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長編小説 『蓮 月』 その七

  静一、三度目の夢を視る

 白い砂利道を二人並んで歩いている 二人の影が寄り添うように重なり深くなる 岩の社に向かって歩いている ざくぅざくぅざくぅ・ざくぅざくぅざくぅ 静一は白装束で白の袴を着け 唯は緋色の袴を着けている 二人は歩調を合わせてゆっくりと歩いている 社の岩戸の前に着くと唯が『私が先に入ります 暫くして入って来て下さい 』
『いや、一緒に入りましょう 此処まで来たのだから・・・』
唯はふっと笑顔を見せて 首を横に振り『いや これはこの社に入る約束事 二人同時には入れないの 私が入ったら暫くして扉が開くからその瞬間を逃さず入って下さいね それを逃すと一時間ほど待たなければなりません』
静一は大きく頷き小声で言った 『いいんだね これで・・・』『・・・ええこれでいいんです』岩戸が開かれ 唯はもう一度静一の顔を視つめ中へ入った その場は恐ろしいほどの静寂に包まれていた 開くであろう岩戸を凝視した 暫くして岩戸が開いた 間髪を入れず静一は飛び込んだ中は三間ばかりのほぼ正方形に近い洞窟になっていた 
そしてその両側には左右交互に蝋燭が灯されていた それは正しく光の道と呼ぶに相応しい道であった

 唯が入って五分足らず 早足で歩けばすぐに追いつくはずだと猛烈な早さで歩き始めた
この光の道を歩むのは大いなるモノに祝福されてその灌頂を受けるような晴れがましい気持ちにさせてくれるものだった 前方を歩く足音が微かに聞こえて来た 静一は『唯もうすぐ追いつくよ待ってていて!』とこゝろの裡で叫んでいた 後ろ姿を認めて『唯』と声を掛けながら肩を軽く叩いた 驚いたことに振り向いたのは唯ではなく 母親の初音だった 『あっ』と叫び声を上げ静一は立ち竦んだ 
初音は眉を剃り落とし 白塗りの顔で真っ赤な唇でにゃっと笑った 
そして けたたましく笑い声を上げた

『はっはっははは~~~ひゃっははっはは~~~ お前ごときが唯を救うなんて身の程知らずが だがまあよく此処まで辿り着いたものよ 褒めてやろう だがここまでだ もう遅い 唯は処女のまま供されなければならない宿命背負って生きている
死ぬ訳ではない 十月十日ある存在の為に腹を貸すだけの話よ もしもお前にほんとうに唯への愛があるというなら その子を実子として育て上げ その人生のすべて母子の為に生きねばならない それが出来るか?』 言葉の切れ端が浮かぶが意味を了解することができないまま 処女受胎・十月十日・唯とその子の生活・・・切れ切にイメージが浮かぶが・・・霧の中に浮かぶ影のようなもので輪郭が視えない 
わからない!僕が?この一時で理解するには無理がある 
『だろうなぁ・・・もう一度現実に立ち戻りよ~く考えてみることだ 初音が暫し時を留め置く』そして初音は静一の眉間の中央に人差し指を当てた・・・静一は目覚めた

 ほのかな明るさが部屋を満たしている。ベッドに横たわっている現実感が少しずつはっきりとわかってきた。ふと気がつくと枕元に、便箋が一枚三つ折りにして白和紙の封筒から顔を出していた。文香?爽やかな香りがして・・・呼吸を意識をし、鼻孔にその香りをゆっくりと肺に満たし、深い呼吸を繰り返した。身体の隅々まですべての細胞が起動するような気持ちになり、活力が漲り意識が明瞭ととなった。
ベッドからゆっくりと起き出して座り、その便箋を読んだ。

唯の返歌

     ★白蓮は咲き誇れても須臾が宿命と愛の嘉祥は一日一刻
  
 その歌の文言を呟きながら、シャワーを浴び、素早く身支度を済ませ・・・忍び足で階下に降りた。静まりかえっている和室の紫壇の机の上には、膳が二つ並べてあり、お結びが二個・出汁巻き卵とカレイの一夜干しと果物はキウイフルーツと桃が添えられていた。
厨からお盆に味噌汁を載せて唯が声を掛けた。
「おはようございます。よう眠れはりましたか?」
「はい・・・・・・」
「それはよろしゅおました。気配で起き出されたのがわかったので簡素な朝食を用意しました、どうぞ召し上がっておくれやす」
「ありがとうございます、一緒に食べましょう」「はい」
二人は向かい合って座り、ゆっくり朝食を始めた。どれも全てが美味しかった、何となく懐かしい味がした。唯の気持ちが伝わり、ほんとうに喜びで一杯になったが、夢のことが浮かび、なんとも言えない不安が兆し、笑みが強ばった。唯はそれを見逃さず「どうしはりました?」咄嗟に、話の矛先を変えようと夢の話を語ろうと思い「いえ、何も・・・僕・・・夢をほんとうによく視るんです。でも昨夜視た夢は、あまりにも荒唐無稽で・・・」
「その夢、二人で白い砂利道を歩いて祠の岩戸が開いたら、私が飛び込んで・・・」
「えぇ、どうしてそれを知っているんですか?」唯は少し困った顔をして、ジッと視つめて・・・「理由はわかりませんが、この家のゲストルームに泊まりはったゲストの方で夢を視はると、私は何故かその夢にシンクロナイズして同時体験しますのや・・・信じはりますか?」
唯の言葉に、不思議なことに静一はさほど驚かなかった、むしろあって然るべきだとさえ想ったが、母親初音の言葉が気になっていたので
「それじゃ、お母さんが言った言葉覚えていますか?」
「はい、ちゃんと覚えております」だったら・・・と問い詰めたくなったが、一体全体この鹿海家にはどんな秘密が隠されていて、唯はどういう存在なのかと推理し思考するが・・・もとより答えに近づくことも出来ず・・・困り果てた。静一の考えを唯は透視するように視つめていた。意を決して「唯さんは、そういう(処女受胎と言うコトバを避けたいという気持ちが働いた)宿命の人なんですか?」「さあ、どうでしゃろぅ・・・夢は夢やさかい・・・静一さんが創り出した一つのおとぎ話のように想って視させて貰いました」
「おとぎ話だったらいいけど、とてもリアルなお母さんの発言だったから・・・」「まぁ、詮索してもどうにもなりまへんやろぅ、それより森の中案内しましょうか」
静一は大きく一息ついて「あぁ、そうでしたね 行きましょう お願いします」

 二人は庭に降りたって森を目指して歩き始めた。「毎日森へ行かれるのですか?」「そうどすなぁ、早う眼が覚めた時はいきますなぁ、でも私結構夜遅うまで創作することが多いので、今日は久しぶりですわ」「そうですか、それにしても庭から山へ抜けるなんてすごい」
緩やかな登り坂を数分歩くと、幅が三間ばかりの渓流が視えた、水音がほとんどなく、透明な流れを視ているだけで心地良かった。
そして、小さな朱色の橋が架かっていた。勿論向日葵は咲いてはいなかった。数メートルの小橋を二人が並んで渡りきると、そこからしばらくは竹林の道があり、青々と茂った竹は竹垣のように小道を守っているようだった。

 しかし、この感覚は白い砂利道の道に通ずるモノがあると静一は感じた。程なく祠が視えた、小さいながらも朱色の鳥居が三つ並んで、その奥に祠があり、一刀彫の小さな弁財天の観音菩薩像が祀られていた。
小さな賽銭箱と鈴があり、鎮守の森の神社そのもので、特に変わったことは見受けられなかった。
唯は普通に、二礼二拍手をして祈りを捧げた。静一もそれに合わせて<唯を守って下さい>とだけ祈った。そして、当たりを見渡して「これだけ?・・・」と思わず言葉が出てしまった。静一はばつが悪そうに唯を視つめた。すると唯はふっふっと笑い、左手で左の奥の小道を指さした。それはほんとうに、二人が寄り添ってやっと通れるかどうかの細い小道だった。唯が先頭に立って歩いてくれた。少し歩くと視界が開けて、小さな泉水が視えた。夏の朝の陽の光がその泉の表面を覆っている。太陽を丸々飲み込んだような形で朝陽を受けていた。唯は眩しそうに眼を細めて「丁度この反対側にも同じように泉水があって、それは丁度満月の時、月が真ん中に浮かんで映し出すんどす。朝の日輪の瞑想・夜の月輪観の瞑想が出来るようになってると聞いておりますが・・・」「ふ~ん、其れは凄い!九月の満月の日には、是非月輪観をしたいでものすね」唯は頷き「はい」とだけ言った。「月の泉水も見はりますか?」「う~ん、九月の楽しみにとっておきます。
「へぇ~そういう性格なんどすか?」「いや、深い意味はありませんよ」二人は視つめながら笑った。帰り道、唯の後ろ姿を追いながら考えた考えた・・・夢の世界はネガティブな反転した僕の無意識の世界でしかないのだろう・・・夢はこの現実・・・今の今、和やかに彼女が時折振り返る笑顔や姿を視つめ合っている二人と繋がることはない。
映画の見過ぎ、単なる妄想でしかない。この現実にこそ生きようと決意した。唯のミニクーペで四条まで送って貰い、大文字の送り火の日に又会う約束をして別れた。
                          その八に続く

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