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読書録/「山奥ニート」やっています。

◼️「山奥ニート」やってます。 石井あらた著 光文社 2020年

 2016年から「日本100名城」めぐりをはじめて、沖縄を覗く全国46都道府県を車で訪れた。城というのは山城であれ、すごい山奥にあるわけではないけれど、城と城とをつなぐ道など、ときにびっくりするほど山奥に入っていくこともある。けれども、日本全国津々浦々、そのびっくりするような山奥にも、人の住む集落が点在していたりする。「この人たちは、いったいどうやって生活しているのだろうか」と思うこともしばしばである。

 この本は、そうした興味とはまるで関係なく、たまたまツイッターでフォローした人が「山奥ニート」で、そのツイートに惹かれるものがあったので、出版を知って手にとってみた一冊である。以前からの情報発信で、山奥で引きこもるってどういうことなのか、どんな暮らしをしているのかはなんとなく知っていたけれど、一冊の本にまとめられたことで、「なるべく働かない」という、どちらかというと消極的でネガティブな色のある暮らしぶりを、新しいライフスタイルとして捉え直すことができた。

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 その内容については、本書のほかにも様々な情報発信があるのでそちらに譲るとして、私が思ったのは、私自身が「なるべく働きたくない」「あまり人とは関わりたくない」「好きなことだけして暮らしたい」という願いを持ちながら、世間一般には、そういう消極的で社会性に欠ける生き方はよくないという否定的な見方があることをわきまえて、それを出さないように生きてきたけれど、「山奥ニート」の人々は、ある意味開き直って、そんな生き方で「ええやん」と肯定的に受け止めなおして、それを実践しているところが、すごいと思う。
 ある意味、建前を捨てている。建前で自分を守るという器用さがない、といったらいいのか、でも、その正直さと、自分のネガティブ(と世間一般に捉えられている)志向も肯定的に捉えようとする、そういう前向きさに惹かれたのだなあと分かった。

 例えば「新しいライフスタイル」などというと、意識高い系のちょっと鼻に着く感じがあったりするけれど、そういうところはまったくない。ただ、今はとても便利な時代なので、都会とほぼ変わらない便利さを山奥でも享受できるし、都会ならコストのかかる食費や住居費も安く抑えられ、ときどき必要に応じて働くだけで、都会でひきこもっているのと変わらない暮らしができる、というところが新しい。場所を変えることで、その生き方が肯定されるという視点がいい。
 ただ、そこは山奥。限界集落で、都会とは違った付き合いや支え合いも必要になる。自然の厳しさも体験することになる。そうしたことを「楽しい」こととして受け入れられる余裕が必要にはなるだろう。

 さて、最初に「この人たちは、いったいどうやって生活しているのだろうか」と思うことがある、と書いたが、山奥に住むメリットがあった時代が、実は数十年前まではあった。ガスのない時代には炊事に炭が欠かせないものだったからだ。今、新型コロナウイルスのパンデミックという新たな局面を迎えて、「密」な都市生活が危機的状況に立たされている。人の暮らし、社会、経済活動は否応無しに変わっていかなければならなくなった。都会から、群衆から離れて暮らす「山奥ニート」のライフスタイルは、「これから」のヒントの一つともいえるだろう。
 そして、こういう暮らし方もいいな、と思える私のような人が、実は案外多いかもしれない。

ヘッダー写真は、三重県熊野市にある丸山千枚田の風景。
https://www.kankomie.or.jp/spot/detail_2234.html

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