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【小説】おしりのぽんぽん第二話

第一話・あらすじはこちら:【小説】おしりのぽんぽん第一話|出雲黄昏 (note.com)



二、古代ギリシャ編
 
 死んだはずの俺は、固いベッドの上で目を覚ました。しかし何かがおかしい。いや、すべてがおかしかった。
 両手を見やれば、ひと回り大きなてのひら。毛深く太い腕。そしてなにより尻にある感触。思わず自分の手を尻にまわす。ある。たしかにあるのだ。おしりのぽんぽん。
 これがあるゆえの感覚なのか。ああなるほど、これが、この器官の役割なのかと妙な感覚に浸る。しかしそれはこの人体に起因する記憶からなるものなのか。
 まだはっきりと自意識が確立しないような感覚でもあるのだが、生まれ変わり、転生。そういった類であることは理解できた。この理解力もおしりのぽんぽんが成す効能なのだろうか。
 辺りは、どう見ても現代日本ではない風情。もとは白かっただろう黒ずんだ石製の壁に囲まれた部屋、病室っぽい。
 俺のほかに何人かの男たちがベッドに横たわっていた。包帯で顔面を覆っている者や、ベッドから腰を上げて隣人と談笑している者。そのだれもが筋骨隆々で、ボスとは比較にならないほど大柄な男ばかりだった。
 鏡がなく、自分の姿を確認できないがおそらく自分もこの大男たちと同様に屈強な体つきであることは身体の重みや腕、脚を見ればわかった。
「なあ知ってるか? あいつらポンナシで強くなったって」
 ベッドの隣でこちらに片膝を立てて座っている男が俺に話しかけてきた。言語はこのオリジナルの記憶から理解することができた。
 いくつかの、このオリジナルの人体から成る記憶が蘇る。俺の名前はエウロタス。職業は国に魂を捧げた戦士。ここはおそらく1500年前の欧州。そして、俺が生きた現代の記憶とを混合して考えた結果、あのポンナシの狂戦士が誕生した地であると類推できる。
 ポンナシの戦士が誕生したのは偶然の産物だったはずだ。おしりのぽんぽんだけを器用に負傷した戦士がその後、獅子奮迅の活躍を見せるようになり、人工的におしりのぽんぽんを切除した戦士が生まれ、その強さは立証されたと史実で学んだ。
 だが、この歴史の結末は知っている。ポンナシ戦士の数が増えると次第に統率できなくなり、国が亡ぶのだ。
 神官たちは神のお告げだの、神託だの、そんなことを言って狂戦士を肯定していた。この時代の意思決定者は王ではなく神だった。しかしどうやらこの時代ではおしりのぽんぽんの、器官としての役割を解明できておらず、人体の不思議器官のような扱い。あるいは性的快楽を得る器官でもあった。
 科学者たちは人体実験をして、おしりのぽんぽんを切除した人間を作り出してきたが、性格的な欠陥が生じる。そのためおしりのぽんぽんの切除は禁止された。この時代ではそのような経緯があるらしいが、少し間違っている。
 性格的な欠陥は副産物的なものであって、本来の器官としての性質を理解していない。いや、現代でもまだわかっていないことは多いらしいのだが、それでもこの時代よりは圧倒的に研究が進んでいて、その本来的な役割について現代ではだれもが知っていた。
 国に仕える俺エウロタスも、狂戦士化計画に巻き込まれ、せっかく手に入れたおしりのぽんぽんを切除するよう王に命じられた。
 おしりのぽんぽんを得た今思うのは、こんなものか。その程度のものだった。
 たったこんだけの代物で俺は高校生時代にひどく同級生たちから攻撃され、人非ざる者としての扱いを受けた。
 本来、人との繋がりは信頼感あってのもの。お互いの信頼感なくして関係の糸は結ばれない。
 信頼感。信頼ではない信頼感という曖昧な概念で糸は結ばれ関係が生まれる。相互に信用するだけの材料が出揃ったとき、初めてその糸は結ばれる。虚偽の信頼であったとしても、信頼感とは自在に生成できるのだ。そしてその信頼感をより強固にするために必要なものは、おしりのぽんぽんであるということ。
 友人を、王を、神を信仰するために、おしりのぽんぽんがある。それを失うということは、信頼感を失い疑心暗鬼の世界が構築される。狂戦士化計画とは一時の力を得る代償として、国の滅亡が約束されているものに他ならない。が、その事実にまだこの時代、国は知る由もない。今はただ、武力こそが正義なのだ。
 おしりのぽんぽんを切除することは、一兵の戦士では抗いようもない。今日にでも俺の尻にくっついているおしりのぽんぽんを切除する手術をしてやろうと、武力欲しさに軍の幹部たちは目の色を変えている。
 おしりのぽんぽんを切除される予定の戦士たちはまんざらでもなく、次は俺だ、いや俺を先にやってくれと。少しでも強くなれるならと希望者が殺到している。愛国心の化け物か、こいつらは。
 そんな狂気じみて戦争がしたい脳筋野郎たちをしり目に、俺は神官へ謁見するためにセレーナ・アナグノスティス祭壇まで来ていた。
 別に神を心から信仰しているわけではないが、おしりのぽんぽんがあることによって俺もまた、神を信仰するかもしれないと。興味本位で来たまで。
「して、今日は何用でございましょう」
 告げる神官たちは、やたらと高級そうな衣服を何枚も重ね着して、ジャラジャラとアクセサリーなのか、祭事で使用するのかわからないが金属を首から腕から、頭にも。いたるところを飾っており、神々しさだけは一丁前だった。
「俺は次戦において槍を持つべきか、剣を持つべきか。それを問いにきました」
 などと訊いてみるも、別に尋ねる内容はどうでもよかった。ただ、告げられる神託を、俺は果たして信用できるのか。それだけが知りたかった。
「あまりに陳腐。神が答えるまでもない。右手に剣、左手に槍を持てばよかろう」
「盾を持たずして戦えと?」
「狂戦士ならば、守るまでもなかろう」
「俺はまだ普通の戦士です」
 神官たちは笑い、
「下級戦士か。神託を聞きたければ、せめてその可愛らしいブツをとってから来なさい。それが神託です」
 と、俺を小ばかにした態度。
 神官は上位の職。差別などは当たり前の世界。現代日本では比にならないほどの常識で動いていることはわかっている。いち下級戦士ごとき相手にしてもらえないだろうということは織り込み済みで、俺は策を用意していた。
「これでどうだ」
 俺は銀貨がたんまり入った麻袋を投げつけてやると、袋の口から数枚の銀貨が地面に散らばった。
 神官たちは銀貨を見下すように、しかし微かな笑みを浮かべて、
「ふん。まあ良い。神託を授けよう」
 と言った。
 いつの時代も金の魔力とは強大。神官たちが真に信仰しているのは神ではなく富なのだ。
 古今東西、いんちき占いというのは、それっぽく振る舞うのがしきたりのようで、神官たちは祭壇に向かって祈りの呪文を詠唱し、金属製のアクセサリーやらをジャラジャラカンカン賑やかに打ち鳴らし。しばらくすると「神託が下った」などとそれっぽい表情で言った。
「それで、神託は」
「剣を持て。さすれば祝福の時来たり」
 これが、神託らしい。
 俺は目を閉じ、騙されたと思ってその言葉をありがたく受け取ってみる。
 するとなぜだろう。まったく信用に値しない、うさんくさい神官を媒介とした、神とかいうよくわからない存在の言葉であるにも関わらず、ずいぶんと染み入ってくる感覚。
 ポンナシとポンアリの違いはそういうことか。つい納得してしまった。
 それは先天的に嗅覚のない者が初めて匂いを感じた感覚と近い。おそらくそんな感じ。
 初めて得る不思議な感覚に、おしりのぽんぽんの器官としての役割を少なからず理解できた気がした。が、狂戦士化計画により、おしりのぽんぽんを切除しなければならない。もとより俺はポンナシだった。それを失う恐怖なんてなかったのだが、得てしまった感覚を手放す恐さも同時に覚えてしまった。
 混沌の大戦争時代。敵軍がポンナシの狂戦士を大量に投入してくれば、自軍も対応しなければならない。外から殺されるか、内から死んでいくか。他殺か自殺か。行く末はどちらも死。この戦乱の世はいずれにしてもバッドエンド。
 我が国アポロン国の狂戦士化計画は滞りなく進み、切除手術は次々行われていく。
 だだっぴろい大広間で男どもが四つん這いに尻を医師に突き出し、図太い悲鳴と共におしりのぽんぽんが切り落とされていく。切除された男たちは顔をゆがませながら尻に布切れを当てて、うつ伏せになっている。異様な光景。
 いよいよ俺の順番がやってくる。マンドレークから抽出された液体を尻の穴らへんに塗りたくり局所麻酔とするが、効き目は薄い。
 そして、刀のような長い刃物で俺のおしりのぽんぽんは激痛と共に落とされた。
 俺もぶざまに布切れをしりに当てていると、今度は痛みに効くからと、看護師のような女から酒を飲むように促された。
 グイっと酒を呷ると、たしかに痛みが和らぎ、徐々に意識が遠のいていく。
 この激痛に耐えるより楽だと、酔いに任して眠った――。

 
 我が国アポロンの戦況は、量産された狂戦士たちを大量投入、他国領土を瞬く間に制圧していき、東へ領土を広げていった。
 そして東の大国レレクスと、ついに刃を交えようという戦況まで至っていた。
 大国レレクスこそ、最初に狂戦士を作り出した国。
 しかし数多の狂戦士たちが制御不能な数となり、自国でまでも暴れまわって治安が悪化。領土侵略などしている暇はなく、自国内の鎮静化に必死であると噂で聞いていた。
 我が国も例外ではなく、レレクス国と同様の問題が顕在化していた。
 暴れまわる狂戦士は、血走ったまなこを生物に向けて容赦なく切りかかる。女、子供、馬に至るまで見境なく殺して回る。狂気の生物へと成り果てるのだ。
 その狂気に成り代わるトリガーは、戦場における過度な高揚と興奮状態。ひとたびその状態に陥れば制御不能で、冷静を取り戻すことなく死ぬまで血を求め暴走するのだ。
 その光景はあまりに狂気じみており、もはや人間の形をした怪物。
 そんなものを戦場で目の当たりにすれば、既存の、まだ冷静を保っている狂戦士たちの戦意はそがれる。いっぽうでは、その暴走状態は最高の快感状態が永続的に続き、多幸感に包まれるとも噂されていた。
 そしていざ、大国レレクスとの戦が始まった。
 戦場で対峙すると、自国の鎮静化で忙しいという噂の大国レレクスだったが、存外統率がとれていた。
 後にわかったことだが、今対峙しているレレクスの軍勢は全て第二世代の狂戦士。それらは統率がきくし、暴走しない。ということらしかった。
 我が国は狂戦士のちから一点突破、戦法なく腕力任せに多くの国を侵略してきたが、レレクスの軍勢は横一列に大盾を構え、槍を携え、先陣した我が国の狂戦士たちを次々と返り討ちにしている。
 これが第二世代の狂戦士の力……。
 戦は進み、レレクス軍の統率が取れた戦い方にまったく歯が立たず、自軍の戦力を9割方そがれたところで俺たち残った兵は取り囲まれ、捕虜となった。
 驚くべきは、レレクス軍の戦士の正体。
 皆が女だった。
 俺がぶちこまれた牢獄は薄暗く、汚い。同居しているのは這いずるネズミの他、人間がひとり。
 ネズミよりも痩せ細り、しかしネズミのような黒ずんだ肌の色をしたゼウスと名乗る老人と相部屋だった。
 その老人ゼウスはレレクス国の科学者ということらしく、俺の名を教えただけで聞いてもいないのにべらべらと語り始め、色々と教えてくれた。
 現代の史実でも、狂戦士は男のポンナシ戦士のことを指していた。女の狂戦士がいたことなど記されていない。が、どうやら女の狂戦士は暴走しないということらしい。男どもは暴走に至る臨界点で快楽に抗うことができず、怪物に至るらしい。女であれば、それに抗うことができるために暴走しないということ。
「しかし老人、ここから約1500年後ではおしりのぽんぽんは『信仰器官』とされている」
 おしりのぽんぽんの器官としての役割は、「信仰器官」と現代ではされていた。つまり、この器官を欠損していた俺は信仰というものができない人間であった。
 学生時代であっても、仲間や神、概念。あらゆることに対する知識や理解こそあれ、信仰という感覚を得ることがなかったのだ。
 ボスのことを皆が信仰しているようだったが、俺の信仰は偽物だった。それを見破られた結果あのような事態を招くこととなったのだが、老人の解釈や女の狂戦士のことを聞くと、単なる信仰器官だけではないような気もしてくる。
 俺には未来の記憶があるとゼウス老人へ打ち明けると、思いのほか素直に聞き入れてくれた。
「例えば、盲目は醜いと思うかねエウロタス」
「いえ、醜さとは外見に依存しないものです」
「ほう。では、狂戦士は醜いかね」
「美しいです」
 と、答えたが美しいというのも少し違和感があるのも事実。
「ほう、美しさの真意はどこにある」
「強さを求めるあまり、国を守りたいという思いが強く、力を求める。ひとつの目標に向かって自己犠牲をいとわず実行できる精神は、美しさに近い」
「わしは、狂戦士を醜いと思うぞ。そもそも自己犠牲などという、ありもしない虚の概念に囚われていることが、いかん。人なんてものはいつもトレードオフの精神で動いているのじゃ。自己犠牲で誰かが救われる? それは当人の思い込みで傲慢ではないか。ほら、現に狂戦士が暴走して何人も殺している」
「女の狂戦士は暴走しないのでしょう?」
「今は暴走していないだけじゃよ。人間が本来持つべき器官を欠損している者たちは、力を得ればそれ相応の高い代償を支払うときが来るはずじゃ。そんな生物は、もはや人間ではない。醜き者」
「それは差別だ。例えば視力を欠損している盲目の障害者だって共生できるはずだ。だからポンナシだって――」
「ああ差別じゃよ。でも事実として受け止めるべきじゃ。女の狂戦士はいつか男の狂戦士のように破綻する時がくるじゃろう。そもそも人体に不要な器官が初めから付いているわけなかろうて」
「であれば、おしりのぽんぽんの役割はいったいなんだと言うのですか」
「それは、やはり『信仰』じゃろう。1500年後の解釈と一致したことについては、科学者としてうれしいわい」
「信仰がない人間は醜いですか」
「ああ醜い。盲目も、四肢欠損も、醜い。外見も内面も、醜いという人間の心は素直でなければならない。それを信仰の力で醜くないものとすることは愚かなのじゃよ。醜いと認めた上で、わしらはその対象とどう接するか。重要なのはそこじゃよ」
 要するに本能的嫌悪はあってしかり。それをごまかそうとする人間の心こそが醜いとでも言いたいのだろうか。
 続けてゼウス老人は、
「しかしエウロタス、ぬしはおしりのぽんぽんがないというのに、その人間的な醜さを感じる感覚を理性で上書きしているようにも思えるが、それは信仰からこないということか」
「信仰は生物が群れとして生きる上で必要なものだと思いますよ。俺がエウロタスに転生し、おしりのぽんぽんを得たときにわかりました。ですから俺はかつて仲間に排除された、醜き者だったのでしょう」
「醜いからといって必ずしも排除されるとは限らんよ」
「では、その排除されてしまう本質はどこにあると」
「だから言っておるじゃろう。どのように接するか。それだけじゃよ。いくら心のなかで信仰しなくても、蔑んでいようが、醜き者だと認識しようが、接し方ひとつで変わる。概念とか難しいことではないのじゃよ。接し方で世界は平和にもなる。究極的に心なんて必要がない」
「ロボットでも代替可能であると?」
 老人についてロボットがなんたるかを説明した。
「ほう、それは優れている。それは新しい人類として世界を作り変えるだけの存在だ。接し方、つまり接地面の革命が起きているじゃろう。未来は平和なんじゃろうな」
 ロボットのことを説明しただけで、ここまで未来を見通せる老人ゼウスは賢人だ。
「ええ、特に経済的に豊かで、ロボットの母数が多い国ほど平和です」
「それはそうじゃろう。人間を完全に制御できるとしたら、そのロボットとやらじゃ。心を持たないロボットこそが、人間の理想とする世界を作り上げる唯一の存在とすら言えよう」
「しかし老人、おしりのぽんぽんがない人間はどう生きるべきなのですか」
「実はわしは初代狂戦士。この怪物実験を成功、いや失敗させた張本人なのだよ」
 老人ゼウスは狂戦士を作り上げ、戦士たちが次々に暴走していくのを見て、自分もあのようになってしまうかもしれないと恐れた。そして、なんとか狂戦士を救うために神から神託を授かったが、その神託に懐疑心を抱き、そのとき初めておしりのぽんぽんを失ったことによる神への信仰心が薄れてきたことに気づいた。その仮説から、おしりのぽんぽんの本来的な器官としての役割が信仰であると考えたそうだ。
 それは同時に絶対的な信頼をよせる、神というよりどころを失うこととなる。人間とは信仰を失うと、ここまで脆いものなのかと、精神的に疲弊した経緯があるとのこと。
「して、どのように生きるか。その解はひとつじゃよ。孤高であれ」
 言うに老人ゼウスは、信仰できるものが何もなくなったとき、自分すらも信じることができなくなった。しかしながら自分という揺るぎようもない存在をも否定したとき、残るものは何もない。絶望的な孤独。
 だからといって自己を肯定する必要もない。そんな絶望をも受け入れ、他者の幸福に翻弄されず、孤独と並走して孤高となるしか生きる道はない。ということだった。
「老人よ。それはあなたが年老いて、死が近いからこそそう思うのでしょう。俺は決して孤独ではない」
「愚かだ、エウロタスよ。それを偽りであることにすら気づけないとは。前世で仲間に裏切られたのだろう。それはつまり、お前が健常者に擬態して、健常者の領域の住人であったと勘違いしているに過ぎないのじゃよ。初めからお前は違う領域で生きている。あるいはこう言うべきか。お前は人間ではないと」
 牢屋の番人がメシの時間だ、と、食料を投げ込んできた。
 老人ゼウスは、硬い大麦パンをわずかに残った数本ばかりの歯と唇を力ませて引きちぎり、咀嚼していた。
「その言い分では、俺は、あるいは老人はポンアリの人間と共に共生することができない。違う生物であると言っているようにしか聞こえないのだが」
「そう言っているのじゃ」
 歯が少ないからか、とても食べにくそうに、老人ゼウスはハトのように頭を前後し、咀嚼している。というより、口周辺の筋肉をなんとか駆使して咀嚼しているよう。
 みすぼらしくパンを頬張る老人ゼウスを見て、むなしくもなる。
「老人はなぜ、自国であるレレクス国の牢屋にぶち込まれているんですか。レレクス国の研究者なんでしょう?」
「人殺しの兵器を開発した者の末路じゃよ。第一世代、男の狂戦士が国内で暴走し、王族を殺した。その責任の所在を、わしを含む全ての狂戦士に求めたことまで。その時点でわしは暴走しない狂戦士、すなわち女の狂戦士の開発ができていた。そして女の狂戦士を作ると、わしは死罪を逃れることができたのじゃよ。だからこうしてここで、レレクス国で唯一、男の狂戦士として生きられている」
「皮肉なものですね。しかしそこまでして生きたいですか。いっそ死んで楽になりたくはないのですか」
「死ねば全て無に帰す。これでも反省しているのじゃよ。強さを求め、国のために尽くしたはずの男の狂戦士たちが死んでしまったこと。女までも戦争の道具にしてしまったこと。……もしかしたらまだ自分にできることが残されていて、神に生かされているのではないかと」
「ポンナシが神を信仰するだなんて、おかしな話しですね」
「わしもそう思う。しかし、ポンナシだからこそ信じる何かを見出したい。本当は自分を信じたいが、ときに神という抽象的な存在に助けを借りて、自分を信じたいと思うのじゃ」
 ポンナシは、よく感情のない人間だと言われる。いわゆる冷めた人間だと。
 感情が希薄だということを否定しないが、ポンアリとポンナシ。そのどちらも経験したからわかることがある。
 ポンナシにも信じる心はあるのだと。
「わしのせめてもの償いじゃ。殺してやろうか」
 と、老人ゼウスが俺に提案してきた。
 老人ゼウスいわく、俺のような捕虜の狂戦士は拷問され、アポロン国の情報を聞き出すか、ただ拷問官の趣味に付き合わされているだけか。という末路らしい。
「狂戦士を作り出してしまった元凶はすべてわしに責任があるのじゃ。敵国の兵士とはいえ、わしの良心じゃ。時間はそう多く残されていない。まもなくエウロタスにも拷問の順番が回ってこよう。ならばいっそのこと、わしがおぬしの首を絞めて、楽に逝かせてやろう」
 拷問は地獄らしい。まず爪を一枚ずつ剝がされて、やすりのようなもので爪のなくなった先を削られる。次には腕の皮膚を薄く剝いでいき、熱湯を浴びせられる。ここまでで、多くの戦士は失神して死に至るらしい。聞くだけで恐ろしい。
 死ぬまで拷問されて終わる運命であるならば、老人の善意を受けようと思い、俺は首を差し出した。
 エウロタスのオリジナルの記憶からなるものか。あるいは本来の自分の感情からくるものなのか。わからないけれど、最後にこう思った。
 ――無念。



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