高橋養蜂

第12回「ミツバチランドの開墾が着々と進む」


 高橋養蜂の高橋くんと知り合って、かれこれ三年くらいになるだろうか。

 今でも初めて会ったときの衝撃は忘れられない。

「ミツバチって、農薬が大の苦手で、農薬があるところでは育たないんです。蜂蜜が少くなってきたのは、実はそれだけ農薬に頼った農業が行われているから。フランスでは、農薬を特定し、法律で禁止するようになったくらいなんですよ。ミツバチがいれば、農薬に頼らない安全な農地が増え、すると、当然人間にとっても安全な環境が生まれる。だからこそ、僕はミツバチを大事にしているんです」

 高橋くんは、今から十三年前に下田市内の土地を借り、養蜂業を始めた。七年間は通いでやっていたのだが、祖父の家に移り住み、本腰を入れて養蜂業専業になった。

「でも最初の頃は大変でした。蜂蜜がそんなに売れなくて。だからタケノコの季節には、毎日タケノコばかり食べて、タケノコを直販所に卸して生活の糧にしていたくらいです。そしたら、知り合った人たちが、いろいろな場面で助けてくれて、下田市や静岡県でも支援してくれるようになって、ようやくよくなってきたんです」

 売れない蜂蜜を売るにはどうしたらいいのか?

 これに知恵を貸してくれたのは、駅前で土産物店を経営するNさんである。デザインナーを紹介し、容器やデザインを一変、自らの店で販促も積極的に行った。

 すると、この動きにホテルなどが呼応して、販路が拡大されたのである。今では富士山静岡空港でも売っている。

 一方で、高橋くんは、ミツバチによりよい環境を作るべく、広大な山を借り、そこを一人で開墾し始めた。冬でも暖かく、風が吹かず、外敵も少なくしなければならない。さらに農薬を大量に使う田んぼのそばでは育てられない。

 山に囲まれたやや谷のような地形に、高橋くんはユンボで開墾を始めたのである。かつてはみかん畑があった場所だけに、ミツバチにも環境は良い。ただ昨今は、シカ被害が多く出て、僕が訪れた時には、荒廃していた。

 これを助けてくれたのが、林業を営みながら農業法人もやっているDちゃんである。田舎暮らしの先輩格として、農業法人の社員なども投入してくれ、シカ用の柵を張り巡らした。

 そのうち高橋くんの片腕となる男、Tくんも現れた。週に何度か、T君は道を作ったり、石ころだらけの農地を開墾してくれている。

「僕はここにミツバチたちの楽園、ミツバチランドをつくりたいんです」

 高橋くんは透き通った目で訴える。

 この表情に、誰もが魅了されてしまうのだった。

 まるで少年のように、ミツバチを愛し、ミツバチを愛すること、ミツバチを大切にすることが、人類や地球の環境保全にどれだけ役に立つのか。

「いま、こここにレモンの木を植えているんです。レモンは花を咲かせます。ミツバチの餌になります。そして実をつければ、無農薬のレモンができる。ミツバチは農薬がだめですから、できる作物も自然と無農薬になる。人間にとってもいいでしょ?」

 レモンは風に弱い。だからこれまで比較的風の強い下田では、生育させるのが難しかった。しかし、高橋くんのところなら、風も少なく、日当たりも抜群で、ミツバチにとっての好条件が、レモンにとっても好条件となる。

「それで、地面にはクローバーを植えるんです。クローバーは、花も咲くので、蜜源になります。しかもクローバーは根を張る性質がある。すると、ミミズにとっても好条件な土壌となるのです。ミミズが増えると、ミミズの活動で土壌が改良されていきます。古来からミミズは、大地の耕作者と言われてきたくらいです。土が豊かになれば、もちろんレモンにもいい。レモンやクローバーの花が咲けば、ミツバチが蜜を取りつつ、受粉する。そうすることで、レモンやクローバーの役にも立つ。自然の力を使って、大きな循環となり、それが人間にも恵みをもたらすんです」

 ときに高橋くんは、哲学者のようだった。

 僕は時々、こうして高橋くんの話を聞くのが大好きである。

 彼はミツバチを介して、自然の力を活用しようと奮闘し、そんな彼を支えようと、多くの友が協力している。

 高橋くんの活動そのものが、自然界、人間界の大いなる力を使っているように見えてくる。

「ダイゴさん、春にはレモンが計230本、植え終わります。そうしたらまた来てくださいね。きっと素晴らしい景色になっていると思います」

 三年前は、荒れ果てたみかん畑だったのが、よくぞここまで来たものだと思う。

「でもね、ダイゴさん、僕、田舎暮らしに憧れる人たちに、実は、石を運んだりするのが、そりゃもう大変だぞって、言いたいです。ほんとに大変なんですから」

 高橋くんは少し思案げに、しかし笑いながら言った。

「ミツバチランドが徐々にできていくね」

「そうそう、ヤギも飼いたいと思ってるんです。ヤギは、雑草を食べてフンをしてくれますからね」

 高橋くんのミツバチランドは、どうなっていくのか、すごく楽しみである。

 そうそう、NPOのお店でも、高橋養蜂の蜂蜜やリップクリーム、石鹸を販売しています。もちろん売上はナンバー1。

 最近は、「みかん蜂蜜くださいな」と近所の常連ができたくらいだ。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?