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小説「武光と懐良(たけみつとかねなが)・敗れざる者」21


第四章  暗殺隊


一、


三月の冷え込みの厳しい夜中。
菊の城の奥の間に向かって宗十が行く。
奥の間の内部には明かりがともっており、人影がある。
「宗十でございます」
「お入りなさい」
慈春尼(じしゅんに)の声に導かれて宗十が室内へ入ると、そこには慈春尼と武隆がいた。
「大友勢との手筈が整い申した」
と言われ、慈春尼が暗い目を光らせて問う。
「どう整うた?」
「長谷部山城守信経が手勢三十名と郎党どもを率いて自ら動き申す」
宗十は菊池へたどり着く前、多くの戦場を転々とした野伏せりだった。
戦場を転戦するうち、多くの朋輩ができたが、その中の一人が大友に取り入って領地を賜った。それが偶然にも津江、菊池の国境に隣接した地域であったと知り、いつか利用できるとよしみを通じてあった。そのつながりを今回利用した宗十なのだった。
宗十からその武将、津江を領する長谷部山城守信経(はせべやましろのかみのぶつね)とのつながりを伝えられ、それを使って武光を除こうと持ち掛けられ、慈春尼は考えた末に、結局は乗った。
慈春尼の了承を得て、宗十はひそかに津江へ出向いた。
何度もの打ち合わせを経て、宗十と長谷部に計画が出来上がってきた。
親王牧の宮と菊池武光の暗殺計画だった。
長谷部はすでに大友主家の了承も取り付けていた。
長谷部にしてみれば、菊池入りした牧の宮と菊池武光の首を上げればその実績で大友から領地を増やしてもらえもしようし、出世の大きな糸口になる。
大友としては武光亡き後の菊池の棟梁に武隆を押して恩を売り、菊池という大きな一族を味方につけることができていうことはない、と宗十は慈春尼に説明した。
長谷部によれば大友は至極乗り気になっているという。互いの利害が一致して長谷部と宗十は計画成功の見込みを掴んでいる。そして今夜となっていた。
「穴川奥の国境まで出迎え、道案内を身共がいたします、必ず親王と武光の首をあげてみせまする」
宗十は決然というが、さすがに青ざめて唇をかみしめる慈春尼。
「しくじるでないぞ、万一しくじれば…」
慈春尼は武隆を見やった。
しくじれば武隆も自分も命はない、菊池本家は完全に武光に乗っ取られてしまう。
そんな恐れが胸をかすめたが、執着の思いが勝った。
「本家の血筋こそ守るべき菊池の誇り、…やるしかなか」
「慈春尼様、成功の暁には…」
「お前を一軍の大将に取り立てよう、領地も与えるぞ」
「そのお約束、お忘れくださるな」
宗十がほくそ笑んだその直後、はっと宗十が巻き上げ戸の外へ身構えた。
えっと慈春尼と武隆が身をこわばらす。
宗十が表へ太刀を抜いて身構えると、影がある。
しとみ戸を上げて宗十が表を伺った。
「誰かいるのか?」
闇の中から姿を現したのは赤星武貫(あかぼしたけつら)だった。
「武貫!」
すべて聞かれてしまった、と慈春尼は慌てた。
「…叔母うえ、…何のたくらみぞ?」
「た、武貫、ぬしゃ、何を聞いた?…まさか」
慈春尼は懐剣を握りしめたが、武隆が制した。
武貫は宗十を睨みつけたが、じっと思いを巡らせた。
「武貫、…同盟せよ、我らが企みに乗れ、さもなければ菊池は地に落ちる、よいのか、豊田のこせがれなぞに菊池を乗っ取られて、それでご先祖様に申し訳が立つのか!?」
悲鳴に似た声を出して必死の形相を見せた慈春尼を見やり、武貫は意を決していく。
「…叔母うえ、…味方はせぬ」
「武貫」
慈春尼が哀れを乞うように身をよじって進み出ようとした。
それを制するように武貫が言う。
「おいは何も知らぬ、何も聞かなんだ、…そいでよかじゃろう」


10、菊ノ城の館小


雲間がくれの月が中天にある。
菊の城の裏手からそっと抜け出す黒い影がある。
赤星武貫が一人、深川の港の外れに係留された小舟で赤星の館へ帰ろうとしている。
湊へ通じた菊の池の森脇の道辺りで赤星武貫の前に黒い影が立ちふさがった。
「!」
赤星武貫が佩刀に手をかけて身構えるが、月明かりに浮かび上がった相手は城隆顕だった。
「城どん?…こげな時刻にこげな場所で、お前さあはなんばしよられっと?」
「ぬしこそ何を企む?」
む、となる武貫に、城隆顕(じょうたかあき)が鋭い目を向けた。
「…菊池は今が運命(さだめ)の別れ時、…誰かがひと手間違えれば没落をまねこう、…おぬし、慈春尼様、…他にも誰かおるのか、…何か企んでおろう、…あぶなか真似をしようというなら、おいは黙っては見ておれんぞ」
「…ぬしゃ、武光に与(くみ)するものか?」
「…そうとは言うておらんばいた、…わしにはまだ武光が見え切らん、…必要ならあ奴を斬るもやぶさかではなか、…じゃが、うかつな真似はあ奴を滅ぼすだけではすまぬ事態も引き起こしかねぬ、…何か企みおるのなら、まず明かせ」
「いやじゃというたら?」
城隆顕が間合いを測って身構えた。
赤星武貫はさっと太刀を抜き合わせる。
「…ぬしゃ指揮官として秀でておる、じゃが、組み打ちとなればおいは引けを取らぬ、…そいでもやるか?」
城隆顕がふっと笑った。
「…おいの太刀筋を、ぬしは見たこつがあるまい、…おいの太刀は早かぞ」
そう言われて赤星武貫の顔から表情が消えた。
武貫が太刀を上げていく。
弧を描く刃に月光が反射する。
太刀を上段に構えながら、赤星武貫が飛び込める体制に腰をかがめる。
それへまっすぐ向かい合いながら、城隆顕は足幅を詰める。
互いに相手の気を見ながら、一瞬の攻防に移れる体制となった。
武貫が脂汗を浮かび上がらせながら、あくまで強気に言う。
「おいは何もせんが、邪魔立てもせぬ、……ぬしも手を出すな」
「…何をする気か言え」
双方が自分の間合いに引き込もうと、じりじりと駆け引きをする。
城隆顕の手が瞬時に太刀を鞘走(さやばし)らせようとしている。
殺気が充満し、闇の中の虫たちまで息を殺した。

同じ頃、座禅する武光の姿が闇の中にある。
迫間川(はざまがわ)の断崖を背にした武光の新邸奥の間だ。
近頃武光は再び不眠に悩まされていた。
クーデターの噂は常に囁かれ、表に親しい口をきいても、その人物が武光打倒の計画をひそかに進めていると、筑紫坊からの報告で聞かされた。
それを聞かされればすぐにその相手の屋敷に出かけ、どこまでも明るく談笑することで相手に圧をかけ、計画を捨てさせた。
包み込むことで敵意を削いだ。
だが、そのやり方は慈春尼や赤星武貫の冷たい視線の前には通用しない。
頑固一途な赤星武貫はいつか反旗を翻す可能性が高い。
武光が一番警戒したのは城隆顕(じょうたかあき)だった。
一族中最高の軍略家で、いくさを采配させて右に出るものはないという。
木庭(こば)を領地とし、守山の城とは目と鼻の先に木庭城を構えて揺るがぬ地位を誇ってきた城一族。木庭城は城隆顕の采配で縄張りを変更し、木庭城の虎口(こぐち)の固めは群を抜いた結構であるという。噂によれば、どうやら武光と同じく、楠木正成の城塞運営を研究し尽くしているらしい。それで守山城のみならず、惣構えの作事奉行に任命し、采配をゆだねた。
武光はすでに惣構えの建設について城隆顕を用いている。
筑紫坊は城隆顕を警戒し、作事奉行への任命を反対したが、武光は城隆顕を選んだ。
もっとも能力のあるものを立てなければ一族の人材を使い切ることはできない。
配下の人材を使い切らなければ棟梁としての成果は出しえない。
その最高能力のものに裏切られるなら自分の棟梁としてのえにしは尽きる。
それは賭けともいえたが、あえてそこに活路を求めるしかない。
不安、リスクに真っ向から立ち向かう、それが武光の流儀だった。
だが、城隆顕は正体を見せない。本音が見えず、最も危険な相手と思えた。
武光は恐れを知らぬ勇者ではあったが、人間というものは色々あるようでも、おおよそのところで精魂に大きな差はない。
現在意識に恐怖がなくとも、潜在意識にあったり、意識のうちから恐怖を締め出すことに九分九厘成功していても、その場合は肉体上に異変が現れたりする。
武光の場合は菊池統率のプレッシャーがかかって、夢を見るようになった。
かつて博多の夜、父武時の見せた笑顔とともに、悪魔のように笑う少弐貞経の姿が毎夜表れて武光を苦しめた。その夢は子供の時と同じ怖さを武光にもたらし、うなされて汗をかいた。少弐貞経(しょうにさだつね)の顔は武光にとって恐怖のシンボルとなっている。
次第に睡眠不足となって、武光は座禅に解決を求めた。
だが、昔と同じで、いくら座っても悟りは得られず、無念無想にはなれない。
乱れる心は単なる煩悩だと断じ、座ることによって押さえつけようと格闘した。
そんな乱れた心に、恐怖心とないまぜに美しい人が二人浮かび上がっては消えた。
一人は美夜受(みよず)だった。
もう一人は牧の宮懐良親王だった。
なぜその二人が交互に浮かび上がり、そのたびに胸が切なく締め付けられるのか、武光には分からなかった。嫉妬なのか。何にせよ、恐怖や不安、欲望や思慕、甘い感傷、そんなものが入り乱れて武光は乱れた。自分で自分の想いを制御できず、呼吸にまで支障をきたし、喘いだ。
表に気配がして、武光は救われたと思った。
脳内を駆け巡る煩悩の迸りに、血が逆流するのではないかと恐れたところだった。
「筑紫坊か」
音もなく筑紫坊が滑り込んできた。
今日は背後にもう一つの人影を連れている。
「そ奴は?」
「こいは鬼面党の諜者で猿谷坊と申す、こやつからご報告が」
「申せ」
猿谷坊が口を開いた。
「…我らに見逃しがあり申した」
「見逃し?」
「商人たちと接したりする武士どもの動向は見ておりましたが、郎党や家作人まではぬかり申した」
「とは?」
「ご本家の慈春尼様に矢敷宗十という用人がございます、その矢敷宗十という男は猟師や炭焼きに姿を変え、穴川や八方が岳方面の杣道(そまみち)を用い、他領へ出入りをしておる様子」
「…慈春尼様の用人か」
筑紫坊が猿谷坊を補うように言う。
「…元は野伏せりとの触れ込みでしたが、変装の巧みさや杣道の使いようなど、おそらくそもそも諜者を生業とせしものではないかと」
「他領とは?」



《今回の登場人物》

〇菊池武光
菊池武時の息子ながら身分の低い女の子供であったために飛び地をあてがわれて無視されて育つ。しかし父への思慕の思いを胸に秘め、菊池ピンチの時救世主として登場、菊池十五代棟梁として懐良親王を戴き、九州統一、皇統統一という道筋に菊池の未来を切り開こうとする。

〇城隆顕(じょうたかあき)
菊池一族の別れで城一族棟梁。抜群の軍略家で有能。最後まで武光に夢をかける。
知的な武将。

〇赤星武貫(あかぼしたけつら)
赤星の庄の棟梁。菊池一族の重臣で、初めは武光に反感を持つが、後には尊崇し、一身をささげて共に戦う。野卑だが純情な肥後もっこす。

〇慈春尼(じしゅんに)
武重の妻、息子の武隆を一五代棟梁に望み、様々に画策する。

〇菊池武隆
武光の兄。慈春尼の息子で、第一五代を狙う。

〇矢敷宗十(やしきそうじゅう)
あぶれ武者から流れ野ぶせりになった男。

〇筑紫坊(つくしぼう)
幼名を均吾という武光の幼友達で、後に英彦山で修業した修験者となるが、その山野を駆ける技を持って武光の密偵鬼面党の首領となり、あらゆるスパイ工作に従事する。

〇猿谷坊(さるたにぼう)
筑紫坊の相方で、鬼面党の首領の座を引き継ぎ、武光の為に諜報活動にあたる。





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