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次の部屋

次の部屋 Ⅰ

 夢を視ない日はまずない。ほとんど毎日必ず視る。そうして、それは映画のように荒唐無稽に感じても、微細に意識を向けるとそれは、僕がお世話になった人であったり、過去のターニングポイントで出会ったりした人々だった。

 初夏の朝の気配を身体全体で感じながら、夢の世界の輪郭がくっきりと立体的にその情景を映し出す。目覚めようとする身体は昨日のことを問うた・・・<何か気づきがあった?>その問いに抗いながら・・・夢の世界の幕間を僕は観客のように眺めていて、その物語の方へ意識を向けた。主人公の僕はその世界に在ってその劇を熱心に演じている。
 
 大きな大きな河がある。対岸は霞んで視えないし、左右の上流下流を・・・おや・・・この河はなんだか変だ?だって無限大の∞の字の波のうねりがまるで尾形光琳の『波濤図屏風』ように大きく渦をなし、それはどちらの方向にも媚びることなく、波状攻撃のように浮かび流れている。そんな河の土手を歩き疲れた僕がいて、真上に太陽が照りつけて、影が立っている。水無月の向日葵がまだその役目を負えないで背を傾けて少しお辞儀をしている。

その河の土手を降りていくと、十数軒はあろうかという細長い長屋のような建物に僕はスキップ<それは、僕が夢のシークエンスに入り込める裏技です>して、年上の人と何か言い争っている。
「だから、そうじゃなくて・・・」
「言い訳なんだよ、なんだかんだと言っても、すべて言い訳」言葉を飲みこむことで、もうこのことは触れられたくない事柄だったが・・・執拗に彼は僕を責めている。
言葉で抗うことが虚しくなり僕はダンマリを決め込んだ。
憎悪の眼差しが熱を持って僕を射すくめるがそれさえも、無にするような慇懃な姿勢で、僕は空を見詰めている。瞼を閉じて一歩踏み出した・・・その一歩で僕は瞬間移動し、次の部屋へと移って行った。

 部屋の中央に天蓋付きの大きなベッドがあり、モジリアニーが描く少女にそっくりな女性が規則正しい呼吸をして微睡んでいる。
こんな状況では、犯罪者のように立ち尽くすか?呪いの魔法を解く王子様のように振る舞うか?等と馬鹿な考えが掠めていったが、僕は傍らに座り、彼女の手首を掴んで脈心した。
職業として、それが一番全うなことに過ぎないからだけど・・・彼女の手は異常に冷たかったが脈は正常で呼吸も浅くは無かった。
冷え性?念のために足も触れた。
その瞬間、僕は胸を蹴飛ばされて床に尻餅をついた。彼女は怯える眼で僕を射すくめた。
「おっと、誤解しないでください。怪しいものではありません」
 その言い放った言葉に苦笑しながら、僕は右手を左右に振った。
「誰?」
「 僕は、僕の夢の裡に紛れ込んでいる僕です」
「何、それ?意味がわからないわ」
 彼女は朱色のスリップの紐を肩にかけ直しながら、今一度、値踏みするような眼差し で、じっと見詰め・・・そして笑った。
「確かに、怪しい人ではなさそうね。」
 でも、この部屋には誰にも入ることが出来ないはずよ。どうしてここへ入れたの?」
「だから、僕は紛れ込んだのですよ・・・夢の裡に・・・」
「それじゃ、私はあなたが夢で創り出した存在で、あなたの夢が覚めたら無になるって こと?」
「一瞬にして理解されましたね。でもそれがほんとうかどうかはわからないけど・・・」
「何故?」
「これが夢で、夢を視ている方がほんとうの現実だったりすることもありえるよね。」
「でもどっちでもいい、あなたに会えたから
・・・懐かしい気持ちがするんだ、あなたを視ていると、とっても懐かしい気持ちがね」「ふ~ん。それは勝手だけど・・・今時刻は?」
「多分、この光の強さなら、まだ七時前だと想うけど・・・」
「そう、ありがとう。私シャワーを浴びて着替えるわ。そしてあなたのために朝食をつ くるわ。お願いだからキッチンに行って、美味しいコーヒーを用意して 」
「わかりました。えーーとキッチンは左の部屋かな」彼女の頷きを視て、僕はその部屋に近づき手の形をした古めかしい銅のノブを握手するようにして回して入った。

 すると、そこは陽だまりの草原だった。 Ⅱに続く

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