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小説「カフェノマドのこと」

先日行ってみたらカフェノマドは廃墟になっていた。ボヘミアン風の店主、後藤さんがお母さんときりもりする惣菜カフェで、メニューは特になく、注文すれば何かしら作ってもらえるしコーヒーも出てくる。そんなお店。そして、後藤さんはどこか商才に見放されてる感があって、私が通っていた間も、客足はどんどん遠ざかっていっていたのだった。息子を産んでからカフェでひとり飯なんてゆとりもなかったので、後藤さんのカフェノマドにはもう5年も行っていなかった。今日、たまたま近くに仕事で行く用事があり、コーヒーの一杯も飲んでいっていい時間だ、後藤さんはどうしているだろうか、と足を運んだ。店は廃墟になっていた。入り口のガラス戸から除いたら、中にはゴミが散乱していて、少なくとも数ヶ月は誰も入った痕跡がなかった。私は、後藤さんは死んでしまったのではないだろうかと直感的に思った。お母さんは70代くらいで膝が悪く、いつも1人懸けのソファーでにこにこ客の相手をしていた。後藤さんには、心の病があった。わけもわからずハイテンションになってのべつなくまくし立てることがあると思えば、ぼんやりしてタバコの煙が宙をくるむのを見つめているだけのときもあった。それでも、生きていくためには働かなくてはいけなくて、しかし精神的に不安定な後藤さんには会社勤めは難しかったのだろう。だからこそ、カフェの店主を選んだのだろう。後藤さんのたどった過酷な道。もうどこにもいないかもしれない可能性。私はそれを思って、思って、思って、自分が確かに持っていたはずの過去がいっこ、確実に叩き潰されたのを感じた。どうしてだか、そう感じた。私は、結局後藤さんから逃げたんだ、だからもうカフェノマドは何処にもないのだ。そうおもって、なすすべなく打ちのめされていたのだった。

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