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読書録/歴史に隠れた大商人 清水卯三郎

◼️歴史に隠れた大商人 清水卯三郎 今井博昭著 2014年 
 幻冬舎ルネッサンス新書

 ここしばらくの楽しみの一つとなっているのが、過去の大河ドラマをDVDで鑑賞することだ。大ベテランの若かりし頃の姿に出会えたり、制作された時代、作り手の思いなどを反映した作風を感じるなど、様々な楽しみがある。戦国や幕末など、定番のテーマでも思わぬ人物に巡り合うことも楽しみの一つである。

 先日、1980年に放映された大河ドラマ「獅子の時代」を見終わった。会津藩士と薩摩藩士、それぞれの立場から幕末から明治維新の動乱を生きる姿を描く異色作である。菅原文太演じる会津藩の平沼銑次と、加藤剛演じる薩摩藩の苅谷嘉顕、そして二人をつなぐヒロインともいうべき大原麗子演じる芸者のおもんと、主要登場人物が架空の人物というのも変わっていた。

 ドラマの詳細は別にゆずるとして、この3人の主人公とともに活躍するのが、江戸の商人、瑞穂屋である。幕府、薩摩藩とならんで1867年に開かれたパリ万国博覧会に出展したという傑物で、芸者のおもんはこのとき、博覧会会場にしつらえられた数寄屋造の茶屋で来場者をもてなした。
 驚いたのは、この瑞穂屋という商人、主要人物が架空であるため、この人も架空キャラかと思っていたが、名を清水卯三郎という実在の人物だったことである。そこで、もっとこの人物について知りたいと思い手に取ったのが本書である。

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 今の埼玉県羽生市の造り酒屋に生まれた清水卯三郎は、17歳のとき近隣で開かれた塾で学ぶ楽しさを知り、特に語学に興味を示してオランダ語を学ぶ。しかしペリー来航から開国という時代の大転換の中で、これからは英語だ!と独学で英語を学び、にわかに外国との取引をすることになった商人に向けて、英会話本を出版。さらに、その語学力を買われて、生麦事件を発端に起こった薩英戦争では、通訳としてイギリスの旗艦に搭乗、艦砲射撃の威力を目の当たりにするなど、自らの才能を生かして破天荒な活躍をし始めるのである。
 大河ドラマでは、児玉清が折り目正しい商人として演じており、パリ万博へ幕府のお役人とともに出かけるところから始まっているために、御用商人なのかなと思っていたが、それ以前からこのように活動している中で、パリ万博に、国や藩ではなく一商人として手を挙げて参加した、という。

 万博閉幕後はそのままアメリカに渡り、世界を見聞して帰ってくると、かな文字の普及を提唱したり、歯科器材の輸入、製作に力を注ぎ、歯科医学書を出版するなど、日本の近代化の一翼を担う存在となった。福沢諭吉や渋沢栄一とも交流があり、日本初の啓蒙学術団体「明六社」の設立に関わるなど、なぜ、これほどの人物の名がほとんど忘れ去られているのだろうかと不思議になるほどである。
 
 明治時代には、今に続くような大企業を設立するに至る大商人が輩出された。卯三郎がその一人にならなかったのは、息子が跡を継がなかったということもあるが、政治と結びつく「政商」の道を選ばなかった、ということもあるだろう。西洋文明に触れるなかで「日本を良くしたい」と力を尽くした卯三郎だったが、その立場はあくまでも「個」であった。一市民として、明治の文明開化に寄与したこのような人物がいたことは、もっと知られてよいのではないかと思った。

 2021年の大河ドラマは「渋沢栄一」が取り上げられるそうである。卯三郎とは対照的に「政商」として名を残し、まもなく一万円札の顔にもなるようだが、パリ行きに同行した卯三郎がどのように描かれるのか、注目したいところである。

ヘッダー写真は、博物館明治村で動態保存されている京都市電。
https://www.meijimura.com/enjoy/sight/tram/

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