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長編小説 『蓮 月』 その十

 アンプの電源をOFFにして・・・静一は自分に言い聞かせるように、言い放った。「人は皆光(華)と影(闇)を抱えて、どちらの極にも偏らないように足して二で割って生きているんだよ。だから、僕は人を視ると皆斑に視える。もっとも僕も斑であることは否めない。でも、そのことで自覚的であり、あわよくば光の極に寄り添いたいと想ってはいるけどねぇ・・・いや、もっと言えば斑と言うより、光は闇があって初めて輝くことが出来ると考えると・・・あぁ、世界は何処まで行っても混沌しているだけだけど、出来れば光の道を選び進まなきゃいけないよね」
唯が答えた。
「そうどすなぁ・・・あんさんが初めて私と会う日に夢を視た・・・その時から私は私でなく、静一さんは静一さんでなく、二人の物語という<時間>が動き出したんだしゃろぅなぁ。ただ、二人で閉じられることなく、互いが持つ初めていのちを得た時から今までの様々な因果や確執や性が、その転生の折に濃淡として組み合わされて・・・今の二人があるように想えます。そやから、二人が結ばれて生きてこそ、諸々の問題が昇華されるような気がします。もっと言うたら、静一さんの夢に私が現れた時からほんとうの物語が始まっていると唯は信じております」

静一は唯の言葉に感動を覚えた。もっともっと大切にしなければいけない人だと深くこゝろに刻んだ。 

 そして静一は、唯を視つめ直して、上を指した。唯は頷き二人は二階に向かった。
大きな机がコの字に三つ配置されて、それぞれの机は書斎の机・仕事の机・夢紡ぎの机と呼んでいて、無意識に三つの机を巡回することになると説明して、再び上を指した。唯は驚き顔で上を見上げた。
天井にはよく視ると丸いフックがあり、其れを伸び縮むアルミ棒を引っかけて、引っ張ると簡易の梯子が降りて来た。静一が先に上がり、唯が後に続いて昇った。
そのロフトの空間は、ピラミッドのような正四角錐の空間で、その頂点は星形に刳り抜かれてクリスタルガラスが嵌め込まれていた。
太陽の光・月の光で、その底面の中心には☆が現れるという仕組みだと唯は理解した。しかし、仕掛けはそれだけではなく、東西南北の各二等辺三角形の中心には、それぞれ青龍・白虎・朱雀・玄武の形で、これもまた刳り抜かれてクリスタルガラスが嵌め込まれていた。

唯は静一の拘り?凝り性?に圧倒されて、言葉がすぐに出てこなかったが・・・やっとのことで「瞑想室ですか?」と問うた。「いや、そんな大それたモノではありませんが、デザイナーとの乗りで、どうせならここまでしましょう・・・という流れなって創ったのですが・・・ほんとうに時偶、太陽や月の光のゆあみをするだけです。疲れが取れる時もありますし、逆にしんどくなる時もあります。だから、月・陽を読み、暦を読み。時間を読んでしないと良い結果がいつもでるとは限りません。今日明日は、多分大丈夫だと思います。夏は暑くて大変ですが・・・一度試されますか?」唯は即座に「いつかゆうたら、何時になるかわかりまへんさかい・・・明日の朝、陽の光であゆみをしたいです」「わかりました、じゃぁ、此処を涼しくしておきます。」
静一は、ポータブルの冷風扇と、階下のエアコンで冷風が上に昇るようにセットして、「これで、大丈夫だと思います」「おおきに、ほんまにおおきに・・・」

 唯のこゝろの裡で何かが弾けて、静一の軆󠄁に委ねた。頂点からの星形の光がロフトに差し込み二人を包んだ。「星の光繭」唯はそう囁いた。
星の光が唯の顔を照らす、その長い黒髪がフレームになり、より顔を際立たせる・・・それが切なく・・・愛おしく・・・口づけを交わし、強く抱きしめ合った。
「もう、待てまへん、今日抱いておくれやす」抱きしめ合った軆󠄁を少し離して、静一は唯の顔を凝視した。唯は話続ける「蒸し返すよう堪忍どっせ・・・一ヶ月待つことの意味、理由はそんな大事な事でしゃろぅか?」静一は答えを探しながら、唯の熱い想いと吐息に取り込まれて苦慮した。
唯の想いに応えることは、ある意味簡単だが、夢との相関性と鹿海家の秘匿されたものは、強い磁力を持って僕らの行動に干渉し、それを考慮することを余儀なくされている。誕生日に結ばれなければ、この物語は瑕疵をつくることになる・・・夢の物語のシナリオ?に忠実になることが、ほんとうの道ではないか?とそこまで考えが至って・・・静一は唯に優しく告げた。「唯、僕達の物語は<大いなる意志の中でゆれ動いている。僕達の意志で物語を変えてはいけないような気がするんだ・・・それは必ず瑕疵になると僕は思う」そこまで聞いていた唯は軆󠄁を離して静一を視つめて「そうどしたなぁ・・・私達は大きな物語の裡にあって、それに沿って行為せなあきまへんなぁ・・・ほんとうに深い処で結ばれる為にも・・・踏鞴を踏んで、踏み外すとこでした・・・すんまへん」
「いや、謝らなくても・・・Good Passionは Good Vibrationではなかったですか?」唯は微笑み「PassionはともかくVibratioもいいけど・・
さてどうでっしゃろぅ」「堅いかな?ではPassion feather」
[羽根やのうて・・・飛翔の翔・・・翔ぶがごとくや]二人は笑い合って睦みあって長い口づけで想いを分け合った。

 翌朝、二階の寝室で唯は目覚めて、シャワールームで水を浴びて軽く禊ぎをして、ロフトに上がった。まだ薄明の世界ではあったが、東のクリスタルの青龍の窓から、少しずつ光が濃くなり、やがて紅玉の光が差し込み唯の軆󠄁に光の青龍が刻印され貫かれた。
自身の軆󠄁が途轍もなく熱くなり、光の繭で包み込まれながら上空へと引き上がられるような感覚を得て、目眩く至福の情感の淵で、そのまま気を失うようにして眠りについた。

唯の夢

 人一人が寝そべることが出来るような大きな台形は、護摩壇の様に細木で何段も積み上げられ組み上げられていて、その上に、唯は白装束で仰向けに横たわっていた。
その空間は、滑らかな岩盤に四神相応のシンボルが、掘られて彩色されていた。
唯は感じた・・・私は生け贄として供えられている 私は何のために何に対して生け贄として在らねばならぬのか? でも必ずあの人が私を救ってくれる私は犠牲は厭わないが、謂れのない、理由のない犠牲は絶対に拒否する ! 突然 頭蓋の裡で声が響いた
『 唯よ お前は聖なるモノと結ばれ受胎する 心配しなくともその子は普通の子として生まれ、普通に育つ 少なくとも二十歳までは・・・二十歳の時 その子は秘められたDNAが開花し、新世紀を生き抜くリーダーの一人となる 何人もこの定めから逃れることは出来ぬ 巫女の子として生まれたお前の宿命じゃ 観念せい 瞬く間の一瞬ですべて終わる』その声が言い終わるや否や激痛が走り、それが深い睡魔に変わり・・・気がつくと再び静一のロフトの空間に横たわり、傍らに心配そうに唯を視ていた。
「大丈夫?」「ええ」「夢を視ていたね 良い夢だった」唯は静一の唇を片手で閉じて、そして「抱きしめて・・・ずっと私を・・・だ・き・し・め・て・・・」と言いながら溢れんばかりの涙を流した。

 静一は唯の夢の物語が、決定的なある何かのメッセージを持ち、唯はそれが受け入れがたく悲しんでいるに違いないと推量したが・・・良い言葉が見つからず、言われるままに唯が安心するように抱きしめる他なかった。青龍の光が弱くなり、朱雀の光が射して来る頃に「ありがとう」と言葉を発して身を離して、「お腹が減った、朝食をお願い」と声を掛けロフトの空間から一階のリビングに降り立った。

 十分程で、静一がいつもの朝食を用意してテーブルに並べた。豆乳のミックスジュース・全粒粉の固めのパン・ド・カンパーニュ・彩り夏野菜のサラダ・プレーンオムレツ、そして珈琲を用意したが・・・唯はもっと一人で考えられる時間が欲しかった。
それでも、その朝食に静一の想いがあるのを感じ取られて、「頂きます」と手を合わせて、まずジュースを飲んだ。多分ブロッコリーとバナナとリンゴとキウイで緑のジュースにしていると感じた。なかなかに健康に留意しているのだと感じた。やっと緊張の糸が解けて「美味しい・・・お上手ですね・・・料理も」「いやぁ、料理と言えるかどうか・・・一人暮らしが長いのでね」二人はことさらに楽しく会話を続けようと努力し、その果実はそれなりに熟し捥ぎ取られた。
緊張すると京言葉が消えて標準語になるんだと言いたくなるのを我慢して、ともかくも
和んだ唯に戻って欲しいと願うばかりだが・・・想いが重なり、重なるほどに、想いが倍増して、互いの想いが映し合うようにして、又想いは深くなる。

 思い切って唯がはっきりした口調で「私達は、何故夢の裡で夢の物語を生きねばならないの?そして、何故その物語が圧倒的なリアリティを持って、私達を揺さぶるの?おかしくない!」唯は素に戻って、怒りを抑えられずに堤が毀れてゆくように唯は唸った。
高いトーンと強い口調で話し出した。「お願い、只の夢だと言って・・・そして」静一は言葉を紡ぎだそうと藻掻いたが・・・言葉にならなかった。責めるように「誕生日に結ばれたって・・・もう私の軆󠄁は犯されたみたいなもの・・・あなたを・・・あなたを苦しめるだけだわ。別れましょう!私は大いなるモノの子を一人で育てるわ」

 静一は追い込まれた。冷や汗がじっとりと軆󠄁を濡らしている。だが、唯の言葉をしっかりと受けとめていますよということを全身で表現して・・・サインを送りながら、その話の内容が、処女受胎・大いなるモノに既に供せられて、昨日と今日とでは、生きて在ることの意味が全然違うと言うことを訴えているのだと知った。
ともかくに冷静に客観的に相対化するしか道はないと考えてゆっくりと静一は話し出した。「夢の裡でどんな物語が語られ、演じられたのかは想像できるが・・・その物語が現実の僕達に大きな影響を与えようとしても、僕達は僕達の物語を生き切るしあないよ。
そうすれば、夢の物語は、所詮夢であったと終わる筈だ。そう信じて道を歩むしかないよ」唯の顔が少し輝いた。「そうか、夢は夢ね 夢は現実ではなく・・・私達にひとつのメッセージを送っているだけに過ぎないのよ」さらに一語一語を噛みしめるように「大切なことは、夢それ自体の意味では無く、夢が伝えようとしているメッセージこそが大切なのよ・・・「処女受胎」が導き出すキーワードは?」静一がそれを受けて語る。
「聖なるモノ・純潔・永遠・絶対の愛・絆・信・誠・・・きっと僕達の愛が綻びないように天が、一つの寓話を夢として体験させているんだよ」唯の顔がほんとうに輝きだした。「ありがとう・・・私・・・信じる・・・貴方の言葉を・・・何も畏れることはない・・・信じ切ること」ほぼ同時に二人は席を立って、唯が駆け寄るような形で、軆󠄁と軆󠄁が合わせられ、抱き寄せて口づけを交わした。二人は誓い合った・・・生涯を賭して愛を貫くのだと・・・・・・。 その十一に続く

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