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音楽業界と多様性

最近のマドンナのInstagramでの奇行については色々とニュースになっていたので驚いていたし、グラミー賞の時の精彩を欠いた風貌についてよりも、ステージに立った時の彼女の、終始苦悶するかのような表情に少し心配になった(多分メンタルヘルスに問題を抱えていると思われる)。そしてこの記事である。

グラミー賞だけでなく、音楽業界全体が変わっていこうとしている体感はあるし、リスナーの側も需要が変化している印象はある。フリーランスのミュージシャンまで含めると間違いなく、裾野は広がっているし多様化に向かってはいる。

90年代に見えたもの


音楽業界は長年、男社会だった。私が働き始めた90年代以降も常に「そうかなあ?女性アーティスト多いじゃない」という業界人は男女問わずたくさんいたけど、世の中に(トランス含めてジェンダーレスな人もたくさんいるけども)男と女がいて、「女性が多い」と言うならビルボードチャートのトップ100の半分以上を女性が占めたらそりゃ「女性アーティスト多いよね」と言われても納得がいくが、90年代の時点でチャートのトップ10の半数が女性アーティスト、または女性が在籍するバンドが占めたことなど一度もなかったし、それ以降も「半数以上を占める」という状態になった記憶はない。なので「女性アーティスト多いじゃない」と言われたら即座に上記を説明するのを繰り返してきた。

一緒に働く来日女性アーティストたちは、90年代の時点で、日本のレコード会社に取材で訪れた際、オフィス勤務の顔ぶれをチェックし、女性が少ないとそこに言及するし、取材の時は着替えやメイクなどプライバシーが必要な場面や接触も増えるから女性が多い方が現場が円滑に進むというのもあって、女性アーティストの取材現場には意識的に裏方も女性が多く投入されてはいた。

00年代には


00年代になると来日した女性アーティストたちは「日本は、現場で働くスタッフには女性がたくさんいるけど、スーツを着たエグゼクティヴ(役員や管理職)は男性ばっかりよね」と指摘するようになる。米英では女性役員がどんどん増えていた時期なので、その部分は来日すると気になる部分だったんだと思う。いろんな人たちが指摘し続けることによって、日本社会も変わってきて、今は女性管理職、女性役員も増えた。

1984年のティナ・ターナーとマドンナ


裏方だけではない。リスナーの興味も変わってきているとは思う。ティナ・ターナーが1984年のシングルWhat's Love got to do With Itで全米ナンバーワンをとった時、彼女は44歳で、女性シンガーとして全米ナンバーワン最高齢だった。それを聞いた時「え?じゃあ男性は?」と思ったんだけど、男性シンガーだったらもっとおっさん山ほどいるわけで、いくつがその時点でのナンバーワン最高齢だったのかはよくわからないままだった。

ちなみに当時私は中学生だったと思うのだが、米国のティーン雑誌で女性アーティスト、男性アーティストそれぞれの読者投票(要は人気投票)をしょっちゅう発表していて、たまたま私が見た時はティナ・ターナーが1位だった。これって日本じゃありえないよねと当時はかなり冷静な目で見ていた。中高生のアコガレの対象のナンバーワンが44歳って普通に日本だったら考えにくくて、海外アーティストであってもせいぜい20代前半くらいまで、ティーンエイジャーの視界にはティーンエイジャーしか入らないのが当たり前だった。それこそ日本だったらマドンナは中高生のアコガレの対象になるけど、ティナ・ターナーは曲は聴いてもアコガレっつうのとは違うみたいな、社会的にそうだった。その辺りから、私自身は米国の年齢というものを前提にしない「格好よさ」の定義に興味を持ち始めた。

1999年のシェール


それにしても、おっさんなら45歳以上でもてっぺん取れるけど女性はティナ・ターナーひとりが例外的に44歳だったわけですよ。そして1999年にはシェールがシングルBelieveで全米ナンバーワンをとり、その時彼女は52歳。ナンバーワン女性シンガー最高齢を更新して、初めての50代女性で全米ナンバーワンの記録を樹立します。そして2022年にはマライア・キャリーが例のクリスマス・ソングAll I Want For Christmas Is Youでクリスマス時期に全米ナンバーワンをとったので現在は彼女が最高齢、53歳で全米ナンバーワンになった女性シンガーとなり、英国では2022年、Netflixのドラマ「ストレンジャー・シングス」効果でケイト・ブッシュの“Running Up that Hill (A Deal with God)”が全英ナンバーワンになったのでケイト・ブッシュが全英チャートでは最高齢、63歳で全英ナンバー・ワンになった女性アーティストとなりましたが、その辺は既発曲の再ヒットなのでちょっと状況的には違うかなという気がします。やっぱり、新曲をリリースしてそれがチャートのトップになる、重要なのはそこかなと思うので。

Over 60に支持されるWet Leg


それにしても、そうすると1999年のシェール以降は最高齢が更新されてないわけだ。とはいえ、昔に比べて男女問わず、若くないバンド、アーティストも業界から大事にされているし、需要もちゃんとあるし、お客さんも入っている。日本でも、昔は「バンドは25歳までにメジャーデビュー出来なかったらその先は厳しい」という暗黙の了解があったけど、今はそんなことはない。音楽は若者だけのものではなくなったし、就職しても、結婚しても、子供が生まれても、子供が成人しても、音楽を聴いてフェスに通う中高年は普通にたくさんいる。米国のピッチフォークの読者投票ではOver60代読者の選んだ2022年のベスト・アルバムトップ5にWet Legが入っている。21世紀のリスナーの需要は柔軟に多様化している。

2020年のThe 1975


2020年のレディング・フェスティバルが男性アーティストにラインナップが偏っていることに苦言を呈したThe 1975が「ジェンダー・バランスのとれたフェスにしか出ない。」と公言した結果、翌年から世界各地のフェスのラインナップが是正されてきた。

少しずつ是正されてきている確かな実感はあるものの、マドンナの発言にある「45歳以上の女性を祝おうとしない世界」っていうのは、マドンナのLike A Virginが世界を席巻してティナ・ターナーが44歳で全米ナンバー・ワンをとった1984年からあんまり変わってないんじゃないかなとは思うのだ。

チャートの上位に入るのが男性ばっかりじゃなく、今は米国ならトップ10の半分が女性アーティストだったりもするし、プラスサイズでも、トランス・ジェンダーでも、ゲイでもバイセクシャルでも、イロモノ扱いではなく、ちゃんとした個性として受け入れられるようになったし、アジア系などのマイノリティに関してはむしろ、LGBTQ+コミュニティにアピール出来るアーティストの方が売れるとレコード会社は認識している様子だし。

昨今の日本の変化


日本のティーンエイジャーも、10代のグループだけじゃなく、20代、30代も視野に入るようになっている。ティーンエイジャーが憧れる対象が自分たちと同世代だけではなくなったというのは、日本という国の今までを考えればトレンドと需要がそこまで変化したのは、日本という国としては大きい気がする。

オピニオン・リーダーとしてのマドンナ


だけどそこはやっぱり、20-30代の需要が拡大したとは言えるけど、40代以降のバンド、アーティストは苦戦する。それは米国も英国も一緒なんだとは思う。そして女性となると尚更、そうなんだと思う。しかもマドンナのように若い頃から美しさを全面に出し、謳歌し、賛美されてきたアーティストが先述のような発言をすると「自分は若い頃に若さと美貌で散々いい思いをしてきたくせに、歳を取ったら突然それを批判するのか」と集中砲火を受ける。だけどじゃあ、マドンナのような当事者の口を封じた人たちが彼女の代わりに闘ってくれるわけではなく、ただ女性を黙らせたいだけなのだから、当事者が声を上げていくことは大事だと思うし、当事者が闘っていくことで世の中を変えるチャンスも巡ってくるかもしれない。マドンナ頑張れと言いたいところだが、彼女に関してはまずは精神の安定を優先して欲しいと思う。マドンナはずっと、女性のオピニオン・リーダーのようなポジションにいたから、フェミニズム的な面でも社会問題に関しても、積極的に発言してきたし、若者に向けたRock The Vote(選挙に行こう)キャンペーンも最初に起用されたのはマドンナだった。彼女はいつも、音楽と社会を繋ぐ橋のように存在してきた。自身の精神的な健康に問題があるなら、たまには自分のことだけ考えてもいいと思う。自信に満ちた彼女の輝くような笑顔をまた見たい。

今日の1曲


今日のパンが食べられます。