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【書評】「復活力」――運命の女神、彼らに微笑んでくれてありがとう

「運命の女神」という言葉についてこれほど考えさせられた本はかつて無かったかもしれない。
本書「復活力」は、お笑いコンビ・サンドウィッチマンの、子ども時代からコンビ結成、そしてM-1グランプリ優勝に至るまでを、二人それぞれの視点から書いたノンフィクションである。

勝負の世界は厳しい。
起業家、ミュージシャン、芸術家、そしてもちろん芸人も例外ではない。それは、才能に恵まれ、精一杯努力して技術を磨いて、すべてを犠牲にして頑張って、それでもなお報われるかどうかは分からない極めて残酷な世界である、ということだ。

それはサンドウィッチマンとて例外ではなかった。お金がないので家賃6万8000円の板橋のアパートに二人で住み、ネタを作って舞台にかけてはすべり、最初に所属した事務所とはそりが合わず、上京して鳴かず飛ばずの日々を過ごすうちに長く付き合った彼女とも別れざるを得なくなる。最初に定めた期限の3年をとうに越し、30歳が目前に迫ってくると、

選択肢に、「死」が浮かんだこともあった。もともと破滅志向があるから、そっちに引っ張られないよう、頑張ってたんだけど……あの頃は、死んじゃった方がいいかなとさえ思っていた。
そこまで僕は、思いつめていた。

「復活力」ーー富澤たけし、「選択肢に『死』があった時代」より

こんな思いが出てくるようにもなる。

才能がなかったわけではない。厳しいことを言われながらも最初の事務所では実力を認められていたし、追っかけのファンもでき、爆笑を取れるネタもあった。そんな彼らでも、M-1優勝まで、正確には五味一男氏らに見出されてテレビ出演を果たすまでは、食うに食えない状態が続いていたのだ。

しかし、そんな彼らが結果どうなったか。
ラストチャンスと思い、借金までして全てを漫才に注ぎ込んで挑んだ一年の間にテレビ出演のチャンスを掴み、2008年には史上初の敗者復活戦からのM-1グランプリ優勝。以降、漫才コントを続けながら、複数の看板番組を持ち、人気実力ともに最高ランクの芸人と言って間違いない。

運命も縁も、気持ちが強くなきゃ、引き寄せられない。自然の流れとか、偶然の積み重ねで成功した、という考え方に、僕は抵抗したい。
気持ちのない奴に、人生は変えられないんだ。
サンドウィッチマンがM-1で優勝できたのは、4239組の中で、"気持ち"が最も強かったからじゃないか。

「復活力」ーー 富澤たけし、「"気持ち"で引き寄せた、運命と縁」より

個人的なことになるが、私は気持ちがなければ成功しない、という考え方にあまり賛同できない。最も重要なのは運、次に才能であって、正しく努力をして広くアンテナを張り、運を待つことでしか大きな成功は得られないと思っている。

それでも、と思うのだ。
彼らの本物の気持ちには、さすがの運命の女神ですら微笑まずにはいられなかったのではないか、と。

どんなに「震災芸人」「売名行為」などと言われながらも東北の支援を辞めず、M-1優勝前にもらった冠番組だからと、せんだい泉エフエム放送の30分番組「サンドウィッチマンのラジオやらせろ!」をいまだに続けているサンドウィッチマン。2018年以降、好感度No.1芸人であり続け、本当に裏表がなく、悪い噂が一つも聞こえてこないという彼らだからこそ、周囲の人たちも、運命の女神も味方をしたのではないかと。

まれに”選ばれる人”って僕はいると思ってるので
それがサンドウィッチマンのおふたりなのかなっていう気はどこかでしてます

「プロフェッショナル 仕事の流儀」ーー 「サンドウィッチマンスペシャル」、坂上忍のコメントより

「選ばれる」結果を招いたのは、富澤の言う通り「気持ち」だったのかもしれない。成功を引き寄せるくらいの本当の「気持ち」は、もしかすると周囲を惹きつけるのかもしれない。事実いま、多くの人たちを惹きつけ、笑わせ続けているサンドウィッチマンに、嘘がないことを知っているからだ。

一人のお笑い好きとして、こんなに面白い芸人が世の中にいてくれていることに感謝しかない。離れたところに住んでいるからつい忘れそうになってしまうが、彼らが発信し続けてくれるからこそ東北の事を意識し続け、スーパーで福島県産の食材を選ぶことができるようになっている。

文庫版のタイトル「復活力」は、単行本版のタイトル「敗者復活」からとったものだろう。このタイトルだけだと、安易な自己啓発本にも見えてしまう。けれど、「成功してくれてありがとう」と、周囲が感謝してしまうほどの人柄こそが「復活力」の源で、成功するのにもっとも必要なのかもしれない。それが本気の「気持ち」から出てくるものだと、彼らが言うのだからきっとその通りなのだろう。

結局本音、本心は何よりも強い。それを獲得した人には敵わないし、応援したくもなる。それはたぶん、女神にすらも応援させてしまうほどの、最強の力なのかもしれない。
細かい理屈や、こすい戦略などを飛び越えた熱さを感じさせてくれる一冊。

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