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第5回 『なにせにせものハムレット伝』


2幕2場

今回登場する人物

クローディアス・・・・・・・クマデン王国国王、ハムレットの叔父
ガートルード・・・・・・・ クマデン王国王妃、ハムレットの母
ポローニアス・・・・・・・ クマデン王国の宰相
オフィーリア・・・・・・・・ ポローニアスの娘
ローゼンクランツ・・・・・・ ハムレットの幼少期の友人
ギルデンスターン・・・ ・・・ハムレットの幼少期の友人
貴族

森の妖精(語り手): 最近、エルシナノ宮殿では、ハムレットさまの奇妙な振る舞いが、うわさになり始めています。どうやら、作戦開始のようですね。はてさて、おだやかな午後のひととき、国王の相談役のポローニアスが、お部屋でくつろいで新聞を読んでいます。それとも、居眠りしているのでしょうか。とっても気持ちよさそうですね。あ、そこに娘のオフィーリアがやってきました。あとはご覧になってのおたのしみ。

オフィーリア: 父上、ハムレットさまが大変でございます。

ポローニアス: (目を覚ます)ああ、オフィーリアか、ど、どうしたんだ。またハムレットさまがオムライスを持ってやって来たというのか。

オフィーリア: いいえ、今回は何もお持ちではありませんでした。

ポローニアス: なんだかよく分からんが、とにかく言いつけどおり、きちんと、お断りしたんだろうな。

オフィーリア: それが、私が気づいたときには、もう部屋のなかまで入っておられたのです。しかも、そのお姿があまりにも異様でしたので、すっかり気が動転してしまい、身動きはおろか、一言も口をきくことができませんでした。

ポローニアス: 一体、どんなご様子だったというのだ。

オフィーリア: ハムレットさまは、手も腕も口もケチャップまみれで、真っ赤になっておりました。ご自分でおつくりになられたオムライスを、手づかみで食べてしまったかのようでした。そう、体じゅうが真っ赤に染まって、まるで殺人犯のようなお姿でした。

ポローニアス: 最近、ハムレットさまのご様子が、以前にもまして、おかしくなったと、うわさには聞いておったが、それほどまでにひどいとは思っていなかった。何か対策を講じねばなるまい。もう一度確認するが、それは本当に間違いないのだな!

オフィーリア: ええ、もちろんです。間違いなくケチャップでした。血ではありません。

ポローニアス: (オフィーリアの両手が赤く染まっているのに気づく。)ああ、オフィーリア、その手をみせてみろ。真っ赤じゃないか。一体どうしたのだ。ケガでもしたのか。すぐに医者にみせなくては。さあ、行こう。

オフィーリア: これは血ではありません。このように、指ですくってなめてみますと、ゆたかな風味と深みのあるお味がいたします。ハムレット様がケチャップまみれの手で、私の手を握りしめたので、私の手までもが、このように真っ赤に染まり、まるで殺人の共犯者のような姿になってしまいました。

ポローニアス: 本当に、ケチャップなのか。どれ、一口。(オフィーリアの腕からケチャップを指ですくってなめる)うん、なるほど。たしかに、濃厚でコクのある味だ。なかなか良い素材をつかっておるな。いやいや、そんなことはどうでもいい。ハムレットさまが真っ赤なケチャップまみれのお姿で、娘の部屋にあらわれた。これは尋常じんじょうではない。うーむ。ところで、おまえ、最近、殿下に何か特別なことを言ったりしなかったか。

オフィーリア: いいえ、お父さまの言いつけどおり、すべてお断りいたしております。

ポローニアス: なるほど、そうだったのか。それこそが原因だったのか!殿下は、恋の病におちいっていたのだ。それもかなり重症のようだ。私としたことが、おまえのすこやかな成長を願うあまり、判断を誤ってしまった。だが、もう心配ない。あとは、私に任せて、おまえは奥で休んでいなさい。すぐもどる。

オフィーリア: 仰せの通りにいたします。ああ、この手の色は、まるで、洗っても、洗っても、消し去ることができない罪の証のよう。ああ、気が狂いそう。(退場)

ポローニアス: 間違いない。ハムレットさまは、娘に失恋してしまったと思い込んで、オムライスをやけ食いしてしまったのだ。思い起こせば、私にもほろ苦い思い出がある。あれは、大学3年の春のこと、失恋の痛手により、マシュマロをやけ食いしてしまったのだ。なぜ、マシュマロだったのかは憶えていないが、その後、数日間、胸の苦しさに悩まされつづけたのだ。しかし、それが食べ過ぎによる胸焼けなのか、失恋による胸の痛みなのか、当時の私には分からなかった。いや、今でも分からない。いいや、そんなことはどうでもいい。ああ、何ということだ。一刻も早く、国王陛下にご報告しなくてはいけない。急がねば。(退場)

2幕3場
宮殿の広間。国王クローディアスと王妃ガートルードが、臣下からの報告を受けている。ポローニアスが息を切らしながら登場する。

ポローニアス: フー、フー、へー、へーか、陛下~。急いで階段を上ってきましたので息が切れてしました。ヘークシュン。陛下、ぜひとも、至急、お耳にいれておかねばならぬことがあります。なな、なんと、ついに、ハムレットさまのご不調の原因が究明されたのであります。まさに、究極の真実が明らかになったのです。

クローディアス: そう簡単に分かれば苦労はないがな。まあよかろう。とりあえず、言ってみろ。

ガートルード: 私には、父親の死と、私たちの早すぎた結婚以外には、理由がないような気がいたしますが。

クローディアス: ポローニアス、とりあえず先を続けてみろ。

ポローニアス: そもそも、この私、陛下のお幸せを願い、日々、精進しておるところでございますが、この度、ハムレットさまのご不調に関しまして、全くをもって間違いのない真実を解明いたした次第でございます。今どきの、若者の言葉でいえば、ちょー真実、いやマジ真実を解明したのです。

クローディアス: 前置きはいいから、早く要点を話してみろ。

ポローニアス: ハムレットさまの、やまいは世界じゅうのどんな名医でも治せない、人類ほぼ最古の病、すなわち、恋の病、ラブの病、アモールの病いなのでございます。いや、これが全く、つける薬のない病いでありまして、何とかせねばならぬと考え、陛下にご報告にあがったという次第でございます。

クローディアス: まあ、そのような可能性も、全くないとは言い切れぬが。

ポローニアス: もし、間違っておりましたら、私の首にしていただいても結構でございます。

クローディアス: え、本当にいいのか。よくぞ言ってくれた。最近、宮廷の人件費がかさんでおるのでな。経費削減のためにも、ぜひともおまえに・・・。

ポローニアス: いやいや、喩えでございます、喩え! それほどまでに自信があるという意味でございます。

クローディアス: 冗談だ。とりあえず、その真実とやらを詳しくおしえてくれないか。

ポローニアス: 1週間ほど前のこととなりますが、我が純真で誠実なる娘オフィーリアが、ハムレットさまと健全かつ公明正大なおつきあいをしていると、報告してまいりました。我が娘の初恋の話を聞き、やや複雑な心境となったことは言うまでもありませんが、娘とハムレットさまとの間には、超えがたい身分の差がありますので、陛下の忠実なる家臣であるこのポローニアス、心を鬼にして、娘にハムレットさまとのおつきあいを禁止したしだいでございます。ところが、ところが、その結果、ハムレットさまはつれない態度に傷ついて、精神に不調をきたしてしまった、というわけなのでございます。

クローディアス: 出来すぎた話のようにも聞こえるが。

ポローニアス: にわかに信じることができないのも当然でございます。それを見こして、有能なる家臣ポローニアス、ここに物的証拠をもって参りました。

クローディアス: 証拠か、なるほど。それは一体何だ。

ポローニアス: ハムレットさまが娘に渡した手紙でこざいます。まあ、はっきり申しあげるなら、ラブレターでございます。私が読み上げてさしあげましょう。「我が美の女神、いとしのオフィーリア」、ああ、なんて恥ずかしい文章なんでございましょうか。ま、それはさておき、先を続けますと、

君の誕生日には、必ず手紙を書くよ、オフィーリア
誕生日でない日にも、毎日送るよ、ラブレター
そして、いつか、結婚しようよ、オフィーリア
ああ、あと何通手紙を書いたら、結婚できるか、オフィーリア
指折り数えて、待っている  
ああ、美しい、オフィーリア、ぼくは君を愛している
お昼になったら、また手紙を書くよ、オフィーリア
午後になったら、また会おう。それまで、しばしの別れだ、ハムレット

クローディアス: うーむ。本当にハムレットが書いた手紙なのか。信じがたい。

ポローニアス: 紛れもなく、そのとおりなのでございます。このとおり、ハムレットさまご自身の肉筆でございます。

ガートルード: 確かに、筆跡はハムレットのものです。間違いありません。けれど、文体はあの子のものとは、かなり違うように思います。何というか、軽薄というか、ふざけて書いたような印象すらうけるのですが。

ポローニアス: 「恋は人をヘボ詩人にする」と、いにしえの詩人も申しておるところでございます。恋する気持ちが強すぎて、気恥ずかしい手紙を書いてしまった経験は、だれにでもあるのではないでしょうか。何を隠そう、この私も・・・。

クローディアス: (さえぎるように)もうよい。ガートルードよ、おまえはどうも思う。

ガートルード: その手紙が、本当にハムレットが書いたものなら、こんなにうれしいことはありません。私は2人の愛を全力で応援いたしますわ。ねえ、あなた!

クローディアス: まあ、それはそうだな。しかし、まずはこの目で確かめてみなくては、信じることはできない。

ポローニアス: その点につきましても、この私、もうすでに立派な計画を立てております。ハムレットさまは、ほぼ毎日、午後3時頃、広間の前の廊下を歩きながら、何やら考え事をされています。ですので、その時間に合わせて、オフィーリアをその廊下にいさせ、ハムレットさまとお話をさせてみようと考えております。そして、物陰から2人の会話を聞けば、まあ盗み聞きとはなってしまいますが、全てが明らかになるのではないかと存じます。

クローディアス: まあ、そうだな。分かった。そうしよう。進めてくれ。

(貴族登場)

貴族: 国王陛下、ご報告があります。陛下の客人と名乗る、怪しい身なりの者2名が、城門のあたりをうろついております。名前は、たしか、ローなにがし、ギルなにがしとか言っております。あまりにも、うさんくさいので、城のおほりにでも放り込んでやろうかと思いましたが、念のため、ご報告にまいりました。いかに処分いたしましょうか。

クローディアス: ああ、その2人なら心配ない。私が呼び寄せた者たちだ。もし不潔だったら、風呂に入れて、着替えをさせてから通すのだ。アルコール消毒を忘れるな。体温もきちんと測るんだぞ。

貴族: 分かりました、そのようにいたします。(退場)

ガートルード: (ポローニアスに向かって)先ほどの話が本当なら、うれしいことですわ。ぜひ、そうであることを願っております。

クローディアス:(ガートルードに向かって)まあ、確かめてみることが先決だ。

(貴族、ローゼンクランツとギルデンスターン登場)

貴族: 先ほどの2名が参上いたしました。

クローディアス: (ローゼンクランツとギルデンスターンに向かって)よくきてくれた、ローゼンクランツ君とギルデンスターン君。どっちがどっちなのか、さっぱり分からんが、歓迎しよう。よく来てくれた。

ローゼンクランツ: お招きいただき、

ギルデンスターン: 大変、光栄に存じます。

ガートルード: あなた方のことは、むかしハムレットから聞いたことがあるような気がします。幼い頃、とても仲良くしてくれたんですよね。

クローディアス: そこで、君たちに、折り入って頼みたいことがあるのだ。最近、ハムレットの様子が暗く、皆、心配しておるのだ。我が妻、ガートルードもとても心を痛めておる。昔からの友として、それとなく、ハムレットの心のなかを探ってほしいのだ。

ローゼンクランツ: できる限りのことをしてみたいと思います。

ギルデンスターン: 幼なじみの私どもにでしたら、ハムレットさまも、きっと心を開いてくださることと思います。

クローディアス: よろしく頼む。たしか、右側がローゼンクランツ君で、左側がギルデンスターン君だったかな。

ガートルード: ぜひ、悩みの原因を見つけてくださいね。えーと、ローゼンスターンさん、ギルデンクランツさん、でしたよね。

ポローニアス: さて、ローゼンギルデンさんと、スターンクランツさん、かな。このところハムレットさまは気持ちがとても混乱しています。もしかしたら、お二人のことが分からないかもしれないので、まずはこの私が、あなたがたを紹介いたしましょう。先に行っててください。すぐに行きます。

(ローゼンクランツとギルデンスターンのみ舞台に残る。)

ギルデンスターン: なんだか妙な雰囲気だな。こんなに歓迎される理由はちょっと思い当たらない。さっきのお目通りだって、すごく適当にホイホイってな調子で、別におれたちじゃなくても、ネコでも豚でもよかったような雰囲気だったじゃないか。おれたちはハムレットさまとは、子どもの頃、ちょっと友達だったにすぎない。もしかしたら、人違いかもしれない。だいたい、おれたちでいいということは、誰でもいいということなんじゃないかな。何か調子がよすぎる気がするんだ。今おれたちが着ているこの服だって、さっき古着屋で買ったものだから、おかしいのバレバレだと思う。

ローゼンクランツ: やっと巡ってきた千載一遇せんざいいちぐうのチャンスじゃないか。いいか、この服だって借金してやっと買ったんだ。せめてその分くらいは稼いでからじゃないと帰れんぞ。それに、おれたちは何も悪いことをしていない。ぜんぶ向こうからの申し出なんだ。だから問題ないんだ。

ギルデンスターン: おれの死んだ母ちゃんは、人生高望みしてはいかん、分相応が一番だって、いつも言っていた。悪い予感がする。ここに来る途中で引いたおみくじも、街角の手相占いも、タロット占いも、結果はみな大凶だった。週刊春文のラッキー星占いの結果だけが良かったけど、あれ全然当たらないから、むしろ不安なんだよな。ある日突然、宮殿から放り出されるくらいならまだ良いんだけど、いきなり首チョンパなんてことになったら目もあてられない。

ローゼンクランツ: いいか、明日の生活の心配もなく、暖かいベッドに寝て、メシ食って、美味しいワインを飲めるのだ。こんな幸運は、もう二度とないだろう。気持ちがふさいでいては、楽しいものも楽しめないじゃないか。そうだろ。

ギルデンスターン: 確かに、そうかもしれない。昨日からろくなもの食ってないしな。今日の夕飯なにかな。

ローゼンクランツ: なにがなんだかさっぱり訳が分からんが、しばらくは豪勢にたのしもうじゃないか 。

ギルデンスターン: それもそうだな。メシだメシ、メシ食おう!食堂どこかな。

森の妖精: うーん。あやしい2人組が登場してきましたね。まあ、悪い連中じゃなさそうなんですがね。ギルデンスターンさんの悪い予感が当たらないといいんですけど。他方、おとうさんポローニアスも、悪い人じゃないんですけどね。どうなることやら。次回もぜひ読んでくださいね。まったねー。

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