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かつての「好き」を取り戻す

好きなものはたくさんあった。とくに音楽。ライブにもクラブにも、フェスにだって全国各地、さまざまな場所へ足を運んだ。

くるりにナンバーガール、中村一義、椎名林檎、スーパーカー、ブンブンサテライツ、ROVO、レイハラカミにクラムボン。フィッシュマンズ、GREAT3。枚挙にいとまがないのでこの辺にしておくけれど、とにかく好きな音楽が抱えきれないほどあって、少なからずわたしのアイデンティティだった。

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……でもそれは子どもを産んだ日までの話。

一人目の子どもを妊娠し、産んだその日から、好きな音楽を好きなときに聴く、なんてことはほぼしなくなった。いや、そんなことはできなくなったというのが正解。

長男はよく泣くし、なかなか寝ない子だった。さらに、産後のホルモンバランスが影響して私はマタニティブルーを発動。情緒はめちゃくちゃ、抱っこ&おっぱいマンの長男を一日中抱えて歩き、そんな暮らしのどこに音楽が入り込む隙があるだろうか。彼を生かすことのみが私の至上命題であり最優先事項、インポッシブルできないミッション!

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ありがたいことに産後のつらい日々は3ヵ月ほどで落ち着いたけれど、音楽をゆっくり聴く時間も余裕はやっぱりない。マジでない。全然ない。

ライブ? どこの世界線の話? よたよたと歩くようになった長男は棚のCDやレコードを片っ端から引っ張り出したため、それらはすべて物置の隅へ追いやられた。さらに3年後には次男を出産し……あとは分かるな?

それから年月は流れ、長男を産んだときに30歳だった私は38歳に。そして、自分の半径3mより向こうのことに傾けられる情熱は、どうやらこの8年間ですっかり枯渇したみたいだった。

年齢のせいになんてしたくないけれど、年を重ねて守るものが増えたのは事実で、かといって私のリソースは増えるわけではない。ひとりでほそぼそと始めた仕事がそれなりに忙しいという理由もある。

ま、いっか。音楽に情熱を傾けなくたって別に生きていける。この8年間だってそうだった。AppleMusicで過去に好きだった曲を適当に流しておけばそれですむ。私には子どもが、家族が、仕事がある。

そんなふうに思っていた矢先のコロナ禍。緊急事態宣言だ、自粛だ、ステイホームだなんだって大きく社会が動く中、数々のミュージシャンたちはライブやイベントを余儀なくキャンセルしなければならなくなっていた。

そんな状況を受けて、多くのミュージシャンがさまざまなアクションを起こし始めるのはそう遅くはなかった。ライブや動画を配信したり、「ともに乗り越えよう!」というメッセージを発信したり。

サカナクションもそんなミュージシャンのひとつだった。予定していたツアーが延期になったことを受け、過去のライブ映像をYouTubeで一夜限りで生配信することになったのだ。2月29日に初めて行われたのを皮切りに6月半ばまで、(だいたい)土曜日の夜に過去のライブ映像が配信されるようになった。

以前から私はサカナクションを好んで聴いていたし、妊娠前にはライブにも行っていた。そんなわけで土曜の夜、子どもたちが寝た後なら見られるなあ、ラッキー! くらいの軽い気持ちで配信を見ることにした。



結論から言いましょう。……音楽に対する情熱は全然枯渇していなかったことに気付かされた。むっっっちゃくっっっっちゃにあの頃の熱い気持ちを取り戻してしまった!!!!!!!!!!!!!



徐々に重なり、ふくらみを増していく音。目を閉じても刺さってくる光。熱狂するフロア。モニタ越しゆえに場の熱気と腹に響く重低音は感じられないものの、私の心身を熱くするのに十分すぎるほど十分だった。

音と光がぐにゃりと溶け合い、私は指先から輪郭を失って、ふわりと宙に浮く。

すっかり忘れていたはずの感覚だったけど、身体と心にはしっかり刻み込まれていたみたいで音と光の粒子を絶え間なくを浴びていたら、あのころが蘇ってきた。

全身が高揚し、軽くトリップした脳は万能感に支配される。何にだってなれるし、何だってできる。私は世界だ。

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「情熱が枯渇した」なんて自分で決めつけていただけなのかもしれない。子どもがいるから、仕事が忙しいからと無意識でブレーキをかけていたのかもしれない。

そして、ふと「もっと自分のペースで好きでいいんだ」と、天からの啓示のように胸に浮かんできた。昔のように頻繁にライブに足を運ぶことはできないかもしれない。けれど、今は今なりのスタイルで好きでいていいはずだって思えた。

グッドバイ 世界から知ることもできない
不確かな未来へ舵を切る
グッドバイ 世界には見ることもできない
不確かな果実の皮を剥く
(サカナクション『グッドバイ』より)

そう、未来はいつだって不確かだ。簡単に蓋をしちゃいけない。私はもう一回、「好き」を取り戻せるような気がした。


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