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Nosutarujikku novel Ⅰ シスター葉子 賽一擲の章


 再び夜、7時半過ぎ静かにドアを開ける。
やはり客のいないBarではオスカーピーターソンのJazzピアノが流れている。葉子は読んでいた本を下にして、僕を認めにっこり笑う。
「それにしても、何時も貸し切りですね」
「そんなことないよ、たまたま」
「たまたまなら良いですけど・・・」
「この間はごめんなさいね、体調悪くて・・・」
「いいえ、気になさらずで」
「でも・・・・・」
「でも・・・・・」
「君は、女心がわからん人よねぇ」
「どうしてですか?」
「ああいったシークエンスでは女は多分抱いて と言っている訳よ」
「多分抱いて・・・・・そんな無茶な!」
「何が無茶よ、わからずや!」
「はいはい、女心がわからん人です、分からずやです」
「・・・・・・ごめんなさい。あの日急に生理が始まって、嫌になった
 の」
「何が、嫌に」
「なにもかも」
「ついていけないな・・・単なるわがまま・・・いや、それ以上・・・
 情緒不安定」
「そう、だから薬の常習犯」
自分で言い放ちながら、目を大きく見開き、少し怒った顔になった。
「君も、自殺未遂したでしょう。手首に傷があるじゃない」
思いもよらぬ手裏剣を受けた。葉子は右手を差し出した。僕より深い傷が一筋。負けたと想った。
僕は途方にくれた飼い犬のような眼差しで葉子を視つめて言った。
「僕は・・・僕たちは・・・・・」
それから先を遮るように
「ねえ、今からゲームしない・・・ちょと変わった趣向のゲームを
 ・・・賽子の目を当てるの。まあ丁半ね。勝った方がお酒を飲む、
 負けた方が薬を壱錠」
「でも、それじゃ・・・勝っても負けても・・・」
「するの、しないの、どっち!」
有無を言わさぬ勢いに抗うことも出来ず僕は言った。
「わかりました。やりましょう。でもどちらかがギブアップするまでですよ」
皮肉な微笑みを浮かべて葉子は言い放った。
「残念ながらギブアップはないの。ルールを説明するわ。一勝負でワンクール7回の3回勝負・・・だから合計21回ね。賽子は交互に振るけど、最初に丁半を決めたら、その都度は変えられないの」
葉子はショットグラスを14個カウンターに並べて7個には白い錠剤、7個にはバーボンを手際よく用意する。看板を閉店に裏向ける。有線を切り、照明はカウンターだけにスポットライト。あまりの手際の良さに、今日が初めてじゃないみたいと感じた。
「じゃあ、いくわよ!先に決めて丁・半?」
「では、丁でお願いします」
カウンターに投げられる二つの賽子。目は半。グラスから壱錠を人差し指と中指で掴む。飲み込む白い錠剤。葉子を視つめる。葉子はバーボンを美味しそうにゆっくりと飲み干す。

 2回目 葉子の目再び半。
壱錠僕は飲み込む。葉子を視つめる。
沈黙が深くなる、葉子は小町の能面のように無表情で視つめ返し、グラスを一気に空ける。
3回目 僕の目今度は丁。
葉子壱錠を噛み砕く。僕を視つめる。
僕たちはまるで、眼に見えないナイフで傷つけあっているみたいだねとその言葉を言うべきかどうか考えあぐねている間にも、ゲームは早いテンポで続けられていった。でも、これはゲームじゃない。そして、葉子にとってはこのようなギリギリの生の関係性に於いてしか生きているという実感が得られないのだと感じた。
賽子の目が、僕たちの道行きを決めていく。
最初のクールは葉子の勝ち?
成績は僕の2勝5敗だった。

 第2クールの用意を手早く済ませて始まる。
今回も僕は丁を選ぶ。
僕から賽子を振る。ピンぞろの丁がでる。
赤の小さな丸が眩しいくらい光っている。
壱錠葉子噛み砕き、僕を視つめる。
僕、グラスを一気に飲み干す。
互いに視つめ合う磁力が強くなる。
この回は辛うじて僕の勝?(勝って言えるのかな?)
僕の4勝3敗。
「やるわね、大丈夫?」
「心配する気があるなら、最初から止めればいいのに・・・」
「でも、これが成り行きっていうものじゃない でも、君は偉い、お酒だけのゲームは何人もしたけれど、お酒と薬は今日が初めて・・・新しい世界が始まるって想像するだけでわくわくするわ」
「確かに、新しい世界の始まりかもしれないけれど・・・」
葉子は饒舌になり、顔が青ざめてきた。
一抹の不安が湧き上がる、バーボンは酔いが早い。
結果がどうであれ早く終わりにしたかったが、葉子はなかなか第3回目を始めようとしなかった。僕は少し焦れて、「どうして、自分を傷つけるのかな・・・自分が赦せないのは潔癖過ぎるから?」
葉子は、独り言のように話を始めた。
「私の母親は、一杯飲み屋の女将で父親は室町のある呉服屋の大旦那。
  知ったのは大学受験の時、そんな話は世間には五万とあるけれど
    ・・・・・・私はね、母も父も二人とも赦せないの。
    母は、私と違ってとても美しい人だったの。でも優しすぎて、男に騙
   されてばかりいたの。中絶も2度や3度じゃない。でも私だけは産ん
    だの。父を愛していたからじゃ無くて、三十も半ば過ぎて一人で生き
   ていくのが疲れて、私をダシにして父に面倒を見させたの。
    無邪気な人だから、私がどんなに傷つくかわからないまま、すべて告
    白するのよ。私は男という男を軽蔑する為に誘うの。誘ってそいつの
    いやらしさを見せつけて、そしてポイするの。一度顔がおたふくにな
    るほど殴られたことがあるわ。プライドって面倒だよね」
少し間をおいて
「葉子は、エロスを通じて人間の本質を見極めて、そして絆を結びたい。そういうことでしょう」
「まあ、矢は的に当たってはいるけれど・・・的を射貫いてはいない
   わ。君は若すぎて、しかも不器用。でも、このゲームに誘いたくなっ
   たり、又同意するってことはすごいことだよ。葉子はある意味ですご
  く感激しているの・・・」
真っ青な顔で微笑むというシュールな場面になっていると、僕も変に感心した。
「すごくね。ほんとうにすごく・・・・・真っ白い気持ちで抱かれても良いくらい想っているよ。勝てば、抱かせて上げるわ」


その結果でしか葉子を抱けないなら、僕は只の・・・・・咬ませ犬。でもそれで葉子が満足するならそれでいい。
第3クールが始まった。
意識の明晰さとは裏腹に、少しずつ互いに軆󠄁の異変が起こりつつあることを、僕たちはゲームに熱中するあまり気づけなかった。

  僕は、気管支喘息の虚弱体質で小学校四年まで各学年は半年ほどしか通学出来なかった。治したい一心で母は一杯一杯薬を僕に飲ませた。
そして僕は薬に対する免疫力が知らずと出来ていた。
薬常習者の葉子に至っても同じようなものだが・・・つまり緩慢ながら確実に僕たちはある閾値を超えていたのだ。

  第3クールの5回目、賽子を投げると同時に葉子は突然嘔吐した。僕はカウンターを飛び越えて葉子を支え背中をさすったが、嘔吐は止まらず、白濁した黄水を撒き散らかした。
凍り付いた間だったが、ようやく小康状態になり、葉子をテーブル席のソファに寝かせた。
僕は店内の掃除を始めようとしたら、今度は僕が嘔吐を始めてしまった。吐きながら・・・なんという最悪のマッチング・・・だと呟きながら、葉子と同じ苦しみを体験していることに、少し喜びを感じながら、僕も又果てしない苦悶地獄にのたうった。
僕はすべて吐き出し、お水をたくさん
飲んで、意識も軆󠄁も落ち着きを取り戻すと、エアコンを強の冷風にし、ドアと窓を開けて換気し店内の掃除を始めた。一通りのことを終えて、葉子の傍に座り視つめた。葉子は小さな寝息をかいて弛緩した軆󠄁に身をまかせていた。
僕は葉子の頬を軽く打ち、ほんの少しだけ意識が戻ったことを確認してほっと安堵をつき「さあ、帰りましょう」と言って連れ出した。
そして、やっとの思いで近くのホテルに入った。

  バスタブに湯を張り、僕は裸になり嘔吐で汚れた着衣のまま、まだ夢心地の葉子さんを入れて全てを脱がせた。毬のように弾む形の良い乳房・柔らかく生い茂った密毛を垣間視ながら、軆󠄁を丁寧に拭き、バスローブを着せてベッドに寝かしつけた。 僕はシャワーを浴びて、葉子の隣に横たわると、たちまち眠りに落ちた。

どれほどの時が経ったのだろうか、薄明のなか、僕は葉子の囁く声で目が覚めた。
「ごめんね、迷惑かけちゃって・・・ごめんね」
「いえ、いいんです、大丈夫ですか?」
「ありがとう、大丈夫。君は?」
「ええ、なんとか、大丈夫です」
「何時ですか?」
「まだ、6時よ」
「お店は?」
「ううん、今日は臨時休業。ゆっくり寝よう」
「はい、わかりました、そうしましょう」
僕は又眠りに誘われ、微睡み始め夢を視た。
                                                                          次の章に続く

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