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親と子の強さの違い『毒親』

今回は、親と子について書いていきたいと思います。
皆さんは、親と子に関して、どのように考えてるでしょうか?

親は大人で、子は子供?
成人した人は、もう子供ではないから子ではない?

この認識は部分的に間違っています。
今回は、親と子、そして毒親について考えを書いていこうと思います。

1.そもそも親と子って?

そもそも、親と子って何なんでしょう?
私はその事を何年も考えていました。
その理由として、『親にされた事で傷に思い、自分の親は毒親なんじゃないか?』と考えてしまったからです。
人によっては、受け止め方の違いだ、単純に逃げてるだけだと言う人も話したらいるかもしれません。
ですが、それは子であるが故の物です。知らないうちに克服したと思ってる人や、乗り越えたと思い込んでいる人も多い事柄でもあります。

どうゆう事か?
親と子は、親子と書かれるので、親と子供を指す事は皆さん知っているかと思います。
でも、子の定義に関しては、たぶん理解している人は居ないのではないでしょうか?
どうしてそう思うか?
それは、介護などの状態になった時にハッキリします。
基本親は、早く自立してほしいなどの考えから、「もう大人なんだから」と子供として扱わないところが大きいです。
ここで、それはそうだろう、と思った方は、確実に親子と言うのを都合よく解釈している方だと私は考えます。
親子の子の部分は、幼いから子ではなく、自分の上に血族が居るからこそその人は子になりえるんです。
つまり、親が存在して初めて、子の概念が生まれるのであって、子でなくなればそれは親ではないという事になります。

つまり、子は永遠に子であり、結婚して初めて、子と親両方の性質を併せ持つと言う事です。

2.親と子の力関係

親と子の力関係は、親100、子0です。
これは間違いなくそう言えます。

いやいや、子供だって親に暴力振るし、介護放棄だってするじゃないか。そうしたら親の方が立場が弱いだろ? だって生活できないんだから。定年したら逆転するんだから、最終的には30:70だろ?

そう言われそうですね。ですが、確実にこの方がどんな状態であれ弱い事は変わりません。
そもそも、定年後介護放棄を起こすのはどうしてか考えたことはあるのでしょうか?
そう話をしたら、「育ててきたんだから」と言う人がいますよね。さて、育ててきたんだから、老後の面倒を見て、と言うのはどの立場からの考えでしょうか?
そう、『親』と言う立場から言ってしまうんです。
それが、相手にとって負担になる事を知っている筈の親が、生活できないから子に頼る。それは、義務として行政にも影響を与えます。
この事から、子が拒否したとしても、話がいってしまうんです。嫌だと言ったとしても、それは批判されると言う形で戻ってきます。

これが親なんです。一種の暴力に近い事もあります。
じゃあ、暴力振る子供はどうなんだ? ですが、それはDV、ドメスティックバイオレンスと呼ばれるものになり、配偶者と同じものに該当します。
でも、そう暴力を振ったとしても、反撃する人が多いですし、屈したとしても、諦めに該当して、恨み言を吐く人が多いのではないでしょうか?
ですが、親が子にした場合は全く違います。DVも該当しますが、主にすべてが虐待という事になります。
この虐待、意外に難しく、子供が行う物で虐待と言われるのは高齢者となった親への扱いにのみ言われます。それ以外は永遠に虐待をしている事に気が付きません。
そのため、力関係ではほとんどの場合、子の方が悩み苦しむことになりますし、世の中には親不孝と言う言葉もありますが、これは子が親に不安を与える事になります。
そして、これは相互に作用する事柄でもあり、必ず何かが起こると親が関係してくるのは皆さんも気が付くはずです。

3.では親は本当に強いのか?

これ気になる人いますよね。
では、まず子供が親になるにはどうゆう過程を通ってくるのでしょうか?
産まれて、成長し、幼稚園や保育園に入り、小中高と上がって人によっては大学を選び、もしくは就職をするかと思います。そして、結婚して親となるんです。
その間、集団生活を学ぶ場はどこでしょうか?
学校? 違います。

家族です。

そして生き方を教えるのが親であり、その時に学んだ経験が、人付き合いに影響します。
その間、子供は一人で生きていこうと言いますか? 逃げ出す人は居ますか?
ある一定の年齢になれば、家庭環境が悪ければ家を飛び出すでしょう。では何故家を飛び出すのでしょうか?
契約も出来ない未成年の時に、家を飛び出す覚悟をさせるのは誰でしょう?
本人で決めるのですか?
家を飛び出すのは本人の勝手だ、と言うならば、大人で言えば、気ままに生活してても咎められませんし、愚痴も言わないはずです。
だって、自分で決めた事なんですから。
でも、実際はそうではありません。
現実で起こることを元にすると、転職する理由は何ですか? と聞いた時になんて返すでしょうか?
それは、スキルアップだと言う人もいればもっと給料を上げるためだと言います。
つまり、その場の原因によって起こりうる事に起因します。

話がそれましたね。
本題に戻ると、子供の初めての判断と経験は親からの接し方で決まります。
考え方や将来の希望も同じく親によって決まります。
小学生の時は、皆親が喧嘩してても離れたくないと考えます。いくら嫌だと将来的に感じたとしても、親だから、自分にとって大切な人だから、と全力で向き合おうとします。
いくらひどいこと言われても、笑顔で幼少期は過ごすんです。それが子と言う物なんです。
そして、慣れて、反発しなくなったとしても、親の存在は子にとって大きいままなんです。
それが、恨みに発展してしまうように教えてしまった教育が親になる訳です。
子供が暴力を振るってくるのは確かに行けない事です。悪い事で、それを肯定するわけではありません。
でも、そうなったのは子だけが悪い訳ではなく、そうなってしまう要因を作った影響を与える親にも責任がありますし、そうする事を教えるのも親しかできないんです。

その為、親に信じてもらえない、話すことが出来ないとなった時に、一番楽な方法が成年までに起こる暴力と言う形になります。
それだけ、親は子にとって強い存在なんです。

4.毒親って?

子はいつまで経っても子だと言う事は分かってもらえたかと思います。
分からないならそれでもいいです。
では、毒親って何なのか? という事を書きます。
毒親は、子供にとって悪い影響を与える親の事を言います。
それは、気が付かないうちに行っている人もいるでしょう。
主に毒親として言われるのを書きます。

1.差別
2.暴力
3.放棄
4,過干渉

です。
差別は良くやる人がいます。
え? 家はやってないと言える人は少ないんじゃないでしょうか?
本当にやっていないのなら、話を聞き間違いを正すそんな良い家庭だと思いますので、安心してください。
じゃあ、その差別とはどうゆう物を言うのでしょうか?
簡単に言うと、比べる事です。
よそはよそ、うちはうち。
この言葉を吐いたことない人は居ますか?
殆どいないかと思います。
これは、子供にとって、意見の黙殺になってしまいますし、一歩間違えてしまったら、他所でしている事は家ではしなくていいんだ、と考えてしまいます。
全て親側の意見を正当化する際に使ってしまうんです。

私の経験の話を入れますが、私には兄弟姉妹がいます。
父親に、私は何をするのにも自分でやれと言われてきました。
高校も高い所を望まれ、いけないと分かると、不機嫌になる。そして、仕方なく受かった所に行くことになると、さも理解した感じで話し始めます。
そして、大学に関しても、国公立大以外は認めず、お前の為だから、それ以上お金は出せない! とまで言われました。
ですが、私自身専門学校に行き、反対を押し切り頑張ったんです。行けたのだからいいんじゃないか? と言う人は、無意識で子供にそうゆう態度をとっている事でしょう。
そして、弟は快く専門学校に行かせ、妹は私立高校と大学に行かせました。
そんな中で、私は父親に、専門学校に行かせて生活させてやったんだ、ありがたく思え、と私にだけ言います。
そして、口論した時は、威圧してきて、誰のおかげで生活できてるんだ、と言われ続けました。
生活費を出してもらっているのだから当然だ、と言う人がいるかと思いますが、だったら、子供の生活費を出すのは、もっと言えば扶養の状態で生活させる責任を持っているのは誰でしょうか?
そう考えてしまったんです。

この、例えには全ては言ってます。差別、暴力、放棄、過干渉、この全てがです。
分かった人は、いい親でしょう。もし行っていたのでしたら治せます。これから努力してください。
では、答え合わせです。

まず、差別の部分からです。
私には、私立や専門学校の選択肢を与えてなかったが、その後には普通に与えていると言う事です。
これは兄弟間差別であり、平等に接していない事になります。
そんなのどこでもあるだろう? と思われるかもしれませんが、ここで重要なのが、向き合えているかどうかです。
そうじゃ無い場合は、された方は、ずるい、羨ましい、自分だけってなり自己肯定感が落ちていきます。傷つくんです。自分の気持ちは他人にとってはどうでもいいから、自分のできる事だけ頑張ろうとなり、将来的にアピールが困難になっていきます。

暴力は、不機嫌になると言う事です。
これは感情をぶつける事になり、精神的に圧迫してしまいます。前も書きましたが、子にとって親は一番身近な存在です。その為、罪悪感を一番受ける対象でもあります。
他にも、誰のお金で生活できてるのか? という事も暴言に該当します。その為、大人になると、暴言と知らずに行ってしまう人が多いです。気が付いてないと思いますが、この事を言われ続けると、考えや生きる事に関して制御されていると感じて、鬱になる可能性まであります。
生活は出来てて当たり前なんです。出来ないのが当たり前ではないですし、生きるのは人として正しい事なのに、この言葉を言われると、生きる事も自分では決め手はいけない、と考えてしまいます。

放棄は、上記と同じで、誰のお金で、という事です。
これは、教育などの義務がそこに生じているのにも関わらず、生活させてもらえてるのは、出してやっているからだ。と上下関係を植え付けた後に、本当は出したくないと、放棄しているのに等しいです。
この事からも、自己肯定感や意思決定を阻害してしまう事になりかねません。

最後の過干渉は、ここに行けと意見を押し付ける事に該当します。
国公立に行け、と考えや意志に干渉する事は、子にとってかなりのすとれすになります。
ピンとこない方は、就活で大企業に行け、それ以外は認めない、と言われて、今働いてたら年収1200万の所に転職しろ、と言われたらどうでしょうか?
関係ないだろ! と言うのではないですか? そうです。この事が干渉に当たります。それを高校など意志がハッキリと持ててる時にされると、全否定されたのちに、レールを乗せようとしてる事になり、意志を出す事が出来ません。

他にも私は、言われたことに従わなかったときがありますが、その時に言う事が効けないんだから就職できない、一生できないと怒鳴られて、威圧されました。
その時の事が怖くて、就活するときに嫌な事でも聞かなきゃいけない、それは嫌だと考えて、もし聞けなかったら殺されるかもしれないとまで思ってしまいました。
それだけ心に傷を受けてしまったんです。そして、そういう事が世の中では当たり前なのだと感じてしまったんです。
怖くて怖くて泣いてしまう事すらもあります。これが毒親です。
嫌でも影響を受けてしまうんです。
そして、奴隷のようだと感じる様になり、伝えたとしても同じことを繰り返し、謝れないんです。親は。何かあると、出来なかったお前が悪い、お前がもっとしっかりしといたらこんな事にはならなかった、と永遠と言われ続けるんです。
家から出ればいい? それが最善ですが、保証人が必要なんです。相談しても怖くて声が出ないんです。
そんな状態に追い込まれるんです。
そして、起こるのが介護放棄とかになります。

5.じゃあどうしたらいいのか?

このような事をされていた子は結果的に、メンタルを何処かやられてしまいます。
結果、上手くいかないなら怒鳴ればいい、暴力を振るえばいいとなるでしょうし、最悪死んでしまえばいいとなります。
これは親不孝と言われるのですが、同時に子供も不幸だった反動でもあります。
そして、こんな風に育てた覚えがないと責任すらも放棄するのがごく一般的です。
じゃあ、解決法はないのか? と言われればあります。
認めてあげて、話を聞いて一緒に考えてあげる事です。
初めは難しいでしょう。もう信用と言う物がなくなっているので、子からしても辛いだけでしかないです。
だから、謝る事を忘れない事こそが始まりです。
そして、心を開いた時に手を指し伸ばし、聞いてあげて、考えてあげるんです。
こうしてみたらどうだろうか? こんな方法もあるから考えてみたらどうだろうか? だけでいいんです。そして、決断をしたら応援してあげればいいんです。信じてあげる事こそが、子にとって一番大切な事なんです。
これをずっと続けなければいけなくて、それは並大抵な事ではないです。だから子育てや、親子関係は難しいのです。
それを楽なほうに行った結果、子は最後の最後に教えられた方法で、親に対して牙をむくんです。
そこには子からしたら悪気がある訳ではないですし、親不孝でもありません。それこそが愛情だと本気で思っているからです。
外からしたら親不孝になるでしょう。でも、それはまっとうな、親との関係がいい人が思う事です。
そして、本来は子が親に対して親不孝と思うのであって、親が言ってはいけない言葉でもあります。

6.まとめ

内容がだいぶん感情的になってしまいましたが、親と子の強さは、いつまで経っても親の方が強いんです。
子は永遠に親と向き合わなければいけないんです。
それが悪い事だと、外から言われて見つめなおすような事になったとしても、結局向き合う事になるんです。
子の方が強いと思ってい居る人は簡単に暴力を、精神的に行ってしまいます。
だから、親は子を制御しようとするのかもしれません。
自分が困らない様に子を制御してしまう心理があるからこそ、気が付かないうちに行ってしまうのでしょう。

この記事を読んでくれた人に、親は子にとって絶大な力関係が成り立っていると、そう考えるきっかけになればと思います。
そして、もしつらいならば、子は最後まで反抗してもいいと思います。親は謝りましょう。
プライドは捨てないといけません。子にそれだけ、最悪殺されても文句言えない程酷い事をしてきたのですから。
殺されないと言う事は、それは子の優しさによって助けられているだけなんです。
親が殺さないのも優しさだろう? と言う人もいますが、親は子の心を殺します。簡単に、幼稚園の時から殺しにかかってる事もあります。
殺人はいけない事だと思っているからこそ、目に見えないところを平気で殺せるのが親なんです。
子では殺せません。子が殺せるのは物理的なものです。
精神を守るためにしてしまうんです。
だから、どうか、この記事をよんで心当たりがある人は、助けてあげてください。
お願いします。

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