見出し画像

熊本城🏯 2023/2/11

熊本城の城内に入ったのは何十年ぶりだろうか。
震災から7年。今の熊本城の様子を見てきた。

長塀(重要文化財)

👆城の周囲を流れる坪井川は、内堀の役割も果たしている。

馬具櫓・・・があった場所(´°̥̥̥̥̥̥̥̥ω°̥̥̥̥̥̥̥̥`)

👆馬具櫓。熊本地震で崩壊した。
👆これは7年前、震災後に撮った写真。崩壊直前の馬具櫓。

飯田丸五階櫓・・・再建中
震災のとき、わずかに残った石垣でぎりぎり粘ってたあの櫓だ。

👆ひとまず石垣ができあがるところか。

数寄屋丸・・・崩落中(´°̥̥̥̥̥̥̥̥ω°̥̥̥̥̥̥̥̥`)

👆下の方まで石垣が崩れ去っている。
👆一部コンクリートで応急処置されている。

連続枡形・・・崩壊中(´°̥̥̥̥̥̥̥̥ω°̥̥̥̥̥̥̥̥`)

👆途中6箇所も折れ曲がる構造を突破するのは困難であったに違いない。
👆反対側には天守が見える。

二様の石垣

👆内側の古い石垣は加藤清正が、外側に継ぎ足された新しい石垣は清正の息子が築いた。

本丸御殿

👆この床下を闇り通路が通る。
👆闇り通路

加藤清正の植えた大イチョウ

👆明治の大火で一度は焼失したが、根元から出た芽が再びここまで育ったのだという。
👆西南戦争で焼けた瓦

いよいよ天守閣だ。

👆小天守から入り、大天守から出る構造。スケール感をうまく感じさせる観光ルートだ。
👆真下から見上げる天守もいい。
👆平櫓方面だろうか。石垣補修中だ。

天守は鉄筋コンクリートでの復元だ。

👆オイルダンパーで耐震補強されている。
👆井戸。
👆石階段の一部が残されている。
👆中は博物館のようになっていていろいろ見応えがある。

今ははるか南の方をまっすぐに流れる白川。当時は北に大きく蛇行し、お城のすぐ下を流れ坪井川と合流していた。これが天然の外堀の役割も果たしていたが、治水工事により現在のように流路が変わった。今の熊本市の姿からはちょっと想像できない・・・

👆この大きな川は坪井川ではなく白川なのだ!

本丸全域を描く唯一の平面図。

柱の位置や数まで詳細に描かれている!
👆これは動画で見せたかった。

今は誰もが価値を認める宇土櫓だが、昭和初期の補修前にはかなりボロボロだったようだ。

👆屋根に草が生えているw

天守から東を望む。

👆東側にあった櫓郡はすべて解体された(´°̥̥̥̥̥̥̥̥ω°̥̥̥̥̥̥̥̥`)

天守から南。

👆瓦があちこち壊れたままなのがよくわかる。

天守から北。

👆奥に二の丸広場が見える。
👆手前に宇土櫓も見える。
👆宇土櫓から手前に伸びていた続櫓は崩落中(´°̥̥̥̥̥̥̥̥ω°̥̥̥̥̥̥̥̥`)

熊本城天守閣は東側から見た写真が人気だが、西側からの姿もよい。

👆観光用の出入り口がない分、当時の姿に近いとも言える。
👆かっこいい。

宇土櫓(重要文化財)👇これこそが熊本城一の大目玉だ。

👆下手な天守閣よりもでかい。明治の大火で焼ける前、熊本城にはこのクラスのバカでかい櫓が5つもあったというw
👆地震の傷跡が生々しい。これから長い改修に入る。
👆この堀は当時はもっと深かったそうだ。つまり、この石垣はもっと高かったことになる。
👆武者返しといわれる、勾配も含め、非常によく考え抜かれた石垣だ。

ここから見る大小天守+宇土櫓のスリーショットは熊本城最強の眺めだ!
👇

👆かっこいい🏯🏯🏯

加藤神社⛩

👆加藤神社から天守閣を望む。
👆加藤神社から宇土櫓。

つづけて西の櫓郡を回る。

戌亥櫓・・・崩落中(´°̥̥̥̥̥̥̥̥ω°̥̥̥̥̥̥̥̥`)

👆北西にあるので戌亥櫓と名がついた。

城内各所で見られる石垣復旧作業も、是非見ておきたい。

👆未来に受け継いでいくべき技術だ。

二の丸広場方面から天守閣を望む。

👆石垣の一部がまだ崩れたままとはいえ、なにか寂しい。
👆7年前に同じ場所から撮った写真と見比べてみると・・・

おわかりいただけただろうか。

👆塀がなくなっている・・・

未申櫓。

👆左側の石垣は崩れたままだ。
👆南西にあるので未申櫓と名がついた。

すでにお気づきの人もいると思うが、空堀ばかりで普通に水を張ったお堀がほとんどないのが熊本城のユニークな特徴のひとつだ。
👇

👆空堀
👆空堀
👆空堀
👆ここも水がたまってはいるが、昭和の水害で水はけが悪化するまでは完全な空堀だったという。

桜の馬場 城彩苑。お土産屋などがある。

👆お城の雰囲気にマッチするように観光化されている。
👆完全復旧は2052年!それまで頑張って長生きしなければ。

以下おまけ。

鶴屋百貨店。

♬ ハーイ ハーイ ハイセンス つ・る・や
👆なんの変哲もないエスカレーターに見えるだろうが、日本の百貨店初のガラス張りエスカレーターなのだ!
👆向かいには熊本市現代美術館。
👆モダンアート専門の美術館は福岡にはないので羨ましい。

金龍堂まるぶん(1920年創業)

👆この河童は昔は店の外にいたw

園田屋(1582年創業)

👆名物「朝鮮飴」。加藤清正が朝鮮出兵に持参したことからそう名がついた。
👆430年続く、素朴な味だ ლ(´ڡ`ლ)

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?