第13回『なにせにせものハムレット伝』

4幕2場

今回登場する人物
ハムレット・・・・・・・・・・・・クマデン王国の王子
ホレーシオ・・・・・・・・・・・ ハムレットの親友
オズリック・・・・・・・・・・・ 貴族

森の妖精(語り手): きのうの晩は大騒ぎでしたね。ハムレットさまも大荒れで、ハラハラしてしまいました。でも、久しぶりにお城に帰ってきて、フカフカのベッドで眠ったせいか、今日は落ちつきをとりもどしたようです。今は自分の部屋でくつろいで、友人のホレーシオと談笑しています。このところ、感情の起伏がはげしくて、私も心配していたんですが、どうやら大丈夫そうですね。ではまた後でおあいしましょう。

ホレーシオ: 殿下、とても早いご帰還でしたね。一体どうやってご帰国されたのでしょうか。

ハムレット: そうだな、タヒネ王国に向けて出港してからは、予想外のできごとの連続で、ちょっとした冒険だった。それまでずっと城にこもりきりだったから、ちょうど良い気晴らしになった。

ホレーシオ: どのような冒険だったのでしょうか。

ハムレット: よくぞ聞いてくれた!じつは、さっきから話したくてうずうずしていたんだ。まあ、聞いてくれ! おれたちが乗った船は、出航してまもなく、海賊に襲われてしまったんだ。こっちも頑張って応戦したんだが、あっけなく打ち負かされてしまい、高価な貴重品はすべてうばわれてしまった。しかし、連中はおれが王子であることを知ると、とても丁重にあつかってくれた。そしておれだけを特別に港まで送り届けてくれたんだ。もちろん、たっぷりお礼はしなくてはいけないけれどね。

ホレーシオ:海賊のおかげで、こんなにも早く帰国することができたとは、皮肉な話ですね。

ハムレット: 味方にさえしておけば、頼もしい連中さ。元をただせば、海賊も海軍も似たようなものだからね。いや、もしかしたら、このクマデン王国だって海賊みたいなものかもしれない。まあ王子の身でそんなことは言えないがね。

ホレーシオ: 人は状況しだいで、悪人にも正義の味方にもなるという意味でしょうか。

ハムレット: まあ、そんなふうに思うこともあるんだ。しかし、なあホレーシオよ、もっと大切なことがあるんだ。船のなかで、おれは驚くべきことを知ってしまったんだ。君にだけはぜひ知らせておきたい。

ホレーシオ: ぜひ、お聞かせください。 

ハムレット: 出航してすぐ、おれはローゼンクランツとギルデンスターンの船室にしのび込んで、クローディアスがタヒネ王国国王に宛てた手紙を見つけだしたんだ。なにか企みがあるとにらんでいたからね。だが、その内容は、おれの予想をはるかに超える悪辣あくらつ極まりないものだった。

ホレーシオ: 一体何が書かれていたのでしょうか。

ハムレット: タヒネ王国に到着し次第、即座におれの首をはねよ、と書かれていたんだ。

ホレーシオ: 殿下のお命をうばうために、タヒネ王国に向かわせたということですか。 

ハムレット: そうとしか考えられない。もはや万事休すかと思ったが、幸いなことに、部屋のテーブルの上に、ボールペンと修正テープと置かれていたんだ。そこで、おれは修正テープで自分の名前を消し、そこにローゼンクランツとギルデンスターンと書き込んで、元の場所にもどしておいた。文字数が合わずに苦労したが、小さな字で書き込んだら、なんとかなったよ。

ホレーシオ: とすると、ローゼンクランツとギルデンスターンは、一体どうなったのでしょうか。

ハムレット: 今頃はもうこの世にはいないだろう。どうせ、あいつらは自ら進んで首を突っ込んできたんだ。突っ込んだ首を切り落とされても、文句は言えんだろう。今となってはそれも些細な問題にすぎないがね。

ホレーシオ: と申しますと・・・。

ハムレット: クローディアスとの対決はもはや待ったなしだからな。もはや、こちらから強引に打って出るしかない。だがその前に、まず、レアティーズに謝らなければいけないことを忘れていた。彼には本当にはすまないことをしてしまった。昨晩はオフィーリアの死を知って動揺してしまい、つい自分を見失ってしまったんだ。だが、よくよく考えてみれば、おれもレアティーズも、愛する父親を失ったという点においては全く同じ境遇にあるのだ。きちんと謝って仲直りすることとしよう。彼は立派な人間だ。きっと、許してくれるさ。 

ホレーシオ:そうだと良いのですが。

ハムレット: 思案顔だな、なにか言いたいことがあるのなら、遠慮なく言ってくれ。

ホレーシオ: いえ、レアティーズ様のお気持ちはいかがなものかと、心配になりまして。

ハムレット: それについては、全く心配いらない。彼は立派な人間だ。きちんと話せば分かってくれる。ところで、誰かやってくるぞ。廊下から足音が聞こえる。

(派手な衣装を身にまとったオズリックが緊張の面もちで登場する。)

オズリック: 失礼申し上げます。オズリックと申します。ハムレット殿下にクローディアス陛下の御伝言をお伝えにまいりました次第でございます。

ハムレット: (ホレーシオに向かって)初めて見る顔だな。なあホレーシオ、誰だか知っているか?

ホレーシオ: 私もお目にかかるのは初めてです。

ハムレット: (オズリックに向かって)君、ずいぶん個性的な身なりをしているね。誰の見立てだい。

オズリック: クビキリスル王国からのご生還、大変おめでたく、心の底からお慶びを申し上げる次第でございます。

ハムレット: ありがとう。でも、君もかなりおめでたいようだね。

オズリック: はい、もちろんでございます。日々おめでた、毎日おめでたでございます。

ハムレット: なるほど、君に何人子どもいるのかは、あえて聞かないでおこう。私が聞きたかったのは、君のその服装についてなのだが。帽子もずいぶん立派だね。
 
オズリック: お褒めにあすかり、誠に光栄でございます。ただ、誠に申し訳ございませんが、なにぶん新米でございまして、想定外のご質問につきましては、一度もち帰って検討し、後日お答えさせていただけたらと存じます。

ハムレット: なるほど、君はピカピカの新米のようだね。でも心配はいらない。ここなら、どんなうすのろでもやっていけるから、安心して仕事にはげんでくれたまえ。

オズリック: ありがたいお言葉をいただきまして、誠にもって痛み入るとともに、心から感謝申し上げる次第でございます。

ハムレット: 別に恐縮する必要はないさ。ところで、今日は本当に暑いな。君の頭に乗っているその帽子はとったほうがいいぞ。少しは涼しくなるだろう。頭皮が蒸れると、抜け毛も増えるしな。

オズリック: 確かに、大変、暑うございます。お言葉に甘えて、帽子を取らせていただきます。最近、抜け毛が気になりますので。

ハムレット: その上着も脱いだ方がいい。今日は、本当に暑いからな。自慢の胸毛がぬけてしまうかもしれない。

オズリック: ありがたきお心遣い、まことに感謝申し上げます。それでは上着も脱がせていただきます。

ハムレット: ついでに、パンツまで脱いだらどうだ。遠慮はいらんぞ。昨日は気温が40度まで上がったとも聞いている。今日も暑くなりそうだから、遠慮はいらんぞ、涼しい方がよかろう。さあ、さあ!それから・・・!

オズリック: (さえぎるように)殿下、私のことにつきましては、どうぞお気遣いなく。そもそも私が、ここに参上いたしましたのは、国王陛下のお言葉を、ハムレット殿下にお伝えするためでございます。

ハムレット: なるほど。それでは間違えないよう、正確に伝えてくれよ。

オズリック: クローディアス陛下は、殿下とレアティーズ様の和解のために、我が国の伝統行事である「当てて外して、一発逆転、クイズで決闘、あなたがチャンピオン」を開催したいそうです。

ハムレット: な、なんだと、あの伝説の行事、「当てて外して、一発逆転、クイズで決闘、あなたがチャンピオン」を、ふたたび開催するというのか?

オズリック: そうです。あの「当てて外して・・・・・

ハムレット: 分かったから、もういい。しかし、あの行事は開催しようとすると、かならず大惨事が起こり、多くの死者がでたため、長らく封印されてきたはずだ。あの因縁の行事を、また開催しようというのか。迷信深いクローディアスらしくないな。(小声で傍白)それとも、このおれも含めて、じゃま者を一気に始末してしまおうというのか? いや、そこまでは考えておるまい。

オズリック: おっしゃるとおりです。まさに、殿下の言うとおりでございます。

ハムレット: え、今の言葉が聞こえたのか? まさかな。

オズリック: 国王陛下はお2人が、クイズを通して正々堂々と戦えば、かつての友情がよみがえるのではないかとお考えです。しかも、陛下はハムレット殿下の勝利に、様々なものをお賭けになられております。

ハムレット: 「それは何なんだ」と聞けばいいのかな?

オズリック: はい、陛下はハムレットさまの勝利に、豚50頭をお賭けになりました。殿下が見事勝利したあかつきには、盛大な焼き豚パーティを開いて、お祝いするそうです。豚50頭分の肉があれば、我々のような下っ端貴族でも、腹一杯食べることができますよね。ですので、私としても、ぜひともハムレットさまに勝利していただきたいと願っております。

ハムレット: もし、仮に私が「ちょっと体調がわるので、延期してほしい」、と言ったらどうなる。

オズリック: そのようなご返事は台本にありませんので・・・。

ハムレット: そんな返事をもちかえったら、向こうの意向とこっちの意向との間で股裂またさききにあってしまう、とでも言いたそうだな。

オズリック: この私、また裂きはちょっと苦手にしておりまして。

ハムレット: どうやら君は新米のようだから、ここで一度、経験しておくのも悪くないと思うがね。右半身と左半身を自在に使い分けることこそが、権謀作術の極意だからね。でも、まあいいだろう。国王からのせっかくの申し出だ、ありがたく受けることにしよう。そのように伝えてくれ。もう下がって結構だ。

オズリック: ありがとうございます。それでは、これにて失礼存じます。

ハムレット: (思索的に)なんだか悪い予感がする。負けそうな気がするんだ。たとえ負けたとしても、多少の恥をかくにすぎないのだから、べつに困ることはないはずなのだが。それに、毎日、しっかり勉学を続けているから、大負けすることもないと思う。でも、なぜか、悪い予感がするんだ。

ホレーシオ: 延期されてはいかがでしょうか。

ハムレット: いや、やるよ。もう返事をしてしまったしな。おかしな話だが、今、不意に昨年の夏に裏山で鳴いていたセミのことを思い出した。そのセミは中庭の栗の木の枝にとまって、うるさいほど大きな音で鳴き続けていたんだ。ところが、ある時、突然、鳴き止んだと思ったら、そのままコトンと地面に落ちてしまったのだ。しばらくの間は、なんとか飛び上がろうともがいていたが、気づいたら死んでいた。なんてはかない一生なのだと、そのときは思った。だが、今考えてみると、あれも、避けがたい運命だったのだ。人は死ぬべきときが来たら、どんなにあがいても無駄なのだ。できることを精一杯やったら、あとは天に身を任せるしかないのだ。今度こそ、迷いが消えたような気がする。

ホレーシオ:ハムレットさま、心なしか投げやりのご様子にみえます。もし、すこしでも不安を感じておられるのであれば、クイズ対決は延期された方が良いのではありませんか。ご体調がすぐれないので、延期したいと、私が伝えてまいりましょう。

ハムレット: 大丈夫、心配いらない。むしろ安らかな気持ちなんだ。人は自分の意志どおりに行動するしかないのだ。もしそれで命を落としたとしても、それもまた運命なのだ。死期が少しばかり早まるにすぎない。生き残した人生など考えても始まらないのだ。

ホレーシオ:本当に大丈夫なのでしょうか。

ハムレット: ああ、心配ない。それより急いで準備をしなくては。皆、お待ちかねだろう。

(ハムレットとホレーシオ退場。)

森の妖精: ハムレット様なんだか、悟りをひらいたかのような様子ですね。覚悟はきまったという雰囲気です。いよいよですね。さて、次回はいよいよ最終回!まっててねー!

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