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ゴッホ展⑥ 夜のプロヴァンスの田舎道


『夜のプロヴァンスの田舎道』の美しさは計り知れない。
オパールのような星の光、紺青の夜空、黄色の畦、水色の道の色彩のバランス、オブジェのような糸杉。
これほど美しい絵なのに、この絵を観て私はムンクの「叫び」を思い起こし、胸がざわついたた。その原因は「うねり」だ。ぐにゃぐにゃした道と、大きくうねった筆の跡が残る夜空、そして画面中央に煙のようにゆらりと立っている大きな糸杉。「うねり」が孕む動的エネルギーは静止画の印象を剥奪する。そして、「うねり」はどうしても人を不安な気持ちにさせる。安定がないからだ。
私は、この巨大な糸杉は、悩めるゴッホ自身なのではないかと思う。揺れ動く巨大な自我を持て余し、動くこともできずゆらりと立っている糸杉。背後の複雑にうねった夜空は、まるで脳内の混沌を表しているかのようだ。
しかし、この絵はどうしようもなく美しいのだ。
混沌とした夜空は美しい青のグラデーションで、そこには星が瞬いている。
それこそが重要だ。
この絵は、混沌や苦しみをこれ以上ないほどに正直に、美しく、描いたものだと私は思う。


ゴッホの絵画に私達が魅了されるのは、きっとそのためだ。
苦しみの中で、彼は様々なものに希望を見出そうとした。ある時は未来に、ある時は普遍性に、またある時は自然のもつエネルギーに。そして、最終的には苦しみや混沌そのものを美しく描き出そうとした。
太い筆跡、盛り上がった絵の具の跡、鮮やかに色彩。ゴッホの絵はエネルギーに満ち溢れている。
それは、必死に「生きよう」とするエネルギーだ。
だからこそ、ゴッホの絵はダイレクトに精神に訴えかけ、私たちは生きることを肯定したいと思えるのだ。

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