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第6回 『なにせにせものハムレット伝』


2幕3場

今回登場する人物
ハムレット・・・・・・・・・・・・  クマデン王国の王子
ポローニアス・・・・・・・・・・・  宰相
ローゼンクランツ・・・・・・・・・  ハムレットの幼少期の友人
ギルデンスターン・・・ ・・ ・・・・ハムレットの幼少期の友人
森の妖精・・・・・・・・・・・・・・語り手

森の妖精: はてさて、ここはエルシナノ宮殿の中庭です。我らがハムレットさまは、相も変わらず、下を向いていますね。シブい大人の魅力がただよっています。なんたって、王子さまですから。おやおや、ポローニアスがやってきましたね。おじちゃんも頑張ってます。でも無理のしすぎは禁物ですよ~。後は観てのお楽しみ!

ポローニアス: ハムレットさま~、こんなところにおられたのですか。外は寒いですね。かなり秋めいてまいりました。木の葉もすっかり散ってしまい、そろそろ焼き芋の季節ですかな。いや~、楽しみですな。それはさておき、殿下、先ほどから、ずっと地面を見つめておられますが、一体、何を見ているのでございましょうか。

ハムレット: 葉っぱ、葉っぱ、葉っぱだ。落ち葉を見ているのだ。うるさい奴だな、何を見ようと私の勝手だろう。

ポローニアス: おっしゃるとおりでございます。それで、葉っぱを見て何をされているのしょうか。

ハムレット: 放っておいてくれ、何でもいいだろう。ああ、言葉だ、葉っぱを見て、言の葉を読んでいるのだ。葉脈を見つめて、文脈を読み取っているのだ。

ポローニアス: なるほど。それで、その葉っぱには、一体、何が書かれているのでございましょうか。

ハムレット: そんなに知りたいか。では、教えてやろう。実はな、ここに書かれているのは、おまえの頭の中身なのだ。

ポローニアス: ほー、なるほど、この私の卓越した頭脳を読みとることができると。それは大変、興味深いですな。それで、一体どのような知性と教養が読み取れるのでございましょうか、殿下。

ハムレット: それが、何一つ全く読み取れないのだ。この葉っぱは、かさかさに乾燥しているうえに、虫食いだらけで、読むだけ時間の無駄というものだ。しかも、ほら、このように握りつぶすと、パラパラと粉になって、土に還ってゆくだろ。こうしていると、くだらない本を一冊処分したような気分になって、とても気が晴れるのだ。このまま続けていれば、私の憂うつも少しは改善するかもしれない。

ポローニアス: 何ということを。殿下、お願いですから、おやめください。

ハムレット: ほら、ここにもおまえの頭の中身が書かれた枯れ葉があった。よし、もう一度、読んでみよう。いや、これはさっきのよりひどい。うすっぺらで、向こう側が完全に透けて見えるではないか。こいつも処分、迷わず処分だ。

ポローニアス: 殿下、お願いです。どうかおやめください。私、先ほどから、どうも頭がクラクラするのです。目まいもします。しかも、だんだんひどくなっていくような気がするのです。

ハムレット: 頭が痛いときに、無理は禁物だぞ。部屋にもどって、ゆっくり休んだほうが良い。ところで、おまえの娘は元気か。こんなふうに虫食いになってしまわぬよう、注意することだ。

ポローニアス:(傍白)やはり娘のことが気になるようだ。これは、まさしく恋の病にちがいない。ああ、私までドキドキしてきたではないか。ハムレットさまのためにも、もう一息、頑張らねばな。

ハムレット: (離れたところから)おーい、見てみろ、ここにもおまえの頭の中身があるぞ。こいつも踏みつぶしてしまおう。あ、ここにもあった。まだまだあるぞ。みんな、足で粉々にしてしまえ。すべての葉っぱを粉々にしてしまえば、おれの憂うつも少しは改善しそうだ。おまえも一緒にどうだ。気持ちが晴れるぞ。

ポローニアス: 殿下、先ほどからの頭痛が、どんどんひどくなってきます。大変申し訳ないのですが、これにておおいとまさせていただきたく存じます。

ハムレット: ぜひ、そうしてくれ。そして、ゆっくり休んでくれたまえ。10年も寝たら、おまえの頭も少しはまともになるだろう。目覚めたときには、お墓のなかかもしれないから、起き上がるときには、棺桶かんおけのふたに頭をぶつけないように、十分注意することだ。

ポローニアス: あたたかいお心づかいをいただき、身に余る光栄でございます。ああ、それから、たった今思い出したのですが、殿下のご旧友のローゼンクランツ様とギルデンスターン様がおいでになられております。ぜひお目通りしたいと申しております。

ハムレット: 分かった、分かった。さっさと通せ。おまえは、さっさとさがれ。いいか、まだまだ、葉っぱはたくさんあるからな。片っ端から踏みつぶすぞ。

(ローゼンクランツとギルデンスターン登場。)

ローゼンクランツ:ハムレットさまー、ハムレットさまー。

ギルデンスターン: お久しぶりでございます。

ハムレット: おお、ギルデンスターンか、いや、ローゼンクランツだったかな。ずいぶん久しぶりじゃないか。2人とも元気かい。確か、君たちは、都会で暮らしているんだろ。最近の様子はどうだ。ずっと城にいると、世間のことにすっかりうとくなってしまってね。

ローゼンクランツ: そうですね、最近では、人がクマの着ぐるみを着て歩くようになってしまいました。そのうえ、その歩くクマを見ようと、大勢の見物人が集まる始末です。まあ、クマが人の着ぐるみを着るよりはましなのですが、世も末というものです。

ギルデンスターン: ところで、王子さま、都会でお菓子をたくさん買って参りました。ババロア、エクレア、それから、丸ごとプリンもあります。どれもみな、なつかしい味ばかりです。

ハムレット: そうだな、確かに、なつかしい。しかし、「丸ごとプリン」というのは、記憶にない。それは、「マンゴープリン」の間違いなのではないのか。

ローゼンクランツ: あっ、そうです、そうでございました。オレンジとピーチが渾然一体こんぜんいったいとなったような風味がたまりませんでしたね。スプーンを使わずにカップから直接、口で一気に吸い上げて食べるのが、これまた快感でして。それから、3人でフルボンロマンドを一度に何本口に入れることができるか競争したこともありましたね。

ギルデンスターン: 確か、最高は20本だったような気がいたします。

ハムレット: 何を言っておるのだ。もう2、3本は入れることができたのだ! おまえたちが、変な顔をして笑わせるから、吹き飛ばしてしまったんだ。あれは大好物だったのに。本当にもったいないことをしてしまった。

ギルデンスターン: それから、キットカットを、きっちり半分に割るゲーム、きっちりカットゲームも楽しかったですね。

ローゼンクランツ: フリスビーの代わりに、王冠を投げ合って遊んだのも、良い思い出ですね。

ハムレット: あれは本当にスリリングだった。

ギルデンスターン: 殿下が投げたときに、私が取りそこねて、床に落とし、ダイヤが1つとれてしまって、どこを探しても見つからなかったときには、本当にハラハラしたものです。どうしようもなかったので、ワイングラスを割って、ガラスのかけらをはめ込んでごまかしたのは、3人だけの秘密ですね。

ハムレット: いや、あれは私の投げ方が悪かったのだ。もっとスナップを利かせ、しっかり回転をつけて投げるべきだったのに、その勇気がなかったのだ。(思索的に)今もガラスのままかどうか、確かめる術はもはやない。あの王冠も、あんな奴の頭に乗るのであれば、いっそ壊れたままにしておけばよかった。それはそうと、君たち、よく来てくれた。歓迎しよう。城での滞在を存分に楽しんでいってくれ。では、後ほどまた会おう。

ギルデンスターン: せっかく、お菓子をたくさん持ってきたのですから、みんなで食べませんか。

ハムレット: 今は、全然お腹がすいていないんだ。あとでいただくよ。

ローゼンクランツ: 昔はあんなに夢中になって、食べてくださったのに。しかも、シュークリームとエクレアは賞味期限が迫っております。冷凍パックにいれて持ってまいりましたが、なにぶん時間がかかりましたので。

ハムレット: ところで、君たちに、ぜひ聞いておきたいことがある。君たちは、どうしてここにやって来たのだ。

ローゼンクランツ: 昔ながらの交通手段、クマデン電鉄でやって来ました。かつて、世界一料金が高いと言わたこともある、懐かしのクマ電です。特急列車に乗って、エルシナノ宮殿正門前駅で降り、そこからは歩いて参りました。

ギルデンスターン: 鉄道も、駅も、城までの道のりも、昔のままでした。そうそう、特急列車が百円増しであることを忘れていて、あやうく乗り遅れるところでしたが、その他は順調でした。

ハムレット: そうか。だが、君たちの方は、すっかり変わってしまったようだな。私が知りたいのは、君たちが久しぶりに、ここにやって来た理由なのだ。前に会ったときから、20年以上は経っている。突然、こんなふうに訪ねてきたからには、何かわけがあるはずだ。その理由を知りたいのだ。君たちは、一体なぜ、ここにやってきたのだ。かつての友人のよしみで、正直に話してはくれないか。

ギルデンスターン: もちろん、殿下にお会いするためでございます。

ローゼンクランツ: そのとおりです。

ハムレット: それは嘘だ。ローゼンクランツとギルデンスターンよ。おまえたちは、クローディアスに呼ばれて、ここに来たのだろう。

ギルデンスターン: 殿下、とんでもない誤解でございます。

ローゼンクランツ: 決してそのようなことはございません。

ハムレット: 最近のおれの態度があやしいというので、何を考えているのか、良からぬことを企んでいないか、根ほり葉ほり探ってくるように言われたのであろう。

ローゼンクランツ: どうか我々を信じてくださいませ、殿下。

ギルデンスターン: 昔のまま、何一つ変わっておりません。

ハムレット: そうか、分かった。ロクでもないローゼンクランツと、裏切り者のギルデンスターンよ、おまえたちは、おれを散々詮索したあげくに、最後には、「当然グルで、裏切りましたー」とでも言うつもりなのであろう。

ローゼンクランツ: とんでもないことです。

ギルデンスターン: 決してそのようなことはありません。

ハムレット: まあ、良い。おまえたちから下手な詮索をされるのは御免だから、私の方からその理由を教えてあげよう。実はな、このところ、連日、宴会ばかりが続いているのだ。しかも出される料理ときたら、肉やらケーキやら、胃にもたれるものばかりなのだ。その結果、動物性脂肪のとりすぎと、野菜不足に陥ってしまい、肩こり、肌荒れ、イライラが激しくなってしまったのだ。しかも、こんな食生活をつづけていたら、生活習慣病になって、命をおとしてしまうかもしれないではないか。そう考えると、とても憂うつな気分になり、人と会うのが嫌になってしまったのだ。だから、今は誰にも会いたくないのだ。

ローゼンクランツ: なるほど、殿下は誰にも会いたくないのでございますか。

ギルデンスターン: それは残念この上ないことでございますね。

ハムレット: おまえたちが困らぬように、わざわざ、とっておきの秘密を教えてあげたというのに、なぜ、そのような不真面目な返事をするのだ。

ローゼンクランツ: 実は、我々は、城に来る途中、旅回りの役者の集団を追いぬいたのです。

ギルデンスターン: 確か、あれはハムレット様のお気に入りの劇団であったと記憶しております。彼らもお城に向かっていると言っておりました。殿下が憂うつで、誰とも会いたくないのであれば、あの役者たちも、出る幕がなさそうですね。

ハムレット:なに、あの劇団がこちらに向かっているというのか。なぜそれを、一番に言わないのだ。今日、唯一の朗報ではないか! すぐにでも会いたい。広間に急ごう。

(ポローニアス登場。)

ポローニアス: ハムレット様~、殿下、ヘー、ジュルジュル、ご報告があります。

ハムレット: またやって来たのか。めげない奴だな。

ポローニアス: 先ほど、旅回りの劇団が城に到着いたしました。宣伝のチラシによりますと、レパートリーは極めて多彩で、「ごくごく普通の悲劇」、「見ているとなぜか不愉快になる恋愛ベタベタ喜劇」など、どのような芝居でも演じることができるそうです。私個人としては、この「ちょっと不健全ではあるけれど、ものものすごーく面白いお勧め喜劇」というのを観てみたいものですな。

ハムレット: 分かった、分かった、それはすごいな。(ローゼンクランツとギルデンスターンに向かって)あそこにいる、あの連中だな!急ごう、何年ぶりだろう。

森の妖精: なんだか面倒くさい連中にかこまれて、ハムレット様、大変そうですね。がんばれー。でも、お気に入りの劇団がやってきたから、ちょっとは気が晴れるかもしれませんね。それは次回のおったのしみー。


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