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第38回「漁師になったビジネスマンは、漁師だけにとどまらなかった」


 先日、休みで家でゴロゴロしていると、突然のメッセージが届いた。

──ちょっと思いついてさ、今日、そっちに遊びに行っていい? 末娘と一緒に行きます。

 メッセージは佐々木さんからだった。彼とはもう25年以上も会ってなかった。それが数年前、SNSで友達つながりができ、そのときに、彼が今では漁師となっていることを知った。

 佐々木さんは、25年前は、やり手のビジネスマンで、広告屋だったか、プランナーだったか、東京でバリバリに働いており、自分で会社もやっていたかもしれない。

 当時僕は、まだ作家としてデビューする前で、日雇い土工や、コンサート会場の設営、宅配便の仕分けなどのバイトをしていた。海外から本格的に帰国したものの、箸にも棒に引っかからずに、ぶらぶらしながら、たまに働いていたのだ。

 そんな時、よく遊びに行ったのが、東長崎にあった「ギャルギャルハウス」である。命名者は、戦場ジャーナリストの加藤健二郎(現在は日本で唯一のプロ・バクパイプ奏者)で、彼と嫁さんのRちゃんがこの家に暮らしており、子どもはおらず、居候のS君を筆頭に、夜な夜な十人程度は集まって、くだらないおしゃべりをしながら、お茶を飲んだり、腹が減ると、Rちゃんが具なしの焼きそばをこさえてくれて、みんなでがっついて食べていた。

 金はなく、僕のように職業も無きに等しい連中も多かった。まだ誰も、海のモノとも山のモノともしれなかったが、集まって、他愛もない海外の話に終止するのは、抜群に楽しかった。行けば、当然終電では帰れずに、男も女もみんなで雑魚寝した。

 共通項は、バックパッカー、海外放浪、世界を視野に入れた旺盛な知的好奇心だ。

 作家やカメラマン、ジャーナリスト、ライター、イラストレーターを志す者や、すでにファッションカメラマンとして成功し、年収2千万円稼ぐやつもいた。サラリーマンとして大手建設会社に勤めていた女性もいて、僕が日雇いで、南青山の建設現場に行くと、その子が現場監督を務めており、「アーッ!」と指差して笑い合ったこともある。みんな、2~30代だった。

 佐々木さんもそんなメンバーの一人であった。彼との思い出は、カメラマンのFさんが所有する鎌倉の古民家でしばし開かれるパーティーである。東長崎ギャルギャルハウスの住人を中心に、たいていは50人以上の男女が集まり、料理や酒を持ち寄り、その場でカレーを作ったり(佐々木さんのカレーは定番だった。絶対にジャガイモを入れてはいけない)の飲み会をやり、グダグタになって雑魚寝して、翌日は、昼近くに起きて、Jリーグでも観戦し、なんとなく解散である。

 当時、どんな話をしていたのか、ほとんど覚えていないが、くだらなかったことだけは、よく覚えている。だけど、実に楽しい時間であった。

 数年後、僕は作家デビューし、たぶん多くの者が大なり小なり夢をかなえた、ように思う。中には海外で誘拐、監禁され、日本政府から、おまえなんか、もう海外に行くなと、パスポートを無理やり召し上げられたものもいる。そして佐々木さんである。

「東京でビジネスやっているうちに、まじ疲れちゃってさ。四十歳になった頃、湯河原の福浦という漁村に、一軒家を見つけて買った。漁師の人と仲良くもなり、三ヶ月間無給で伊勢海老網漁で修行して、百万円で漁船(写真)と漁業権を買った。最初は、親方の船で漁をして、そのうち自分でするようになったんだが、漁師だけでは金が稼げない。そこで遊漁船ビジネスをするようになって、ようやく食えるようになった」

 漁師は既得権益である。間口が狭い。既得権益を守っているうちに、衰退していっているのは、周知の事実だが、佐々木さんは、逆にそこに入り込んで、人生のチャンスを得たのであった。

 しばらくして、近所で別荘を持っている大学教授と仲良くなり、その別荘の管理を任された。管理しているだけでは何なので、教授が使わない時期だけ使わせてもらえないかと、民泊ビジネスを始める。そして現在、熱海やバリ島にも広げて、国内2軒、海外1軒を経営している。

 Fさんの鎌倉の古民家はスタジオとして確立し、また、当時の遊び仲間や仕事仲間で、何人もがゲストハウスビジネスに乗り出し成功している。

 そろそろフィリピンで新ビジネスに打って出ようとした佐々木さんだったが、コロナでしばしペンディングディングである。

「ゲストハウスもあと2軒はやりたいんだよね。いま10人スタッフがいるけど、もうちょっと儲けてもらいたい。そのためには、物件が出てこないとね。うちの方は、空き家バンクがうまく回っていなくて」

「だったら、下田の空き家バンクのノウハウをこっちで生かせないかなあ。そうすれば、きっと物件も出てくるよ」

「そうなれば、ありがたいなあ」

 というわけで、僕は現在、佐々木さんも巻き込んだ、空き家バンク事業の支店拡大を思案中である。

 25年ぶりの再会が、新たな事業に結びつくとしたら、面白い。

 若い頃は、仲間とバカ話に興じて、遊ぶに限るね。

天恵丸(佐々木さんの遊漁船)http://www.sea-son.info/ship.html

佐々木さんのゲストハウス(湯河原)https://www.airbnb.jp/rooms/18656250?source_impression_id=p3_1598156036_WKy0gpDMfs%2Bm06sf

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