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小説「武光と懐良(たけみつとかねなが)・敗れざる者」22


第四章  暗殺隊


二、


太郎や伊右衛門、弥兵衛たちは急に武光の命令で御所の警備に当たらされた。
何か起きたらしく、親王の親衛隊に協力し、警備を強化することになったのだった。
御所(ごしょ)は守山砦の裏手の山頂、一二六メートルの高台に新築されてある。
山は内裏尾(だいりお)と、御所は雲の上宮(くものえぐう)と呼ばれ始めていた。


6、内裏尾、雲の上宮小



交代制で持ち場を振られ、太郎は御所の縁台下の木立の間に身を置いた。
だが、あまりにも見通しが利かないので、ふと思いついた。
太郎は脇の楠をするすると登りだした。
上の枝分かれした股の間に立てば、守山の砦の建築現場も水場の池となっている崖下の谷も見晴るかせて不審者の発見には最適であると考えた。
御所は武光の心づくしから寝殿作りとなっていて、御座所には御簾(みす)がかけられ、縁台は崖からせり出して守山の主郭(しゅかく)を望め、その向こうに菊池領土西方が大きく広がる絶景だった。脇手を迫間川が流れている。
謁見の間が供えられ、備品類に至るまで、京都御所を模してある。
本城移転工事と共に急ぎ突管工事で建てられたものだ。
だが、上に登った太郎は、思わぬものを見てしまう。
そこからは縁台の向こうにしとみ戸の開けられた御所の奥が丸見えとなっていた。
高燈明の明かりが壁に揺れる影を映し出す。
男と女の影。
その奥の間の御簾で閉ざされた寝室で親王の前に美夜受(みよず)が立っている。
懐良(かねなが)はまるで夜の天女が降臨したかのような感激で美夜受を見上げている。
美夜受は御所の女房らしく着飾っており、ゆっくりと着物をずらしていき、足元に脱ぎ捨てた。懐良は美夜受の美しさに圧倒されてその体中を眺めまわした。
白くなまめかしい裸身が立っている。
美夜受は自ら進み出て懐良を抱きしめ、口を吸い、水干を脱がせていく。
懐良はやっと自らの意思を持ったかのように美夜受を抱きしめ、褥の上に組み敷いた。
胸の丸みに手をかけ、唇を這わせ、身体を合わせていく。
懐良と美夜受は次第に一つの炎と化していく。
股間に異変を起こして腰をくねらせ、太郎は楠の幹に擦り付けて耐えた。
目を離すことができず一部始終を見つめたが、気が付けば涙をあふれさせていた。
(十郎、なぜじゃ!?くそ!)
武光の想い人と思えばこそ、胸の底にくすぶる焔(ほむら)を抑え込んできた太郎だったが、その武光が簡単に美夜受を親王さまに与えてしまい、太郎は愕然となった。
武光の気が知れないと思い、怒りさえ感じたが、郎党風情の口出しは許されまい。
あきらめていたはずだったが、今目の前で親王と美夜受の交わりを目の当たりにして、不条理感にさいなまれ、うわずった。
「盗み見か?」
枝からぶら下がり、太郎の目の前にヒョイと筑紫坊が逆様のおどけた顔を出した。
驚いて木を滑り落ちかけるのを筑紫坊が支えて笑った。
「武光様がお呼びじゃ」

既に陽の名残りは里から消えている。
春近いとはいえ、標高の高い山岳部は陽光がなければ冷え込んで手足がかじかむ。
暗くなるのを待って穴川越えで菊池の領地へ至る杣道(そまみち)を下ってくる男たちのシルエットがある。それが大友の特別暗殺部隊だったが、寒さで動きがぎこちない。
長谷部山城守信経(はせべやましろのかみのぶつね)に率いられた精鋭三十名とその郎党たちだった。
「暗いな」
暗夜とはいえ、菊池側の警戒の目を恐れて松明も焚けず、足場の悪い中を苦労しながらの行軍だ。矢敷宗十(やしきそうじゅう)が道案内に立っている。
「息を潜めよ、まだ先は長い」
先導者宗十のお陰で国境の番所に気づかれることなく穴川の里へ進んでいた。
宗十が手引きをして長谷部山城守信経と手勢を山越えで穴川経由、迫間川(はざまがわ)上流におびき入れたのだ。彼らの計画は長谷部の特別精鋭部隊が菊池領内に侵入し、御所を襲うて親王を殺害、そしてそのまま御所からさほど遠からぬ武光の新邸に向かい、侵入してこれの首を上げる。そのまま迫間川沿いに北上し、穴川を抜けて津江の領地に逃げ込む。
完全にルートは計算されつくしており、菊池の手のものが気が付いて騒ぎ出す前に菊池を脱出できるという段取りだった。
親王と武光の首が上がれば直ちに大友方が動く。
親王と武光の首を取り、それを機に大友は少弐と組んで菊池へ総攻撃をかける。
一気に菊池をせん滅するというものだ。むろん慈春尼の思惑など斟酌(しんしゃく)されてはいない。
「慈春尼様には悪いが、おなごの浅知恵は利用するに限る」
「八蛇(やた)、…いや、今は宗十か、昔からおなごを調略の具にするのが得意であったな」
「ぬしは長谷部山城守様か、…ふふ、よう化けおった」
結果的に慈春尼は利用されて機密情報を敵に漏らしただけ、となってしまっている。
初めから宗十は慈春尼を利用して捨て去るつもりだった。

「おいが暗殺隊を始末する!?十郎、いや武光様、本気か!?」
太郎は武光の奥の間で話を聞かされ、驚いた。
「慈春尼様の周辺を探り、敵の暗殺行動決行の日は三日後と掴んだ、待ち伏せをかけよう」
という筑紫坊。
武光はいたずらっぽく笑いながら太郎に説明する。
「御所や我が邸を襲われては万が一の被害が出ぬとも限らぬ、親王を移動させれば内外に事情が暴かれて大ごとになろう、密かに相手を全滅させ、矢敷宗十は殺さねばならぬ、その遊撃隊を、太郎、おぬしが率いよ」
唖然となって、考えがまとまらない太郎は、答えようがない。
構わず筑紫坊が武光に問う。
「慈春尼様はどう処分しますか?」
慈春尼が小物を使い、御所の間取りや懐良の行動予定、親衛隊士による警護の状況すべてを調べ上げてその情報を流したと判明していた。
親王の御殿内部の間取りなどは極秘扱いとされており、さすがに宗十では手に余ったのだろう、その情報は宗十によって長谷部にもたらされた、と筑紫坊は掴んでいる。慈春尼によってもたらされたその情報を元に、宗十は長谷部と打ち合わせを重ねて計画を練り上げた。その計画が出来上がり、長谷部は出撃の準備を整えたと。
長谷部は大友に計画を上げ、大友主家の了解を得てあるということも、武光には報告が上がっている。おそらく大友方はこれを機に菊池に攻め寄せよう。
絶対にこの襲撃を事前に阻止しなければならない、と武光は考えた。
「慈春の尼か…、それよのう」
武光が思案に顔を曇らせる。
刺客団をどう処理するか、ことに本家が関わっている以上、内部のものの意見は割れる、大事にすれば菊池が分裂してしまう、今それは避けなければならぬ。
敵は排除しなければならないが、そのために菊池が分裂しては元も子もない。
武光には城隆顕がどう出るのか、謎だった。
赤星武貫も同じだ。
慈春尼の勢力が排除されるとなれば、彼らが武装蜂起して武光排除に動きかねない。
そうさせないためには穏やかなうちに事を処理しなければならない。
「武光様」
そこへ猿谷坊が入ってきた。
「刺客団が既に潜入しておりまする」
「今日か!?」
筑紫坊が驚いて見返るのへ、猿谷坊が報告する。
「念のため、配下を分散して山岳部を見張らせおりましたところ、穴川へおり来る武装集団を確認いたしました、およそ三十名にわずかな郎党どもがついておりまする」
「くそ、けん制か、宗十め、日取りの情報を違えて慈春尼様周辺に吹き込んでおいたのだな、引っ掛かったわ、武光様、すぐに親衛隊を動かさねばなりませぬぞ」
筑紫坊に言われて武光は太郎の前に顔を突き出した。
「太郎、相手をせん滅したかじゃ、じゃが、軍勢は出せぬ、おいの絶対に信用できる旗本だけで対処せんけりゃならんわい、使えるものは伊右衛門、弥兵衛達二十名程度、鬼面党の五名を合わせても二十五名、やれるか?」
「待て、な、なんで、おいなんじゃ?」
たじろぐ太郎だが、武光がにやっと笑った。
「手柄を立てれば家持ちにしてやる」
「ぬしは行かんとか?」
「おいは行けん、ことが大きゆうなってしまうでのう、…ぬしが適任じゃ、伊右衛門や弥兵衛を差配してみろ、いつまでわしの従者に甘んじる」
「じゃが」
太郎が首を縮めた。
「死ぬかもしれんな、…そいでもの、生き残れれば家持ちじゃ」
武光が肩をつかんでのぞき込み、笑った。
太郎、その笑顔に励まされて勇を鼓した。
「やるばいた!」
と、鼻息を荒くする。
武光が筑紫坊を見返った。
「筑紫坊、助けてやってくれ」


《今回の登場人物》

〇菊池武光(豊田の十郎)
菊池武時の息子ながら身分の低い女の子供であったために飛び地をあてがわれて無視されて育つ。しかし父への思慕の思いを胸に秘め、菊池ピンチの時救世主として登場、菊池十五代棟梁として懐良親王を戴き、九州統一、皇統統一という道筋に菊池の未来を切り開こうとする。

〇懐良親王(かねながしんのう)
後醍醐帝の末子。南朝巻き返しの最後の希望となって征西将軍とされるも流浪の果てに菊池武光に迎えられ、やっと希望を見出す。武光の支えで九州を統一、やがて東征して皇統を統一するか、九州王朝を開くかの岐路に立たされる。

〇美夜受・みよず(後の美夜受の尼)
恵良惟澄の娘で武光の幼い頃からの恋人。懐良親王に見初められ、武光から親王にかしづけと命じられて一身を捧げるが、後に尼となって武光に意見をする。

〇緒方太郎太夫(おがたたろうだゆう)
幼名は太郎。武光の郎党。長じては腹心の部下、親友として生涯を仕える。

〇筑紫坊(つくしぼう)
幼名を均吾という武光の幼友達で、後に英彦山で修業した修験者となるが、その山野を駆ける技を持って武光の密偵鬼面党の首領となり、あらゆるスパイ工作に従事する。

〇猿谷坊(さるたにぼう)
筑紫坊の相方で、鬼面党の首領の座を引き継ぎ、武光の為に諜報活動にあたる。

〇矢敷宗十(やしきそうじゅう)
あぶれ武者から流れ野ぶせりになった男。

〇伊右衛門
武光(十郎)の家来

〇弥兵衛
武光(十郎)の家来





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