100分de名著ペスト回感想

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ubiquitous vol.1  
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 NHKで再放送されていた100分de名著のカミュ『ペスト』回を見た。

 内容に深く関わらない点でひどく印象的だったのは動く内田樹を初めて見たということ。衝撃的だった。数冊ではあるが読んだ本は好みだったので最終回のゲストに彼が出演するというのを聞いたときには嬉しくなった。
 さて問題の最終回だが、画面の向こうでカミュの生命と身体感覚について熱く語る内田樹はいかにも積極的なオタクという感じだった。グイグイ来る。カミュ愛は伝わった。身体感覚が彼の切り口であることは読んだ数冊の本からうっすら知っていたので、そこは(カミュに限らずなんでも)彼自身を通すと加わってしまう要素なのだろう。
 余談。『街場の文体論』読みましたが、例に出されると「わかるこの感じ!」な身体感覚がありました。運動部だったわけではないが、私達は思ったより多く、身体を通したアウトプットをしています。人間なので。
 読んでいたときは簡潔ゆえにクール・フラットな印象だったので一瞬面くらった。わかりやすさや伝わりやすさは時に派手さに結びつくのか。

 状況のリアルさを感じたのは圧倒的に第一回だった。事が進むと「リアルさ」を感じる回も変わるのだろうか。恐ろしい気もする。
 一番最初の、死亡するネズミが徐々に増えていく(人はまだ日常生活を送っている)場面が身に迫って怖い。
 この事態を思い返してみればしばらく前に、自分と遠いところで起こっているニュースを「ふーん」となんの気なしに見ていた、あれとよく似ている。その時はまだこの事実が引き起こす未来のことを考えていない、その能天気なわたしたちを『ペスト』の物語の中を生きる人々は遠い昔から前もってトレースしていた。
 では事態が大事にならないうちになんとか予防策が行えればいいのだが、事態が大事になっていないのに日常を犠牲にすることは、わたしたちにとって難しい。友人は大切だし生活には労働が必要だ。
 それから、状況が少し落ち着いたとみて街に繰り出す人々を再び病が襲う流れなど特に見ていてきつかった。
 人間は働かないと食べていかれないので、店は閉店しない限りいつか開けることになる。また、人間の行動制限によって招かれた感染者の減少は病原体そのものの弱体化ではない。
 さらに言えば治療薬ができてもそのことが直接病床数を増やすわけではない(回復までのペースが上がれば回転数が上がるかと推測するが)。医者の数を急に増やすことは難しい。

 首都圏に住むわたしたちは非常事態宣言の中を生きているわけだが、一か月後の宣言終了時に全てが以前のようになるわけではない。実際、わたしたちはこれからどのような未来を歩むのか。傷の大きさを想像して痛むことを超えて、克服までに踏まれる回復の段階をこれまでの歴史から知ることができてもいいはずだ。

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