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電波戦隊スイハンジャー#150

第8章 Overjoyed、榎本葉子の旋律

観音2

「行く川のながれは絶えずして、しかも本の水にあらず。
よどみに浮ぶうたかたは、かつ消えかつ結びて久しくとゞまることなし…」

と私が朗読している方丈記を、生徒たちは清聴しております。

校舎二階の音楽室からは他クラスの女生徒が歌う「大地讃頌だいちさんしょう」が聞こえて参ります。

授業中ながら秋の晴れた日にこの合唱を聞くと…

嗚呼、幼稚舎から女子大まで全参加の文化祭一大イベント、「輝耀祭きようさい」がもうすぐなのね!

と今年四十三を迎えた妙齢ながらも血潮沸き立つ思いです。

申し遅れました。私の名は立花仁美。ここ輝耀女学院の1年A組担任で、担当科目は国語でございます。

もちろん、輝耀女子大教育学部卒、です。

京都市八坂にある輝耀女学院きようじょがくいんは、今年秋で創立110周年になります。

「清く、美しく、淑やかに」という校訓のもと、私も、愛と誠意と熱意を持ってこのA組の可愛い教え子たちを良き方向に導きたい…

たとえ私が、いつも黒を基調としたスーツと黒縁眼鏡でいるからと、裏で生徒たちにロッ〇ンマイヤーだとミン〇ンだと揶揄されても。

ほほ、児童文学の登場人物に例えられるくらいで私は怒りませんわ。

むしろ、かかってきなさい、小娘ども!

という気概でなくては現代社会の教師は務まりません。

しかし、それにしても気になるのは…

「はい、次朗読して下さい出席番号6番…」と私が6番の生徒に目線を遣った時、

隣の席の野上菜緒さんが急いで「葉子ちゃん、次呼ばれてるで!」

とつついていらっしゃるけども、それに気づかずに教え子、榎本葉子さんが授業中に片腕付いて居眠りをしているのですから!

薄く開いた白目にぽかんと半ばお口を開けたアホ面をさらしてらした葉子さんは、菜緒さんの三回目の揺すぶりではっと目を覚まし、

反射的に教科書を持って立ち上がり、

「世の中にある人とすみかと、またかくの如し。玉しきの都の中にむねをならべいらかをあらそへる」

と続きを読めたのはなかなかの芸当でございました。

ああ、半分意識があったのね…しかし、求められたリアクションが出来たとしても居眠りは居眠り。

日常生活に負荷がかかっているサインを私は見逃しません。

「榎本さんと野上さん。放課後茶室へいらっしゃい」

と生徒たちの間では「反省室」と囁かれているお部屋への呼び出しを決定したのです。

「だ・か・ら、立花先生の授業で寝るなってあれほど言ったのに…生活指導の先生やで!」

女子校中等部のお昼休み、菜緒と机を向かい合わせにした葉子は好物のBLTサンドのお弁当を前に、

「やってもうた…」と半泣きになって頭を抱えている。

菜緒はプラスチックの弁当箱を開けて、白飯に上に別添えのふりかけの袋を破ってかけてから、

今日はのりたまか、と思って箸で卵焼きを取って一口かじった。

「葉子ちゃんもさっさと食べい。立花先生から茶室へ呼び出し喰らったらえげつないペナルティ課せられるって話や」

「例えば?」

「古文のレポートとか…そうやなあ、今やってる方丈記のレポート原稿用紙10枚とか20枚とか」

サンドイッチを半分かじってから葉子はげっ!と叫び声をあげてペットボトルの紅茶で口の中身を食道に流し込んだ。

「かなわんわぁー、バイオリンのお稽古で宿題以外時間取れへんのに!」とぶつくさ言ってサンドイッチを早食いする仕草なんて、

とても将来ソリストを目指すセレブ階級のお嬢様ではなく、「普通の関西の女の子」にしか見えない。

「いや、回避する方法はあるで」

と購買部のから揚げ弁当のから揚げを箸で指して目の前に掲げて見せたのは、2学期明けの早々、急に仲良くなったクラスメイトの

那須広枝《なすひろえ》だった。彼女の実家は兵庫で有名な美容整形外科医院を経営していて、両親とも医師である。

菜緒、葉子とともに中等部入学組であるが、実家が遠いために彼女だけは学校の敷地内にある学生寮で暮らしている。

色白なんだけど、ホームベースのように角ばった輪郭をしていて目が糸のように細い。

第一印象で菜緒は、昔の日本の画家が描いた「麗子像」みたいだ、と思った。が、本人に向かっては言ってない。

成績は将来医者を目指しているだけあって、菜緒の次、つまり学年次席である。

親が姓名判断だけで付けた名前を彼女は当然気に入ってなく、小学校の頃は「ナス拾え!ナス拾え!」とからかわれて子供心に深く気づ傷ついて周りに壁を作って来た。

「中学と高校はそんな低レベルの冗談言わなそうなお嬢さん学校に行く!」

と両親にパンフレット突き付けてこの学校に来た、なかなか行動力のあるお嬢さんだった。

「回避方法?」

と菜緒と葉子は自然と広枝ににじり寄る。セーラー服姿の女子中学生が、お昼の食事時に3人でスクラムを組む形になった。

「ええか?葉子ちゃんは学生コンクールながら伝統ある勝沼杯の最終に残ったんや。それも一年で。
もし優勝してあの葡萄が垂れ下がった金色のカップ持って帰ったら、我が輝耀女学院にも、箔がつく」

「それって甲子園の真紅の優勝旗的、な?」

菜緒のたとえにそれや、と広枝は指を差した。

「箔がついたら学校にどう得なんや?」

やってみなきゃ優勝できるかどうかわかんないよう、と思いながら葉子は投げ遣りな口調で聞いた。

「うちは私立の学校だから、葉子ちゃんが有名になると、お、あの榎本葉子の出身校か?
って音楽関係者からの寄付金が増える、と予測できるやないか~。

理事会はそこんとこ敏感やで。

葉子ちゃんはレッスンの時間を減らしたくない、立花先生は適切な生活指導をしたい。

『うち、どうしてもあの葡萄のカップ持ち帰りたいんですぅ!』と泣いて一芝居打てば相手も折衷案出すかもよ」

なーるほどー。と葉子は肯いて「やるだけやってみるわ」と広枝の両手を握った。

「那須さんはオトナ目線で知恵働くなあ」と一応誉めたつもりで菜緒が言うと広枝は、

「親が病院経営してたらこんなもんやで」と悪知恵の英才教育をされてきたことをほのめかした。

さて放課後、校舎一階の南側にある礼儀作法を教えるために作られた茶室、通称「反省室」では、

立花先生の愛と誠意と熱意も知らないガキの浅知恵、「葉子の泣き落とし」が半分は立花先生に通じたようで…

「頼みますぅ、先生…一時間怠けたら翌日の演奏で聴衆には分かる。とミュラーおじいちゃんが言う位厳しい世界なんですぅ」

と嘘の涙を畳に落とす葉子に、立花先生は思いやりをもってうなずいた。

「そうね、将来の夢に向けて頑張っているのは確かね、で、本選は近いんじゃなかった?」

「はい…今月の20日ですぅ」

うーん、と立花先生は黒縁眼鏡に指を添えてから少し考え事をした。

よし、もうひと押し。

「わかりました、では、ペナルティの方丈記レポート、原稿用紙10枚は無しにします」

やったー!さすが那須参謀。と葉子と菜緒は心の中で快哉を挙げたくなった。

「しかし条件があります。野上さん、なんで自分が呼び出されてるか解りますか?」

「え?」学級委員長の連帯責任で呼ばれたんかい?とは思っていたが。

「あのね、野上さんと榎本さん、あなたたち二人だけが一年生で部活動していないの。
榎本さんは20日本選までは睡眠をちゃんととりながらバイオリンの方に集中していいけど、それ以降は何かの部活をしてもらいます!

野上さんは帰宅部なので、このお話しが終わったら先生と部活動見学しましょう、ね?」

げっ!本当のターゲットは葉子ちゃんではなくうちだったとは…

厳しいながらに優しさもある教育方針で卒業生からは「仏の立花」と呼ばれている担任教師が、

今の菜緒には笑う鬼にしか見えなかった。


ほほほ、40年以上生きれば、子供の嘘泣きなんてすぐ見抜けますわ。

後記
次回、ロッテン◯イヤー立花による部活見学。中1に原稿用紙10枚以上は無茶ぶり。

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