お気に入りの短歌3

僕が嘘をつくときにする 誘蛾灯 癖があるなら教えてほしい

豆川はつみ『slit』

メタファーとしての誘蛾灯をシンボリックに三句に持ってくる構造。「教えてほしい」で〈あなた〉が浮かび上がる。その〈あなた〉に「僕」の「嘘」を見破られてしまった。ふたりの間を流れる不穏な空気を読み手も感じることができる。

抱きしめれば 水の中のガラスの中の気泡の中の熱い風

穂村弘『シンジケート』

都々逸の韻律。7・6・7・7・5で、モチーフがどんどんズームアップされていくようなカメラワーク。初句でいきなり「抱きしめれば」と言う思い切りの良さ。「水の中のガラスの中の気泡の中の熱い風」というのは心臓の暗喩になっているのかな、と思った。抱きしめる〈わたし〉の心臓なのか、抱きしめられる〈あなた〉の心臓なのかは定かではないけど、体の奥底で燃えるように熱い風が吹いている感覚。初句で一気に体温を上げて体温が高いまま結句まで持ってくる感じが、都々逸の韻律と相まって心地がいい。

a pen が the pen になるその瞬間に愛がうまれる さういふことさ

大松達治『フリカティブ』

純粋な説得力がある。めちゃめちゃカッコつけて、一字開けで「さういふことさ」とまで言われてしまうと、「おお、そうだよな」となってしまう。この時、愛が生まれる瞬間にも同時に説得力がないと結句の説得力は半減してしまう。「a pen が the pen にな」ったら、たしかにそれは愛なのかもしれない、と完全に読者を納得させてしまう。

月を見つけて月いいよねと君が言う ぼくはこっちだからじゃあまたね

永井裕『日本の中でたのしく暮らす』

上の句では、初句七音でやや冗長に、説明的に「君」が「月いいよね」と言っただけ。一字開けで下の句が現れて、「ぼくはこっちだからじゃあまたね」。「君」の発言を無視するみたいで、少し淡白な印象もありつつ、でもその口調はあたたかい。
「君」は月が綺麗だと言いたかったんだろうか。お決まりとして、夏目漱石のアレが頭に浮かぶわけだが、「君」が言ったのは「月いいよね」。まるで月の存在そのものについて「いいよね」と言ってるような口ぶりで、ちょっと違うような気もする。漱石のアレだったとして、「ぼく」はうんとも言わずに「じゃあまたね」。
ふたりのあたたかい口調の裏で、ふたりの思いがなかなか見えてこない、けどやっぱり、どこかあたたかい。不安なような、安心するような、不思議な気持ちになる。

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