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小池陽慈『14歳からの文章術』を読む。

はじめに(読書感想文に「はじめに」をつけるな)

 正直、私の中での文章指南書の決定版は大堀精一『小論文 書き方と考え方』だと思っていたし、今でも思っている。大堀の書では、文章の構成の仕方の基本が学べるのはもちろん、「書く」という行為は「社会と関わっていくこと」に繋がるということも学ぶことができる。私も数年前にこの書籍を読み、社会における格差、環境問題、グローバル世界に対する問題意識を持つことができた。高校生で小論文を勉強したい生徒には間違いなく薦める一冊であり、私自身の文章添削のお手本にもなっている。

 ただ大堀の本の難点を挙げるとすれば、「とにかく難しい」ということである。
 この本が一冊読める力ある人は、そもそもそれなりに書く力と読む力が備わっている。本当にゼロから「書くこと」を学ぼうとしている人にとっては難しすぎる。この難易度の高さから一概にすべての人に薦められるわけではないな、と思っていた。

 そこで出会ったのが小池陽慈(以下:筆者)の『14歳からの文章術』だった。
 結論から言えば、この本は「書くこと」の初学者が文章術の基礎の基礎を学びながら、社会問題に対する視点を持つこともできるという、一挙両得の本である。ただ書けるようになればいいわけではない。なぜ書くのか、書いたことで何が得られるのかということも教えてくれる。

 以下では、『14歳からの文章術』の美点、オリジナリティを大きく3つにまとめ、最後にまた結論に戻っていく。この本の内容に従って書けば、本記事の構成は「話題→結論の先出し→論拠×3→抽象→結論(リフレイン)」になるはずである。

「書くこと」と「読むこと」の統合

 タイトルの通り、本書は「書くこと」のテクニックを磨くためのものである。先述したように、ゼロから「書くこと」を学ぶ人にとっても、親しみやすい内容になっている。まとまった文章を書くことが苦手な人は、そもそもまとまった文章を読むことも苦手だということも往往にしてある。指南書を読もうとしても、その指南書をそもそも読み切るだけの力がない。
 その点、本書の内容は会話調で書かれていて、テンポよく読むことができ、「読むこと」の初学者にとっても良心的な作りになっている。

 しかし、初学者向けだからといって、内容が表層的なものであるというわけではない。第1章の構成の作り方、「抽象」の使い方をはじめ、第2章では指示語・接続表現などの詳しい使い方、単文・重文・複文などの文の構成、隠喩などの修辞技法・語彙の重要性まで詳しく説明されている。初学者だけではなく、文章に書き慣れてきた人にとっても、文章をさらにブラシアップさせるための書として機能するはずである。

 さらに言えば、書き手として構成、指示語・接続表現、修辞技法が使いこなせるということは、そのまま「読むこと」にも繋がる。
 
逆接表現を使えれば、読み手として逆接表現に出会ったときにその書き手の意図もわかるし、自分で抽象表現をまとめることができれば、読んでいる文章のどの部分が抽象度が高いのかがわかりやすくなる。「読み手の気持ちになって書く」ことができれば「書き手になって読むこと」ができるきっかけを掴むことができる(はず)

 筆者の著書である『無敵の現代文 記述攻略メソッド』は「読むこと」のメソッドを徹底的に論じた書である。「書くこと」と「読むこと」という一見対立した行為を扱ったこれら二つの書物ではあるが、比較してみると共通する内容が多く存在することがわかる(「筆者の主張」と「一般論」のズレ、逆説の重要性など)。それだけ、「読むこと」と「書くこと」は表裏一体であるということだ。どちらか一方を磨いても不十分で、この二つを統合して考えた方がよい。
 つまり、「読むこと」と「書くこと」を同時並行で磨いていくことが大切なのである。

対象に向き合う姿勢の獲得

 本書には例文を執筆する「書き手役」が多く登場する。書き手役の年齢も性別もバラバラで、文章を書く目的もバラバラ、テーマもバラバラである。しかし、どの書き手役も「自分が対象としているものと深く向き合おうとする姿勢」を有している。
 自己推薦文を通じて自己と向き合う、読書感想文を通じて文学作品と向き合う、レポートを通じて社会思想と向き合う…それぞれの書き手役がそれぞれの対象と向き合い、解釈しようとしている。そもそも何かを書くときにはこの「対象と向き合おうとする姿勢」が最も重要である。

 例文の中には筆者の社会・学問に対する問題意識が豊富に盛り込まれている。様々な書き手役が書いた例文を読むうちに、本書の筆者がどのように社会と向き合っているかを追体験できることも本書の大きな魅力であり、確固たるオリジナリティである。
 ただ書くのではなく、書くことで対象と向き合い、深く関わっていく。「書くこと」の技術だけではなく、「書くこと」にとって重要なそもそもの姿勢をも学ぶことができる。

「傾聴」実践の書

 本書は学習者のための本という側面だけではなく、授業者・指導者のための本でもある。
 本書は「筆者」(もちろん筆者と「筆者」は違う)が各々の生徒が執筆してきたレポート、文章を添削するというストーリーで構成されている。そこでは「筆者」が生徒に一方的に技術や正解を伝授するのではなく、書き手役自身からより良いアイディアを引き出させたり、書き手役と対話することで書き手役が表現したいことをより深く掘っていく光景が描かれている。これがまさに「傾聴」による添削指導の手本となる。

 特にそれが印象的に描かれているのが、戦争体験の文章を書いた80代女性との対話である。女性が書いてきた文章を読んだ「筆者」は、論拠を複数挙げるために対話を展開して女性の記憶を探ることを試みる。その中から新しいエピソードを掘り出し、論拠として文章に追加することに成功している。ただ一方的に赤をいれて「こうしろ」と言う指導では、このようなエピソードの深堀りは不可能である。
 文書添削はただ「正しい形に文章を矯正する」のではなく、「書き手が表現したいことを適切に表現するためにはどうしたらよいかを書き手と共に考える」ことである。最も尊重されるべきは文章の形ではなく、「書き手が表現したいこと」だ。それを掘り出すためには、傾聴による対話が必ず必要になる。

 もちろん、80代女性のように理想的な対話ができることは本当に少ない。何時間かけて話しても解決の糸口が見つからない添削指導もある。しかし、指導者側が書き手の意見に耳を傾けようとする姿勢を持つことは忘れてはならない。本書はそのことに気づかせてくれる。

強いて挙げるならば…

 このままだとただの礼賛記事になってしまい、おそらく筆者もそれは本意とするところではないと思うので(独断と偏見)、改善点を挙げてみたい。
 こちらも結論から述べると「繰り返し読むときに不便なレイアウトになっている」というものである。果たして本書が持つ上記のような利点・オリジナリティが最大限に発揮される構成になっているのだろうか。

 本書は、最初から最後まで順番に一度読んだだけで用が済む書物ではない。実際に文章を書く中で、アドバイスを求めて何度も読み返されるはずである。しかし、自分が求めるアドバイスが探しにくい構造になっている。
 本書には「文章作法」という文章術のテーマが16個設定されているのだが、その16個のテーマが一覧になっている箇所がない。それでいて、この16個のテーマが不規則に何度も登場する。バラバラに登場する複数のテーマをまとめる部分があった方が、初学者にとっては親切だったのではないか。

 また、第1章は「論理的な文章って?」という節が①〜④まであり、「説得力のある書き方とは?」という節が①、②と続いているのみで、目次を見てもそれぞれの節の中にどんな内容が盛り込まれているかが読み取れない。文章の構成の段階でアドバイスを求める初学者は、また第1章を最初から読む必要も生じる。
 例えば小笠原喜康ら『中高生からの論文入門』(講談社現代新書)の目次には、それぞれの節の見出しに加えて、その節にどんな内容が含まれているかが事細かに書かれている。目次を見れば、どこに何が書いてあるかが一目瞭然であり、論文を書きながらアドバイスを求めるには探しやすいレイアウトになっている。

 もちろん、本書を何度も何度も読むことで文章術を身につける、という使い方もあり得るだろうが、最後にキーワードでの索引をつけたり、「文章作法」の一覧表を付録としておいたり、目次にページ数を割いて細かいキーワードを記しておくという工夫をすることで、初学者にとって、より使いやすい本になったのではないか。

まとめ

 長くなったが、初学者にとってもわかりやすい内容でありながら「書くこと」と「読むこと」の双方を学ぶことができ、書くことだけではなく社会に目を向ける方法も追体験し、さらには指導者にとっても指導法を学ぶことができる書物というのが本書の像である(抽象)。
 書き手役の設定が多様だったように、本書の射程範囲は思っている以上に広い。それが本書タイトルの『14歳から』という言葉の所以だろう。14歳から100歳まで、学習者から指導者まで、書きたい人から読みたい人まで、様々な人の支えになるのが本書である。

 かなりネタバレも含んでいるが、ここまで読んで気になった方はぜひ手にとっていただきたい。買って損なし!

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