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黒猫とミキ

黒猫をみると思い出す子がいる。

昔、僕がまだ小さかったころ、近所に変な女の子がいた。 名前は確か、「ミキ」だったと思う。


ミキの家は僕の家のすぐ近くにあった。 でも近所の子どもは気味悪がって近づかなかった。 その屋敷自体が異様な雰囲気を放っていたからなんだ。

ミキのお父さんは画家だったらしい。 その風貌はまるで仙人のようで浮世離れしていた。

ミキも絵がうまくて、いつも絵を描いたり歌ったりしていた。

そんなミキのまわりにはいつも猫が集まった。 それも、不思議なことに黒い猫ばかり。

ミキが歩けば黒猫たちもついてくる。 ミキの行くところには必ず黒猫がいるんだ。

そんなミキは、いつもその猫たちと当然のように話していた。 嘘じゃない。そう、「本当に」話していたんだ。


僕はミキの家によく招かれた。 ミキが話すことは不思議な話ばかりだった。 僕はただ聞いているしかなかった。 そんな時、きまってミキは、その涼しげな切れ長な目で、 僕の瞳を覗き込むのだった。 あの悪戯っぽい微笑みをうかべて。


ミキは毎日のほとんどを、家の敷地内で過ごしていた。 その朽ちかけた塀に腰掛けて、夕日を眺めるのがミキの楽しみだった。 そんな時は僕も隣に座って、ただ一緒に夕日を見ていた。

その塀は、ミキと外界を隔てている何かで、 ミキはそのギリギリの場所で外界を眺めていたんだと、今ではそう思う。


夕日に照らされたミキは美しかった。 この時だけは、同じ人間なんだということを感じた。 だって、それ以外のミキは、別世界の人間のように思えたから。


突然カラスが鳴き、ミキは耳をふさいだ。 ミキはカラスを異常に怖がった。 僕は「大丈夫」だと言ったが、ミキには聞こえなかった。

時々だったか、毎日だったか、僕はそんなミキと過ごした。 ミキといると、ほんとうに不思議なことが起こった。 でも今ではそれが何なのかさえ思い出せないのだけれど。


ある日、ミキは突然、姿を消した。 どこにいったのか誰も知らない。 今では昔そこにミキが住んでいたということを知っている人もいない。

ミキがいなくなったその日から、 近所の黒猫の姿も見なくなった。


今でも、黒猫を見るとミキを思い出す。

いつも黒い服を着た、髪の長い、痩せっぽちのミキを。

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