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小説「武光と懐良(たけみつとかねなが)敗れざる者・13


第2章  菊池奪回戦


五、

武光ら豊田勢が菊池本城菊の城を襲っているその頃。
恵良惟澄(えらこれすみ)が夜戦をかけて手勢五百騎で竹迫城を攻撃している。
竹迫城(たかばじょう)は菊池からは目と鼻の先、合志(こうし)郡の竹迫に築かれた城だ。合志一族の本城で、ここから合志一族は領地経営をしている。
恵良惟澄の地元御船からは菊池へ向かう途上にある。
惟澄は干し草を山と積み上げて火を放ち、場内からの討手をけん制しながらやたらに騎馬武者を駆けまわらせ、気勢を上げさせた。本気で攻撃する気はない。
「騒げ、騒げ!十郎の門出の祝いじゃ、思い切り騒ぎ立てろや!」
城内の混乱と慌てぶりが向かい陣にいても伝わってくる。
それを見やりながら、うふふと笑う惟澄。
竹迫城の背後を探らせていた物見の兵から数刻前に報告を受けていた。
「城の背後から早馬が駆け出て行き申した」
「行ったか、本城が危ないと城内のものを蒼ざめさせ、菊池の合志幸隆に伝令が走ればそれでよか、…十郎は策士じゃ」
十郎は菊池の本城に合志幸隆の首を狙って特別隊を組織したが、失敗した場合に備え、合志一族の本拠を惟澄に攻めさせ、その伝令を持って撤退させることを図っていたのだ。
伝令出発の報告を受けたのが数刻前のこと。
「敵の伝令は今頃は菊池深川にたどり着いて居りましょう」
副将にそういわれて、十郎の手腕を面白がっていた惟澄が我に返った。
「分かった、ぼちぼち撤退しようかの」
十郎、うまくやれ、と笑う惟澄。

その翌日―。
颯天(はやて)も足場の悪い山岳部では飛ぶように疾走するという訳にはいかない。
鷹取城へ向かっている颯天の十郎と騎馬の筑紫坊、そして徒歩の太郎だ。
太郎がふうふう言いながら駆けて追う。
「危なかったのう、間一髪で全滅の憂き目を見るところじゃった」
「菊の城から合志幸隆は追い払え申したが、首を上げることはできませなんだ」
均吾の筑紫坊は十郎に対して言葉を改めている。
「なに、本城を奪い返したのじゃから、手土産は十分」
迫間川沿いの小道から岩場を超え、大木戸前で豊田の十郎と叫んで大門を開けさせた。
そこから山城を背後にした御屋形前へ進むと櫓の上から矢をつがえた兵士に誰何された。「何者か!?」
「豊田の十郎、見参!」

37、染土城小


十郎主従は一の廓(くるわ)の詰め本陣へ案内された。
そこには城代の原田左門兵衛、寺尾野八郎達、慈春尼(じしゅんに)と武隆(たけたか)、そして十四代当主武士(たけひと)がいた。
赤星武貫(あかぼしたけつら)、武澄(たけすみ)、武尚(たけひさ)、武義(たけよし)らはそれぞれ反撃の為の兵の準備や情報収集のためにこの城を出ていて今はいない。
「菊の池の本城を取り返したと?」
「おまんがか?」
あまりの思いがけない報告に、唖然となって顔を見合わせた一同。
「菊の城に火をかけたのか、豊田の十郎、おまんは誰の許しを得てそがいな真似を!?」
慈春尼が激怒して腰を浮かしたが、十郎は平然と見返す。
「屋敷はふるうござった、そろそろ立て直しの時期かと」
「なんてや!?」
あまりに人を食った物言いに、慈春尼はわなわなと震えて後の句が継げない。
「まさか本家の城に火を放つとは、思い切った手を打ちよるわい」
武澄は呆れ果てながらも半分は感心していた。
菊池本城から合志勢が引き上げていき、豊田の武士たちや鬼面党の面々は城を確保して詰めている。だが、まだ菊池の各地には敵勢が盤踞(ばんきょ)しており、いくさは続いている。十郎は武士ににじり寄る。
「合志幸隆は竹迫(たかば)城に引き揚げたつが、まだ、敵勢力は菊池中にたむろしておる、打ち払うべし、棟梁(とうりょう)、戦術や如何に?」
「そ、それは」
青ざめた武士の顔色を見て、十郎は内心、にやりと笑った。
「腰を抜かしておらるっとか?」
「庶流末端の分際で、棟梁に向かってなんち口をききよるか!」
菊池分家の立場を持つ武将として寺尾野八郎が怒鳴りつけた。
だが、十郎は意に介しない。
「武家方に与(くみ)する部族は周囲に数知れず、時が経てば奴らに加勢が増え、それだけ奪回が難しゅうなろう、すぐさま反撃すべし」
「し、しかし」
武士はもはやノイローゼ寸前で、判断力を失っている。
じっと見ておもむろに十郎が言う。
「よか、菊池本家の手勢はわしが率いる」
十郎が軽く言い放った言葉は再び全員を唖然とさせた。
「そぎゃんこつは私が許さんばい」
本家に対等な口を利く末端の妾の子を慈春尼が睨み付けた。
だが、十郎は無視して続ける。
「武澄兄者、全軍へ書面をもって通達をよろしく」
武澄が返事をする前に、表廊下に平伏した筑紫坊に向かって言う十郎。
「筑紫坊、武尚殿と武義殿に伝令を出せ、わしが指揮をとるゆえ、深川湊に合流せよと、他家の武将どもには敵の動きを逐一わしに報告させよ、と、これも武尚(たけひさ)殿、武義(たけよし)殿にお伝えしておけ」
「十郎、なに勝手な指図を、分をわきまえよ!」
慈春尼が金切り声を上げるが、武澄がこれを抑えた。
「良い、十郎、そのようにせよ、ぬしの言うとおりにしよう」
「武澄、お前はいったい!?」
慈春尼が気色ばむが、武澄が穏やかなまなざしでいう。
「火急の際じゃ、母上、まずは菊池を取り返すことが肝心でござるぞ」
武澄にそう言われて、寺尾野八郎にも原田城代にも、慈春尼にも言葉はない。
筑紫坊は既に姿を消し、太郎だけが平伏して表廊下に残っている。
「太郎、深川に帰るぞ」
もう腰を上げた十郎を、武士が卑屈な表情で見上げる。
次の瞬間、十郎は得意満面、いたずらっこのような笑顔でにっこり笑って見せた。
「棟梁、あとは任せない」

深川からさほど遠くない西寺から広瀬へかけての菊池川ほとりで、合志勢と反撃に出た菊池軍の激突が展開されている。
幸隆から後を任された合志の主力部隊が新たに展開し直そうとするその動きを掴んで、その阻止に出た赤星一族の勢力だった。
「こなたは赤星一族、赤星有武が一子、赤星武貫(あかぼしたけつら)ぞ、手柄が欲しくばわが首、打ち取って見せよ!どやつも一騎打ちの勇士はおらんのか!?」
古風に喚きながら指揮を執るのは鍬形兜(くわがたかぶと)に大鎧で武装した、ひげ面が仁王の様相を見せる巨大漢、赤星武貫だ。
「者ども、我が赤星館を何としても取り返せ、蹴散らせ!引くなよ!押せ!」
武貫は武辺一辺倒の家の子で、豪遊無双で鳴らした家臣団の雄だった。
何者かが菊の城に合志勢を襲い、なぜか合志勢が移動を始めたという状況だけは掴めていたが、誰が何をどうやってこの事態を引き起こしたのかを赤星武貫はまだ知らない。
武貫の一歩も引かせぬ号令で、赤星の将士たちは死に物狂いで敵に打ちかかる。
激しい乱戦が展開されている。
だが、相手の勢力が多すぎて、次第に押されてゆく。
「くそ、合志勢だけならともかく、川尻勢や宅間勢までおっては、わしらだけでは」
その時、脇手の丘の上に颯天が姿を現す。
その鞍上で十郎が叫んだ。
「武貫どん、待たせたのう」
「なんか、あやつは」
十郎が背後に向かって叫ぶ。
「赤星に加勢せよ!回り込んで挟み撃ちにせい!」
その声を聴いて並び鷹の羽の軍旗が揺れながら見え始める。
丘の向こうから姿を現してくるのは菊池本家の軍勢だった。
一気に馬を駆けさせ、合志勢の背後に回り込んで行く。
「あれは、菊池本家の手勢、なんしたこつかい!?」
武貫は驚くが、その間にも菊池本家の手勢は合志勢に打ちかかっていく。
慌てて混乱した合志と宅間、川尻勢たちが押され敵の勢いはそがれた。
相手方の武将が次々と討ちとられていく。
十郎は全身に暴れることの楽しさを表現して颯天を駆る。
打突を繰り返して敵を倒していく十郎だった。
「うおうりゃああーっ!」
ぬけのいい気合が発せられる。
颯天の体の頑健さ、気の強さに相手が当たり負けして転がり落ちる。
十郎がそれへ抜いた太刀を打ち下ろして斬撃する。
赤星武貫はそれを横目で見ながら、内心舌を巻いた。
「強か、顔に見覚えがあるが…?」
十郎に続くのは豊田の郎党達で、伊右衛門や弥兵衛たち豊田の侍たちは誰もが技よりなにより、勢いで勝負した。百姓仕事で培った体力もものをいう。
武士同士、共に転がり落ちれば重い鎧で動きは取れず、鎧が重装備なので太刀も使えず、組み打ちとなって鎧通しで鎧の隙をついて刺し殺す。
それでも相手が生きて暴れていれば、追いついた徒歩の郎党たちが襲い掛かって薙刀やこん棒で滅多打ちにして殺す。豊田の男たちは強い。
太郎も必死で駆け、戦った。
首が欲しかった。
家と馬が欲しい、従者を持つ身分になりたかった。
颯天と共に小回りしながら激しく戦う十郎の姿を見て赤星武貫はあっとなった。
「本家の納屋で寝泊まりする豊田のこわっぱか!?」
と驚く。
敵勢が完全に圧されて足並みを乱したとみて取り、武貫へ颯天で駆け寄る十郎。
「久しぶりじゃの、武貫どん」
軽く声をかけられて、武貫は真っ赤な顔になって鼻息を荒くした。
「豊田のこわっぱが、おいをどの呼ばわりとは、分際を知れ!生意気な!」
赤星家は菊池本家に何度も嫁を出して来て、親戚筋では最上位の誇りを持っている。
慈春の尼も赤星家出身だ。武時公の実子とはいえ、諸氏末流なぞ歯牙にもかけない。
だが、十郎はけらけらと笑って問題にしない。
そこへ新たな勢力が寄せてきた。
十郎と武貫がはっと身構えて見返るが、旗印は並び鷹の羽、菊池本家のものだった。
筑紫坊から事態を報告され、武尚や武義などの手勢が集結して来たのだった。
武光たちのところに馬で駆け寄せてくる武尚(たけひさ)と武義(たけよし)。
両者とも若手の流行りで大兜はつけず、折れ烏帽子(えぼし)に鉢巻を巻いている。
「十郎どん!」
「十郎兄者!」
「武尚どん、武義どん、元気じゃったつか、久しいのう」
若い武尚と武義は、幼いころからの遊び友達、同世代の異母兄十郎に親近感を持っており、素直に加勢を喜んでいた。
本城奪回の手柄も聞いている。
「合志勢を叩き出されましたな、十郎どんはすごかあ!」
「豊田では恵良惟澄さまと組んで暴れ回っておられるそうじゃなかか」
「十郎兄者が帰ってくれたなら心強い、合志幸隆めも慌てましつろう」
「ぎゃんこつぎゃんこつ、こいを機に、武家方なぞ、蹴散らしてくれようわいの」
たちまちとろけるような笑顔を見せて、調子づく十郎だ。
「わははは、こんさきは大船に乗った気で、おいにまかせときない」
十郎の胸には黒い奔流のような胸の高まりがあった。
いよいよじゃ、と十郎は思った。
親父殿、菊池を頼むと申されたな、わしはわしのやり方で菊池を背負うて行く、見てござれや、と、二〇の青年武将が不敵に笑った。


《今回の登場人物》

〇菊池武光(豊田の十郎)
菊池武時の息子ながら身分の低い女の子供であったために飛び地をあてがわれて無視されて育つ。しかし父への思慕の思いを胸に秘め、菊池ピンチの時救世主として登場、菊池十五代棟梁として懐良親王を戴き、九州統一、皇統統一という道筋に菊池の未来を切り開こうとする。

〇恵良惟澄(えらこれすみ)
阿蘇大宮司家の庶子として阿蘇家異端の立場に立ち、領地が隣り合った武光との絆に生きる道を探そうとするが、阿蘇家のため、武光に最後まで同行することを果たしえず終わる。

〇菊池武士(きくちたけひと)
菊池第一四代棟梁。武光の兄。落ち目の菊池を支えきれず仏門に逃避する。

〇菊池武澄
武光の兄。初めは武光の一五代に疑念を示すが、やがて腹心の武将として一身を捧げる。

〇菊池武尚(きくちたけひさ)
武光の兄弟。高瀬家を起こし、武光を助ける。

〇菊池武義
武光の兄弟。

〇赤星武貫(あかぼしたけつら)
赤星の庄の棟梁。菊池一族の重臣で、初めは武光に反感を持つが、後には尊崇し、一身をささげて共に戦う。野卑だが純情な肥後もっこす。

〇慈春尼(じしゅんに)
武重の妻、息子の武隆を一五代棟梁に望み、様々に画策する。

〇緒方太郎太夫(おがたたろうだゆう)
幼名は太郎。武光の郎党。長じては腹心の部下、親友として生涯を仕える。

〇筑紫坊(つくしぼう)
幼名を均吾という武光の幼友達で、後に英彦山で修業した修験者となるが、その山野を駆ける技を持って武光の密偵鬼面党の首領となり、あらゆるスパイ工作に従事する。

〇伊右衛門
武光の家来

〇弥兵衛
武光の家来

〇原田左門兵衛  染め土城城代

〇寺小野八郎  菊池一族重臣











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