眼を閉息絶てむなしくなりぬ。
眼遠閉息絶天武奈之久奈利奴。

徒弟友とぢあつまりて嘆き惜み
徒弟友止ぢ安川未利天嘆幾惜三↓

けるが、只心頭のあたりの微し暖なるにぞ、
計留可゛。只心頭乃安多利能微之暖奈留尓曽゛。

若やと居めぐりて
若也止居女久゛里天↓

守りつも三日を経きけるに、手足すこし
守利川毛三日遠経尓計留尓。手足春古之

動き出るやうなりしが、忽
動幾出留也宇奈利之可゛。忽↓

長嘘を吐て、眼を開き、醒たるがごとくに
長嘘遠吐天。眼遠開幾。醒多留可゛古゛止久尓

起あがりて、人ゝにむ
起阿可゛里天。人ゝ尓武↓

かひ我人事をわすれて既に久し幾日をか過しけん。
可比我人事遠和春礼天既尓久之幾日遠可過之計无。

衆弟等いふ、
衆弟等以不。↓

師三日前に息絶えたまひぬ。寺中の人ゝをはじめ、
師三日前尓息絶衣玉比奴。寺中能人ゝ遠者之゛免。

日び睦まじく
日比陸未之゛久↓

かたりたまふ殿原も詣たまひて葬の事をも
加多里玉不殿原毛詣玉比天葬乃事遠毛

すかりたまひぬれど
春可利玉比奴連止゛↓

只師が心頭の暖なるを見て、柩にも蔵めで
只師可"心頭能暖奈留遠見天。柩尓毛蔵女天゛

かく守り侍りしに、
可久守利侍利之尓。↓

今や蘇生たまふにつきて、かしこくも物せざりしよ
今也蘇生玉不尓川幾天。可之古久毛物世左゛利之世

と怡びあへり
止怡比゛阿辺里↓

興義点頭ていふ。誰にもあれ一人檀家の
興義点頭天以不。誰尓毛安礼一人檀家能

平の助の殿の館に
平乃助能殿乃館尓↓

詣て告さんは、法師こそふ思儀に生侍れ、
詣天告左无八。法師古楚不思儀尓生侍連。

君今酒を酌鮮き鱠
君今酒遠酌鮮幾鱠↓

をつくらしめたまふ。しばらく宴を罷て
遠川久良之女玉不。志者"良久宴遠罷天

寺に詣させたまへ。稀有の
寺尓詣左世玉辺。稀有乃↓

物がたり聞えまいらせんとて、彼人ゝのある形を
物可"多利聞衣未以良勢无止天。彼人ゝのある形遠

見よ。我詞に露
見与。我詞尓露↓

たがはじといふ。使異しみながら彼館に往て
多可゛者之゛止以不。使異之美奈可゛良彼館尓往天

其よしをいひ入れて
其由遠以比入連天↓

うかがひ見るに、主の助をはじめ、
宇可ゝ゛比見留尓。主乃助遠者之゛女。

令弟の十郎、家の子掃守など
令弟能十郎。家能子掃守奈止゛↓

居めぐりて酒を酌ゐたる。
居女久゛利天酒遠酌ゐ多留。

師が詞のたがはぬを奇とす。助の館
師可゛詞乃多可゛者奴遠奇止春。助乃館↓

の人ゝ此事を聞て大に異しみ、先箸を止て、
乃人ゝ此事遠聞天大尓異乃美。先箸遠止天。

十郎掃守をも
十郎掃守遠毛↓

召具して寺に到る。興義枕をあげて
召具之天寺尓到留。興義枕遠阿計゛天

路の労をかたじけなう
路乃労遠可多之゛計奈宇↓

すれば、助も蘇生の賀を述ぶ。
春礼者゛。助毛蘇生乃賀遠述不゛。

興義先問ていふ。君試に我いふ
興義先問天以不。君試尓我以不↓

事を聞せたまへかの漁父文四に魚を
事遠聞世玉辺可乃漁父文四尓魚遠

あつらへたまふ事ありや。助驚きて、
安川良辺玉不事安利也。助驚幾天。↓

真にさる事ありいかにしてしらせたまふや。
真尓左留事阿利以可之天志良勢玉不也。

興義、かの漁父三尺あま
興義。可乃漁父三尺阿未↓

りの魚を籠に入て君が門に入。
里乃魚遠籠尓入天君可"門尓入。

君は賢弟と南面の所に碁を囲
君八賢弟止南面乃所尓碁越囲↓

みておはす。掃守傍に侍りて、
三天於者春。掃守傍尓侍里天。

桃の実の大なる啗ひつゝ奕の手
桃乃実能大奈留越啗美川ゝ奕能手↓

段を見る。漁父が大魚を携へ来るを喜びて、
段遠見留。漁父可゛大魚遠携辺来留遠喜美゛天。

高杯に盛たる桃を
高杯尓盛多留桃遠↓

あたへ、又杯をたまふて三献飲ましめたまふ。
阿多辺。又杯遠玉不天三献飲未之女玉不。

鱠手したり顔に魚をとり出
鱠手志多利顔尓魚遠止利出↓

て鱠にせしまで、法師がいふ所
天鱠尓世乃未天゛。法師可゛以不所

たがはでぞあるらめといふに。助の
多可゛者天゛曽゛安良留女止以不尓。助乃↓

人ゝ此事を聞て。或は異しみ、
人ゝ此事遠聞天。或八異之三。

或はこゝち惑ひて、かく詳なる言の
或八古ゝ知惑美天。可久詳奈留言能↓

よしを頻に尋ぬるに、興義かたりていふ。
世之遠頻尓尋奴留尓。興義可多利天以不。

我此頃病にくるしみて
我此頃病尓久留之美天↓

堪がたきあまり其死したるをもしらず、
堪可゛多幾安未利其死之多留遠毛之良春゛。

熱き古ゝちすこしさまさん
熱幾古ゝ知春己之左満左无↓

ものをと、杖に扶られて門を出れば、
毛乃遠止。杖尓扶良礼天門遠出連春゛。

病もやゝ忘れたるやうにて
病毛也ゝ忘礼多留也宇尓天↓

籠の鳥の雲井にかへるここちす。
籠乃鳥能雲井尓可辺留古ゝ知春。

山となく里となく行ゝて、又江
山止奈久里止奈久行ゝ天。又江↓

の畔に出、湖水の碧なるを見るより、
乃畔尓出。湖水能碧奈留遠見留与利。

現なき心に浴て遊びなんとて、
現奈幾心尓浴天遊比゛奈无止天。↓

そこに衣を脱去て、身を跳らして
楚古尓衣遠脱去天。身遠跳良之天

深きに飛入つも、彼此に泳めぐるに、
深幾尓飛入川毛。彼此尓泳女久゛留尓。↓

幼より水に慣たるにもあらぬが、
幼与利水尓慣多留尓毛安等奴可゛。

欲ふにまかせて戯つけり。今思へば
慾不尓満可勢天戯連計利。今思辺八゛↓

愚なる夢ごゝろなりし。されとも人の水に浮ふは
愚奈留夢古"ゝ路奈利之。左礼止毛人乃水尓浮不八

魚の古ゝろよきには
魚能古ゝ呂与幾尓者↓

しかず。こゝにて又魚の遊ひをうらやむこころ
志可春。古ゝ尓天又魚乃遊比遠宇良也武古ゝ呂

おこりぬ傍にひとつの
於己利奴傍尓飛止川乃↓

大魚ありていふ。師のねがふ事いとやすし、
大魚安利天以不。師乃祢可゛不事以止也春之。

待せたまへとて、査の底に
待世玉辺止天。杳乃底尓↓

去と見しに、しばしして、冠装束したる人の、
去止見之尓。志者゛之之天。冠装束之多留人乃。

前の大魚に胯がりて、
前能大魚尓胯可゛利天。↓

許多の鼇魚を率ゐて浮ひ来たり我にむかひていふ。
許多能鼇魚遠率ゐ天浮比来多利我尓武可比天以不。

海若の
海若の↓

詔あり。老僧かねて放生の功徳多し。
詔安利。老僧可子天放生乃功徳多之。

今江に入て魚の泳躍を
今江尓入天魚乃泳躍遠↓

ねがふ。権に金鯉が服を授けて水府のたのしみ
祢可゛不。権尓金鯉可゛服遠授計天水府乃多能之三

をせさせたまふ。
遠世左勢玉不。↓

只餌の香ばしきに眛まされて、釣の糸にかゝり
只餌乃香者゛之幾尓眛未左礼天。釣能糸尓可ゝ利

身を亡ふ事なか
身遠亡不事奈可↓

れといひて去て見えずなりぬ。
連止以比天去天見江春゛奈利奴。

不思義のあまりにおのが身をか
不思義能安未利尓於乃可゛身遠加↓

へり見れば、いつのまに鱗金光を備へてひとつの
辺里見礼者゛。以川能未尓鱗金光遠備辺天飛止川乃

鯉魚と化しぬ。
鯉魚止化之奴。↓

あやしとも思はで、尾を振り鰭を動かして
安也之止毛思者天゛。尾遠振利鰭遠動可之天

心のまゝに逍遙す。まづ
心能未ゝ尓逍遥春。未川↓

長等の山おろし。立ゐる浪に身をのせて、
長等乃山於呂之。立ゐ留浪尓身遠乃世天。

志賀の大湾の汀に遊べ
志賀能大湾乃汀尓遊辺゛↓

ば、かち人の裳のすそぬらすゆきかひに
者゛。加知人乃裳乃春楚奴良春由幾可比尓

驚されて。比良の高山影
驚左礼天。比良能高山影↓

うつる。深き水底に潜くとすれど、
宇川留。深幾水底尓潜久止春礼止゛。

かくれ堅田の漁火によるぞ
加久連堅田乃漁火尓良留楚゛↓

うつゝなき。ぬば玉の夜中の潟にやどる月は、
宇川ゝ奈幾。奴者゛玉能夜中乃潟尓也止゛留月者。

鏡の山の峰に清て
鏡乃山能峰尓清天。↓

八十の湊の八十隅もなくておもしろ。
八十乃湊能八十隈毛奈久天於毛之路。

沖津島山、竹生島。波にうつ
沖津島山。竹生島。波尓宇川↓

ろふ朱の垣こそおどろかるれ。
呂不朱乃垣己楚於止゛路可留礼。

さしも伊吹の山風に、朝妻舟も
左之毛伊吹乃山風尓。朝妻船毛↓

漕出れば、芦間の夢をさまされ。
漕出連者゛。芦間乃夢越左満左礼。

矢橋の渡りする人の水なれ
矢橋乃渡里春留人乃水奈礼↓

棹をのがれては、瀬田の橋守に
棹越乃可゛礼天者。瀬田乃橋守尓

いくそたびか追れぬ。日あたゝ
以久楚多比゛可追連奴。日安多ゝ↓

かなれば浮かひ、風あらきときは千尋の底に遊ぶ。
可奈礼者゛浮比。風安良幾止紀者千尋能底尓遊不゛。

急にも飢て食
急尓毛飢天食↓

ほしげなるに、彼此に貪りえずして
保之計゛奈留尓。彼此尓貪利得春゛之天

狂ひゆくほどに、忽文四が
狂比由久保止゛尓。忽文四可゛↓

釣を垂るにあふ。其餌はなはだ香し。
釣遠垂留尓安不。其餌者奈波多゛香之。

心又河伯の戒を守りて思ふ。
心又河伯乃戒遠守利天思不。↓

我は佛の御弟子なり、しばし食を求めえずと
我者佛乃御弟子奈利。志者゛之食遠求女得春゛止

も、なそもあさ
毛。奈楚毛安左↓

ましく魚の餌を飲べきとてそこを去。
未之久魚乃餌越飲辺幾止天楚己越去。

しばしありて飢ますゝ
志者゛之阿利天飢未春ゝ↓

甚しければ、かさねて思ふに、今は堪がたし、
甚之計礼者゛。可左子天思不尓。今八堪可゛多之。

たとへ此餌を飲とも
多止辺此餌遠飲止毛↓

嗚呼に捕れんやは。もとより他は
嗚呼尓捕連无也八。毛止与利他八

相識ものなれば、何ねはばかりかあ
相識毛乃奈礼者゛。何能者ゝ加利可安↓

らんとて遂に餌をのむ。文四すばやく糸を収めて
良无止天遂尓餌遠乃武。文四春ばやく糸遠収女天

我を捕ふ。こは
我遠捕不。古者↓

いかにするぞと叫びるれとも、
以可尓春留楚゛止叫比゛奴連止毛。

他かつて聞ず顔にもてなして
他可川天聞都゛顔尓毛天奈之天↓

縄をもて我腮を突ぬき、芦間に舟を繋ぎ、
縄遠毛天我腮遠突奴幾。芦間尓船越繋幾゛。

我を籠に押入て
我遠籠尓押入て↓

君が門に進み入。君は賢弟と南面の間に奕して
君可゛門尓進三入。君者賢弟止南面乃間尓奕之天

遊ばせ
遊者゛せ↓

たまふ。掃守傍に侍りて菓を啗ふ。
玉不。掃守傍尓侍利天菓遠啗不。

文四がもて来し大魚を見て
文四可゛毛天来之大魚遠見天↓

人ゝ大に感させ給ふ。我其とき人ゝにむかひ
人ゝ大尓感左世給不。我其止幾人ゝ尓武可比

声をはり上て、
声遠者利上天。↓

傍等は興義をわすれたまふか。宥させたまへ。
旁等八興義遠和春礼玉不可。宥左世玉辺。

寺にかへさせたまへと連りに
寺尓可辺左世玉辺止連利尓↓

叫びぬれど、人ゝしらぬ形にもてなして、
叫比奴礼止゛。人ゝ志良奴形尓毛天奈之天。

只手を拍て喜びたまふ
只手遠拍天喜比゛給不。↓

鱠手なるものまづ我両眼を左手の指にて
鱠手奈留毛乃未川゛我両眼遠左手乃指尓天

つよくとらへ、右手に砺
川与久止良辺。右手尓砺↓

すませし刀をとりて俎盤にのぼし既に
春満世之刀遠止利天俎盤尓乃保゛之既尓

切べかりしとき、我くるしさ
切辺゛可利之止幾。我久留之左↓

のあまりに大声をあげて、
乃安未利尓大声遠安計゛天。

佛弟子を害する例やある。我を助けよ
佛弟子遠害春留例也安留。我遠助計与↓

ゝと哭叫びぬれど、聞入ず。終に切らるゝと
ゝ止哭叫比゛奴礼止゛。聞入春゛。終尓切良留ゝ止

おぼえて夢醒たり
於保え天夢醒多利↓

とかたる。人ゝ大に感異しみ、
止加多留。人ゝ大尓感異之三。

師が物がたりにつきて思ふに、其
師可゛物可゛多利尓川幾天思不尓。其↓

度ごとに魚の口の動くを見れど、
度己゛止尓魚乃口乃動久遠見礼止゛。

更に声を出す事なし。かゝる
更尓声遠出春事奈之。加ゝ留↓

事まのあたりに見しこそいとふ思議なれとて、
事未能安多利尓見之古楚以止不思議奈礼止天。

従者を家に走
従者遠家尓走↓

しめて残れる鱠を湖に捨させけり。
之奴天残連留鱠遠湖尓捨左世計利。

興義これより病癒て
興義古礼与利病癒天↓

杳の後天年をもて死ける。其終焉に
杳乃後天年遠毛天死計留。其終焉尓

臨みて画く所の鯉魚
臨三天画久所乃鯉魚↓

数枚をとりて湖に散せば、
数枚遠止里天湖尓散世者゛。

画ける魚紙繭をはなれて水に遊
画計留魚紙繭遠者奈礼天水尓遊↓

戯す。こゝをもて興義の絵世に伝はらず。
戯春。古ゝ遠毛天興義乃絵世尓伝八良春゛。

其弟子成光なる
其弟子成光奈留↓

もの、興義が神妙をつたへて時に名あり。
毛乃。興義可゛神妙遠川多辺天時尓名安利。

閑院の殿の障子に鶏
閑院乃殿能障子尓鶏↓

を画しに、生る鶏この絵を見て蹴たるよしを、
遠画之尓。生留鶏古乃絵遠見天蹴多留世之越。

古き物がたりに
古き物可"多里尓↓

載たり
戴多里

雨月物語二之巻終


異類報恩譚(捨身報恩譚)+異類変身譚の話型

道行文と引歌の琵琶湖周遊=叙景を中心にせず興義の視点で魚の身の楽しさを強調

原作(中国古典魚服記)に無い描写

絵と魚への執着が生んだ完全な自由(反俗)
対比
不自由な現実の生活、食物への執着(俗)

自由が釣糸ひとつに奪われる皮肉(作者の芸術観)

自由を得たはずの興義が言葉を失い自由も失う
「寺にかへさせ玉へ」(湖ではなく?記録者)

残りの魚をかえす(因)

天寿をまっとう(果)

絵の魚が泳ぐ神妙=興義の絵が伝わらない理由

「古今著聞集」画歴については不詳とした
「荘子」たのしさをなににたとへん池の中の魚の泳ぎを遊べるがごとく
「斉者論」胡蝶の夢

興義は選ばれた人で束の間自由を得られた=興義の永遠(作者の願望)

上田秋成1734~1809年
「雨月物語」1768年成立1776年刊行
「雨月物語」序
真実にまごうような嘘の話を書いた報いを受けた水滸伝や源氏物語
自分の話はもともとでたらめだが水滸伝源氏物語に匹敵する作品
剪枝奇人=指の切れた変わり者、これ以上報いは受けまい
子虚後人=「文選」にあるいたずらに虚言をなす人物、後人は子孫の意

「雨月物語」夢応の鯉魚
「異質」化け物が甦るのは九篇中唯一
→太宰治「魚服記」二度の投身

三島由紀夫評
激しい反時代的精神
美の非完成的な追求
西鶴的、風刺的で俗世を描いて人間のモラルを追求
(夢応の鯉魚は)雅文脈に漢語を交えた無感動な彫刻的な文体

石川淳評
日本霊異記・今昔物語・伽草子の系譜=仏教と来世の観念
英草子・繁野話・雨月物語の系譜=来世なし、別天地や未知の世界=現実の相似
現世ー雨や月の時ー向こう側
神・男・女・狂・鬼の構成

‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐後期