第24話|レポート|わけがわからない世界に突入した。【交換から循環へ】【思いの循環=経済循環】【ふわふわ経済】
・友人がイベントをするというので福岡に行った。その友人が宿を確保して無料で提供してくれた。交通費も出してくれた。イベント後に東京に行く費用を集めるpolcaをしていたので300円支援してみた。当日はイベント運営を手伝った。
・打ち上げに行った。大阪でお世話になっている友人が飲み代とタクシー代を出してくれた。めっちゃ面白い人なので、その人がしている活動が多く知れ渡る動きをしたいなと思っている。
・久留米の友達の家に無料で一泊させてもらった。仕事の合間をぬって駅まで車で迎えに来てくれた。本人は夜勤で夜出かけてしまったのでその隙に大掃除してみた。
・プロジェクト参加費を友達が立て替えて払ってくれた。お礼にその人のVALUを購入してみた。
・シェアハウスを運営している友人の家に泊めさせてもらった。運営基金を募金で募っていたので寄付してみた。次の日に運営している人の仕事をちょっと手伝ったら、募金額と同じくらいの額をもらってしまった。
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これらは、最近起きた不思議な循環の一部。
なんかもう本当にわけがわからない。
お金の動きがカオスすぎる。
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(1)循環が形になってきた。
去年あたりまでは、思いの交換でなくて循環がキーワードで、
「してあげる:してもらうという2者間のやり取りにフォーカスするのではなく、もう少し大きな視野で捉えると、渡した相手以外からもらっている大きな循環に気づき、おおらかな関係性が形成される」と言って行動してきたけれど、
今年に入って、それがお金のやり取りでもされるようになってきた。
こうなってくるともう本当に
わけがわからない。(2回目)
お金が行ったり来たりするから、どっちがどれだけ多く手に入れたとか損したとか把握できないし、そもそもみんな把握しようすらしていない人だらけだ。
・余ったものを溢れ出すだけで経済は回る。
・溢れ出すものは人それぞれ違う。
・循環させるものはお金から思いまでそれぞれ別でいい。
そんな話をしてきたけれど、まさかこんなに早く具現化するとは思っていなかった。
<過去記事参照>
このよくわからないお金の循環がもたらすのは、
・全員が全員やりたいことしかやっていない。
・全員が全員やりたいことはやれている。
・してもらったことは「ありがとう」と気持ちよく受けとめている。
という状況。
思ったことは全部叶う世界は、この経済循環システムが土台になるんじゃないかという気がしている。
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(2)"お互いさま"って楽で楽しい。
この信頼関係インフラは強力だ。
なぜなら必要なものが手元にないことが全く問題で無くなるから。
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なければ、くれる人からもらえばいい。
持っていたら、あげたい人にあげればいい。
いつもあげているからもらうのは当たり前だし
いつももらっているからあげるのも当たり前。
そういうスタンス。
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これを読んでなにか引っかかる部分がある人は、
多分「もらう」ことか「あげる」ことに対して
何か抵抗があるんだと思う。
これは自分も含めての話だけど、
誰かが自分に対して何かしてくれるって言った時に、
「大丈夫です」って言って断る人、多いよね。
相手がそうしたいと思ったんだからありがたく受け取っちゃえばいいのに、
なぜか反射的に断っちゃう。
悪い気がするから?
そこまでさせるのは気がひける?
もらってばかりで何も返せていない気がする?
そういうイメージが出てくるのは、
自分が人に対して何かする時に負担を感じているからだ。
ちょっと面倒くさかったり
してあげた分、何かが返ってこなかったら不満に思ったり
無理してやりたくないことを人のためにしちゃったり
そういう
人に対して何かする時に湧き上がる自分の感覚を相手に当てはめて、
そんな負荷をかけたくないととっさに思うから、反射的に断る。
(もっと正確に言うと「相手にそんな負荷をかける自分でありたくない」かな)
そして、大抵あげることに抵抗がある人は、もらうことが得意じゃない人だ。
何で得意じゃないのか、自分の深層心理を探っていくと、
きっと何か自分に対して制限しているものがある。
これは、自分で決めたルールや思い込みだから
外すともっと楽になるよ。
あげることが苦手な人はまずもらう自分を許したらいい。
そうしたら、もらえる自分になって、
もらった分豊かになって満たされて、
人にあげることができるようになるし、
人にあげることによって味わえる楽しみを知れば、
次から、もらうこともあげることも抵抗なくできるようになる。
ちょっと話がずれた。
戻す。
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自分が必要なものを「欲しい」って言って、相手がそれをくれるかどうかは
相手の気分次第だから言ってみないとわからない。
「相手は無理はしない。自分のやりたいことしかやらない。
人に流されずYES/NOははっきりいう人だ。」という
信頼と安心感があると、
返って遠慮なく自分の欲望を表明できるし、
お願いされた立場の時に断るのも気が楽だ。
自由に自分に制限かけず正直に生きている人は
相手の自由も受け入れることができる。
やりたくないことをやった時の嫌な感じを
知っているから、そりゃやりたくないよねって理解できる。
断ったとしても、
「そっか、じゃあいいや。ありがとう。」
でその後にひきずらない関係性でいられる。
お互い自分の意志を伝えあったんだから、コミュニケーションはそこで完結。
やりたくないのにしてあげちゃったりするのが普通な世界にいると
本音を言わないのが当たり前のコミュニケーションになりがちだから
相手の真意を汲み取ったり、忖度する必要が出てくるけど、
YES/NOがはっきりしているコミュニケーションをしていると
変な駆け引きが必要なくなってくるし、
とりあえず欲望を表明してみることにも断ることにもストレスがなくなる。
ダメだったら「Thanks anyway」
OKだったら「ありがとう」で受け取っちゃう。
そして、自分ができることがあったら誰かにあげたくなる。
それだけ。
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もらうし、あげる。
どちらかの立場に偏らない人が集う時
循環社会は成り立つのだなと実感。
さて、そこを加速させる動き始めますか。
セーブポイント拡大計画、始動します!
広大な仮想空間の中でこんにちは。サポートもらった分また実験して新しい景色を作ります。