見出し画像

坂本図書

都内某所。
数年前から密かに準備されていた「坂本図書」へ、先月行ってきた。

それまでに本を読んでおこうと思ったのに、間に合わず。
特に『ぼくはあと何回、満月を見るだろう』は読んでいると心が泣いてしまい、飼い猫が心配して飛んでくる。そうすると嫉妬深い犬も飛んできて、読書どころではなくなる。

小学生の頃からのファンだったし、数日前から緊張して血圧も上がり気味で本も半分ほどしか読めず、特に下調べも何もせず出かけた。


重厚なドアの奥。居並ぶ本棚の間を何も考えず、本の背を流し、そしてある一冊の詩集を手に取った。ソファに腰を下ろしてゆっくり読み始めると、それは愛のうたであった。目は赤くなっていたかもしれない。
スピンが挟まれていた頁で息が止まりそうになった。

「坂本図書」が公開されてから、そう時間が経っていないので、そのスピンは教授が挟んだところかも知れない。違うかも、知れない。でもひょっとすると最後のパートナーへの合図かも、と思うとさらに視界が歪んだ。慌てて瞬きをして、読み進んだ。著者の遺族が出されたその本の、あとがきも良かった。絶版のようなので、どこかで出会えたら是非手元に置きたいと思う本だった。

それから、私の座っていた場所から近い棚を見上げると古い永井荷風のものと思われる箱があり、開けてみると函が出てきて、古本だけどとてもきれいな作りで。留め具を外して薄紙をめくり、ゆっくりと読んでいく。
最初の一編は、教授がどこか誌面に載せていたものだなあと思いながら、その貴重な本をなるべく指紋をつけないようペラペラと見ただけで、箱に戻した。

その側に石川淳の本があった。実はその前から存在をアピールしていた。そこだけ妙に明るいような、でも読まず嫌いの石川淳、気にはなりつつ無視をしてたんだけど、やっぱり気になるので手に取った。
多分初めて読んだけど、その旧仮名遣いも気にならないほど面白くて、多分口角も上がっていたことだろう。その中に気になる言葉が出てきたので、家に帰って調べようと、スタッフに断りを入れてスマホのメモに書き込んだ。

あまりに面白くて読み込んでいたら、気づくと皆帰っていて…あらら??静かになったと思ったら、あんなに右往左往していた人たちはいなくなっていた。(一人だけいたのかな)

こんなに本をマジ読みする所とは違ったのかな?と焦ってしまった。みなさん、多分、教授のかけらを探すのに忙しそうで。どこかの書き込みを見つけられたかしらん。
教授だけでなく、編集者であったお父様の書き込みもどこかにあるそうだし、本は入れ替えもあるみたいだし、私はアート系を全然見れなかったので、再訪したいと思う。


少し時間は残っていたが、急に冷えてきたので出ることにした。
私語厳禁だけど人いなかったから、スタッフさんたちに話しかけても良かったのかも知れないな。



で、私がメモした言葉というのは__

「ars longa, vita brevis」

教授が最期に残した言葉だったことに、帰ってから気づいた。



追記_
『坂本図書』を読み進めると、どうやら石川淳も永井荷風も、それからそのそばにあった漱石の全集の一部も、実際に最晩年に読まれていたようだ。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?