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【連載小説】オトメシ! 14.SoYouの出番が終わって

【連載小説】オトメシ!

こちらの小説はエブリスタでも連載しています。

エブリスタでは2024.1.9完結。






 SoYouの出番が終わると、高瀬川が漏れると叫びながら会場の外に向かって出て行った。
 
 漏れるってお前……最高のライブの後なのに興が冷めるじゃないかと、もくもくの葉っぱでまた気分を仕切り直そうと俺も会場の外に向かって扉を開く。
 
 トイレに行くと言っていたはずの高瀬川が会場の広間でひとりの長髪の女性の腕をガッシリと掴んでいる。
 
 あれは――。
 
「メイル?」
 
 間違いない、メイルもSoYouのライブを見に来ていて、さっきまで同じ会場でソレラの歌を聴いていたのだ。
 
「ごめ、僕控えめに言って漏れそうだからトイレ」
 
 高瀬川は逃げるようにこの場から去っていき、俺はメイルとふたりきり。対面した。
 
 俺がメイルに会って言うべきことなんてひとつしかない。謝罪だ。
 
 俺がソレラにした時のように、誠意を込めて謝ればメイルも許してくれるかもしれない。でもいくら口先だけで謝罪の言葉を込めても、そんな簡単にこの十年以上苦しんだであろうメイルの深い傷を癒すことなんてできない。まして、今覚悟なく再会してしまってお和え面向きの謝罪なんて誠意の欠片もないだろ。
 
 だったら俺はメイルになんて言えばいい。なんて言えば俺は許される。
 
 そもそも俺は許されるべきではないのかもしれない。俺はメイルを救うんだ。
 
 ソレラにもお願いされていたじゃないか。俺はなんて愚かなんだ。
 
 自分じゃない、俺はソレラのためにメイルを救わなければならない。これがせめてもの父親としての責務。
 
「メイル……」
 
 続く言葉がない。
 
「レンダあんた元気そうじゃん」
 
 メイルは当時とさほど変わらず上辺だけを強気で塗りたくったみたいな口調で俺へ言った。
 
 気張ってんじゃねえよ。メイルも俺に言いたいことは山ほどあるだろうが、自分を取り繕って言ったに違いない。
 
「お前は元気なさそうだな」
 
 本心を語らず表面上の言葉だけで会話するあたり実に俺とメイルらしい。
 
「そりゃそうでしょ。ソレラの最高の舞台のあとに見たくもない顔がふたつもあったんだから」
 
 挑発的な姿勢に懐かしさがこみ上げるが、そんな言葉に食い下がる俺じゃない。

「一本付き合えよ」
 
 俺は会場の外にある喫煙所までメイルを連れ出す。
 
 箱から一本差し出した煙草をヒュッと摘み出したメイルは火を要求する。
 
 メイルは昔から日常的な喫煙はしない。
 
 本人いわく、においが苦手だし何が良いのかわからないと言っていたけれど、喫煙所にはいつも付いてきてくれた。
 
 ただし、たまに俺の煙草を盗んで吸っていたことが何度かあった。理由を聞くと、嫌なことを吐き出したい時だってある。煙を含んで吐くとその嫌なものが煙に混じって出ていくようでスカッとするの。と言っていたことを思い出す。
 
 俺はチープなライターで自分の煙草に火をつけて、そのライターでメイルの口元から伸びるタバコの先端に火をやる。
 
 寒空の下、俺はフーっと白息が混ざってやけに増幅した煙に視線をやって「なあメイル覚えてるか、俺たちの音楽」と言った。
 
「なにあんたもソレラの歌にアテられて、高瀬川みたくまたバンドやろうっての?」
 
「違う、俺は別にいいよ。ただメイルはどう思ってんのかなって」
 
 素直じゃないよな。
 
 はっきり謝ればいいのに。こんな話ししたかったわけじゃない。
 
 でもメイルもきっと俺の謝罪なんて求めていないようだし、そんなこと口にしない。
 
「私は……前からずっとレンダの曲が歌いたいし、今だってライディスで音楽やりたいよ」
 
 意外だった。
 
 そんなに率直に返されると、俺はなんて返せばいいんだ。
 
「レンダごめん。私ずっとレンダに会って謝りたかった。でもずっと言えなかった」
 
 メイルはまだ一口か、二口程度しか口にしていない煙草を灰皿に消し入れる。
 
「いらねえよお前の謝罪なんて。俺だってずっと負い目を感じていたし、何を今さら」
 
「じゃあまたバンドやろっかレンダ」
 
 きっとこれが核心。コア。
 
 またメイルを迎えてバンドができるなんてそんな嬉しいことはない。
 
 こんな言葉がメイルから聞けるなんて思ってもみなかった。でも。
 
「ごめん、俺もうギターが弾けない。歌も歌えない。ギターを持つと手が震えてダメなんだ」
 
「ハハハ、なんか安心した」
 
 メイルは自分の腹に手を当てて俺を馬鹿にするように笑う。
 
「私も精神的に追い詰められて苦しんだけど、レンダもなんか苦しんでるんだなーって」
 
「俺もできることならもう一度音楽がやりたい。これは本音だけどな。でも、俺は姫原という天才をサポートしたいとも思っている。もう俺はステージに立つべきじゃないし、年齢的にも次の世代の背中をおしてやりたい。そう思うんだ」
 
「へぇ、かっけぇじゃん」
 
「おちょくってんじゃねえよ」
 
 少し頭にきて、メイルから視線を外して煙草を深く吸う。
 
「でもレンダ、私別にステージなんて立たなくていい。ただ、レンダと音楽したいってだけなんだけどな。またライディスで集まって昔みたいにジャカジャカ楽器鳴らして遊ぶ。それでいいと思ってるよ」
 
「お前がそんなだから俺もメジャーデビューできなかったんだよ」
 
「私のせいじゃないでしょ」
 
「は? お前が――」
 
 高瀬川がやってきて、俺の尖り顔を見てすぐさま俺とメイルの間に割り入る。
 
「ちょいちょい何ケンカしてんだよ!」
 
「いい、私帰るわ、さよなら」

 メイルはそう吐き捨てて身体をグイっと方向転換。スカートの裾が広がるように扇状に髪をなびかせ背を向けて、会場と逆方向へ去っていく。
 
「おいおい五十嵐、メイルに何言ったんだよ」
 
「うっせ、そろそろ二組目のライブ始まるだろうから会場に戻るぞ」
 
 ランウェイを歩くモデルのように堂々と去り行くメイルの後ろ姿が余計に腹立たしく、煙草を灰皿に投げ入れるように消し入れ会場に戻った。
 




 

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