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オィディプスとアンジェラ 光と闇 全                                                                                    

   
   「アンジェラ! アンジェラ! 」

  王宮の奥より叫び声が響く数分前アンジェラの部屋

ア ン 昨晩より胸騒ぎがしてならない。浅い眠りの裡で思考が堂々巡
    りをする 王は潔く自死を選ぶかそれとも人知れず国を出るか
    の択一で・・・・・・自死を選ぶとすれば、さて、その時下僕
    である僕はどうすればいい
    葬送を見届けて僕は国を出て、遠い妹を探そう
    アンジェリーター 妹よ今何処の国の市場に立って物を売って
    いるんだろう

   王宮の王の間

   波と風が朝の光をしっとりと運んで来る 徐々に明るくなる部屋
   の中央にある大理石でモザイク状に編まれた楕円形の机が陽を受
   けて王の顔を照らし出している
   オイディプスはその思慮深い眉を少し顰めながら、腰の短剣を引
   き抜き静かに机の上に置いて振り向く

   太陽がその姿を現して大きな血球(オイディプスにはそのように
   しか視えない)としてゆっくり ゆっくり浮かび上がり、その姿を
   現そうとしていた
   水平線に昇りきった陽を見据えて、振り向きざま剣を掴み自身の
   両眼を真一文字に切り裂いた

   激痛 迸る血飛沫 跪き 大声で叫ぶ

王   アンジェラ! アンジェラ!

   下僕 アンジェラその声を聞きつけて、素早く床から跳ね起きて王
   の間に走る 走る
   扉を開けると オィディプス王は両眼を手で押さえ喘いでいる

ア ン (馬鹿な)王様 如何なされました

王   吾は潔く血を流し盲いた・・・そしてここを去れば、この国はあ
    りとあらゆる災いから免れるであろう そなたならわかるはずだ

ア ン はい、避けられぬことであろうと感じてはいましたが・・・まさ
    かまさかです 王様、どうぞ横になりましょう

   王の躯をいたわりながら寝床に横たわらせる
   手早く患部を水で清め白布で患部を巻く

ア ン 医官を呼んで参ります これ以上のことは私には出来ません

王   ああ、世話をかけるな

   (生きて、罰を受けるのだ、いやいやそう簡単ではないわ)

   医官三名駆けつけ 様々な薬を調合し飲み薬・塗り薬を処方して後
   アンジェラを手招きして部屋の外で話をし終えると医官は足早に
   去っていった

   もう 太陽は高くあがり部屋の窓からは視ることが出来なかった
                            Ⅱに続く
  そのⅡ

  アンジェラは静かに王に近づく

ア ン   王様 医官の話では命には別状はなく 傷ついた左目
    は完全に失明されましたが右目は急所が少しズレていて
    以後の処置によっては光が微かには視える程度の回復は
    可能かもしれないと・・・故にこの一週間は絶対安静される
    こと毎朝毎夕包帯を代えて消毒及び薬を塗布することが肝要
    とのことです

王   一週間か・・・長いな・・・しかし闇に慣れるには丁度良いか
    も知れない 旅の支度もしなければならないし・・・

ア ン  それは、私めにお任せを。オイディプス王におかれましては
    ・・・
    
   手を振りアンジェラの言葉を遮って

王    いいか、現実を視よ 私はもう王ではない 盲しいた私はただのしょ
   うがい者 奴隷以下の身分で身過ぎ世過ぎをなさればならぬ

ア ン  お言葉を返すようですが・・・それでも王はしょうがい者がな
    んたるかをわかってはいません しょうがいを生きるというのは
    そんな簡単なことではありません 生半可な覚悟では生き切れ
    ません

王   わかっておる 覚悟は出来ている 確かに運命(さだめ)に抗って
    人は生きてはいけない
    だがその運命を抗い切るなかで必ずや運命は変えていける筈だ
       もう一つの物語を今から生きる それだけの意志はある

ア ン   それを聞いて安心しました もし差し支えなければ・・・お願いで
           すから私をず っとお側において下さい

王     良いのか、ほんとうに?

ア ン はい 王様には奴隷の身から救って頂いて 取り立てて頂きました
    何処までもご一緒するのが義と存じます

王        忠ではなく義か?お前らしいな・・・遠い妹が確か言葉が不自由
            であったなアンジェラとは確か双子の兄妹

ア ン    はい その通りです 生まれついてのもので言葉が語れず それ故に
            悔しい生き様を強いられて 今は祖母と一緒に行商の旅を続けて
            いる筈ですが・・・定かではありません

王         私が名も無き者の群れの中で生きるのは 私の運命を白紙にし
            て私自身が無となり 虚となり、空となりたいからである

ア ン  されど・・・

王   もう言うな・・・これ以上は・・・一週間後に話すことにしたい
    今は眠りたい
            盲しいた人間がどんな夢を視るのかそれが知りたい

ア ン わかりました では一週間後にまたお話を・・・・・ゆっくりお
            休み下さい

   アンジェラは何故か清々しさに胸を張って自室に戻った   
                                                                                                       Ⅲに続く

 そのⅢ
オィディプス王はその夜夢を視た なんとその夢の始まりは崖から谷に飛び降り自死したスフィンクスが、緩やかな速さでその異形な形象が谷底から飛び上がってオイディプスの前に立ち・・・スフィンクスは笑っているのだった

スフ いいざまだと言いたいわけでは無い お前も皮肉な運命に翻弄さ
   れて可哀想だと想っている・・・
王  私が答えを言ったら 君は間髪を入れずに崖から飛び降りた 
   どうしてだ?
スフ プライドを踏みにじられたからだと言う馬鹿もいるが・・・謎を
   解かれた限り今まで解けぬ旅人を死に追いやった罪を償うにはこ
   れしか無かったのだ
   まだ他にも理由はあるが・・・それはまた・・・
王  なるほどいずれにせよ・・・君は私より遙かに潔い・・・
スフ いや そうとも言い切れぬ・・・一瞬で事を済ませる方が遙かに
   簡単だお前は今まで生きた世界を<無>にして 尚新しく生を生
   き正そうとする その意志は、燃えさかる太陽のように眩しい
王  そんなに褒められたものではない・・・只私は死を選ぶのは人間
   として一番してはならないことだと想っているから・・・
スフ そうか・・・だが私はほんとうに死ぬことは赦されていない 
   霊的存在として生き続けなければならないのだ

王  ・・・・・・・

スフ 難しく考えなくても良い・・・ほら 私はこうしてお前と話をし
   ている
王  夢・・・夢のなかで君はまた現れるのか?
スフ 君が呼べばいつでも・・・
王  呼べば?私は呼んではいない
スフ お前は盲いて、今まで眠っていた感覚が呼び覚まされているのだ
   お前は確かに私を呼んだ・・・何かをはっきりさせたいのだろう
   が・・・それは無理だと思う
王  どうして無理だと?
スフ 女の顔を持ち獅子の躰に翼もある私は神話的存在でこれ以上のこ
   とは、現世に生きるお前には話せぬルールがある
   お前の悲劇は何処かで踏み入れてはならない世界に一つの知性で
   踏み込んだのだ・・・そして それはすべてお前が悪い訳ではな
   い・・・お前も又神話的世界の物語を歩むことを余儀なくされた
   ・・・只それだけのことかも知れない 
王  又謎をかけるか?・・・それが君の本質? (溜息をついて)
   お願いだ今日はもうこの辺で・・・
スフ わかった では私は消えよう さらば・・・
                            Ⅳに続く
   そのⅣ
一週間が過ぎて包帯が解かれた

王  なるほど ほんとうに微かではあるが光を感じられる 
   また朧気な影絵を視るように物や人物の輪郭が浮かんで感じられる
   これは大いなる天の意志だ・・・新しく生きよという天の意志だ

ア ン 王様 ようございました 私は嬉しいです

王  ああ そうだこの機会に互いの呼び名を改めたいと思う
   オイディプスも王ももう不要だ、アンジェラも長い・・・
   そこでお前はア ン・・・私は・・・私は・・・

ア ン ディプはどうですか?

王   ディプ・・・うう~ん・・・ディプ?

ア ン いや(オイディプス=膨れ上がった足)がディプ=二つを意味す
る名前に 変わるのです つまり・・・ディプは闇と光の二つの
世界を意味します

ディプ ア ン 君はこれまでの生が闇で 今からの生が光と云うのか?

ア ン  はい そうです そうでなければなりません・・・

ディプ だが 今までは闇というより影の世界を生きてきたような気が
    する

ア ン  ・・・・・・で何時出発を

ディプ 支度を終えているならば今日の夜に発とう 今夜は望月の筈
    季節は夏に向かっていく 良き日だろう?

ア ン  はい ではそのように細部に渡って取り揃えて用意致します

   旅立ち  西門の隠し扉に繋がる通路を歩く二人
        ディプは右手にオリーブの古木で造った杖を持っている

ア ン 歩く速さはこれで大丈夫ですか?

  頷くディプの左手を右脇に抱えて横に寄り添い連れ立って歩く二人
石畳の道はコツコツと音を立てるが・・・その音は耳障りでなく
ディプは今更ながらに音の世界が道しるべなのだと思い知った

ア ン  門を出ました どちらへ向かいましよう

ディプ とりあえず 一番近い港を目指しロードス島から南へ南へ
と・・・

ア ン  では こちらとなります

ディプ 敬語はいい 普通に話してくれればいい

ア ン  そうは云っても・・・急には無理というものですよ

   二人は望月の光に照らされて微笑んだ
                           Ⅴに続く
 そのⅤ
港に着き 船頭を雇い最初の島へと向かう船中にてディプは再び微睡む

スフィンクス  ディプ目覚めよ
ディプ 夢の裡で私を呼ぶのは誰じゃ?
スフ  私だ
ディプ おお 君か・・・しかし私がまた呼んだのか?
スフ  いや 君は私を呼んではいない
ディプ と言うと・・・君の意志で逢いに来たのか?
スフ  そう その通り 私の立場をもう一度誤解無きよう説明する
    必要があるように想われて・・・来てしまった
ディプ それはそれは御丁寧なことだ・・・ありがとう
スフ  君もまた噂で私が旅人を死に至らしめたと思っているだろうが
・・・ほんとうは違う・・・迂回を選んだ旅人には何もしなか
    ったし 謎を解けぬままに道を進もうとした数人の旅人を仕方
    なく・・・・・・私に課されたことは謎を解かれて一度姿を隠
    す必要があったのだ
ディプ わかりにくい論理だな・・・ほんとうに必要なこととは・・・
    <神話>になること・・・違うか?
スフ  さすがは知性の王だな その通りだ もう少し丁寧に述べるなら
    ば・・・私のような<神人>は死して初めて永遠のいのちを与
    えられる存在なのだ
    <神話>になって初めてほんとうの不死を獲得することになる
    のだ 故に 今の今 私は<神霊>的な存在となり これより
    以後「門」を守る守護霊となるのだ
    私がそのようになれるきっかけを与えてくれた君にそのことを
    伝えておきたかった・・・つまり感謝の気持ちを君に・・・

    それにしても 君の行為は傑出している すべての人間の営みを
    コケにするそれ以上のものだ・・・しかし君はそれが目的では   
    ない・・・なんとその負い目を逆手にとって生きようというの
    だ・・・これはほんとうに拍手喝采だ
    私は君が好きになった
    王よ 何もしてやれぬがいつもお前を見守っている 
    だから思う存分生きろ! 生ききるのだ!

   ディプはスフィンクスの最後の言葉を噛みしめながら・・・夢視
   の渚に辿り着いた 波の音と光の陰影が谺し島々の境を進んでい
   いくのがわかった               
                            Ⅵに続く
  そのⅥ
微睡みから覚めた王を見定めてアンはディプに近づき

ア ン 島迄小一時間もかからぬと思いますが・・・
ディプ そうか ではこれからのことを少し話そうか?
ア ン  何かお考えが既にあるのですね
ディプ もう一年前になるかな 東方からやって来た旅芸人の一座が来て
夜会を催し珍しい芸を観せて貰ったことがあるのを覚えている
か?
ア ン はい 覚えていますよ 確か「KAGURA」とかいって 笛や太鼓や
視たこともない楽器を打ち鳴らして 翁などの仮面を着けて舞
い踊っていましたね 大変リズミカルで躯がうずうずしたのを
覚えています
ディプ ア ン 君は絶対音感の持ち主だろう
ア ン  どうしてそれを!
ディプ  彫金細工の工房で働いていた時 材料を秤で量るのをお前は目
盛りを視ながらも、微妙な音を探り当ててバランスを計ってい
ただろう 
     目盛りは念のためと言うより・・・微調整の間合いをつくる為
のものだった それを見届けたので工房から下僕に召し上げた
のだ 音楽に秀でた者が欲しかった
ア ン  そうでしたか 何故私を下僕にしたのか合点がいきました
ディプ 知っての通り 私は舞が好きで 様々な楽団や踊り手を呼んで
は夜会を開いていたであろう
ア ン  ということは・・・
ディプ そう お前はほとんどの楽器を演奏出来る その演奏に即して
私が仮面をつけて舞う まあ大道芸人として二人でやっていこ
うと考えたのだがどうだろうか?
ア ン  なるほど 少なくともそれで幾ばくかの日銭を稼げて生が・・・
ほんとうのところはわかりませんが・・・何か出来ればいいで
すね
村から村へ 町から町へ南へ南へ下る
ディプ そう 旅芸人一座として名前を考えなければいけないなあ
ア ン なんだかわくわくしてきますね なんて名前が良いかな
ディプ ウラノスはどうかな?
ア ン  空ですか・・・う~ん(空を飛べたら)・・・
ディプ 私は盲しいた だが私は人の為に何かを為したい
    それは小さなことでいい 一瞬でいい そしてそれが生きる力
の源に何らかのカタチで繋がれば・・・

ア ン それにしても、アポロンの神託によって 翻弄されなければなら
ぬとは・ ・・確かデルフィの神殿には神託を受ける者には三つ
の言葉がありました ね

汝自身を知れ 過ぎたるは及ばざるがごとし 誓約と破滅は紙一重

ディプは唯々一つの真実を知りたいが為に・・・

ディプ 父親殺しも母親と契るのも偶然の連鎖が一つの必然となる神託
によって 振り回され始まった物語
王を降りて 盲しいて なおいのちを歩む・・ ・それは・・・
それはいのちは全うしていのち

空になれば 吾はほんとうの吾になれるのか?
果たしてそうであるのか・・・歩む他はあるまい  
                           Ⅶに続く
  そのⅦ
碧い海 漣 光の乱反射は網膜に影の綾を奔らせる

周りの世界に気を配らなくとも必要なことだけが<知らせ>として入ってくる
その流れが少しわかりだしているディプは以前より遙かに世界と対峙している
感覚が鋭敏になって時折深い眠りに誘われるが・・・それは漣の潮騒と陽の光彩が織りなすリズムが心地よいせいかもしれないと感じながら
・・・・・

ディプ独白:
ほんとうを云えば・・・私はあらゆる世間の漆喰から逃れて遥か群衆を離れて 一人乞食の道を歩むべきなのかも知れぬが・・・群れより離れればただの浮草 それが相応しいとも想えるがその道はまた閉じられた私の内的世界の自己満足でしかないように想える・・・だが そうであってはならない どんな身になろうとも 微かなる光の恩寵、これに突き動かされて何かを為すことこそ真(まこと)あるいのちの在り方に違いない 
この微かなる光でしか視られない世界は 私がほんとうに視る必要があるものだけを感じさせてくれるに違いない 私は私のこの生を拓いていくだけだ・・・・・・だがほんとうは完全に盲いた闇の世界に生き・・
・・・・・・ただ音と気配だけを頼りに生きるべきではないか? 
いずれにしろ私はオイディプス王ではなく・・・薄明と音と意識と撓む新感覚によって新たな生を生ききる他はない・・・不思議に不安はなく むしろ高揚感で一杯だ・・・どのようなカ・タ・チであれ生きて在ることほど素晴らしいことはない!

アンジェラの独白:
ここまでついて来られた・・・<義>・・・ご一緒するのが義と自然に言葉が出たが・・・ほんとうの処 何処までお役に立てるかが気がかりだった・・・いや それでは駄目なことがわかった 主従の関係で甘んじてはいけない ほんとうに世界を切り開いていくのだ 私もまた私自身の世界を見事に作り出そうではないか!私は私の人生を輝かせる!

ア ン  島影が見えました
ディプ  上陸すれば、忙しくなるな アンよろしくな
ア ン  はい この島にはもしかしたら遠い妹が居るかも知れません
ディプ  そうか アンジェリーターに会えたら良いなぁ 同じ歳だか
     ら・・・
ア ン  二十歳です
ディプ  目映い歳だ うん 彼女も一座に参加というのはどうだ?
ア ン  有難いお言葉です ですがアンジェリーター次第と云うこと
     で・・・
ディプ  わかった 廻り逢いがすべてを決める さて ロードス島だ!

                           第一部 完

※『オイディプス王』は、古代ギリシャ三大悲劇詩人の一人であるソポクレスが、紀元前427年ごろに書いた戯曲で・・・テーバイの王オイディプスは国に災いをもたらした先王殺害犯を追及するが、それが実は自分であり、しかも産みの母と交わって子を儲けていたことを知るに至って自ら目を潰し、王位を退くまでを描く戯曲。
           『ウィキペディア(Wikipedia)』より抜粋
この物語は1967年制作の『アポロンの地獄』監督・脚本はピエル・パオロ・パゾリーニ・・・に触発されて描いたオィディプス王のその後です。

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